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2021年2月 1日 (月)

神経質礼賛 1831.肩透かし

 当地静岡県は気候温暖で住民ものんびりした気質だと言われる。そのためか相撲の力士を輩出することが少ない。横綱、大関どころか、幕内、十両クラスの力士が出ることは極めて珍しい。夕方6時台のローカルニュースの最後にその日の郷土力士の勝敗が紹介される。序の口、序二段、三段目、たまに幕下が出るけれども、なかなかそこから上には上がれない。そんな中、焼津市出身の翠富士(みどりふじ)が話題になっている。十両に上がったあたりからその日の取り組みの録画が毎日ニュースで放送され、アナウンサーも興奮気味に伝えていた。そして今回の場所は幕内に上がり、勝ち越しの成績を上げた。体は小さく体重も100㎏そこそこながら、肩透かしという切り札がある。負けん気が強く、大型力士にひるまずにぶつかっていくのも頼もしい。そして攻め潰そうとする相手のスキをみて得意技の肩透かしが出て、自分よりもずっと大きな相手をひっくり返すのが痛快だ。

 「この頃調子が悪くて」という外来患者さんがいる。どうしたんですか、と聞くと、近所の人と会うと、親のことをいろいろ言われたり、自分の昔のことを言われたりするそうで、「どうしたらいいんでしょうか」と言われる。そこで、思わず「肩透かしですよ」と答える。患者さんは「肩透かしですか、アハハ」と笑う。

 仙厓さんの禅画「気に入らぬ風もあろうに柳かな」(89話)の柳のように風を受け流すのが、まずできることである。しかし、柳のようにずっとそこに留まって風が収まるのを待っているだけでは時間がかかるし辛い。いろいろ言われたら微笑みながら「ハア、そうですかあ」「そうですねえ」と失礼にならない程度に返事をして切り上げ、さっさと次の行動に移っていくのが肩透かし戦法である。いつまでも暇人を相手をしていては損である。相手もこちらの反応を楽しむつもりがさらりとかわされて拍子抜けだ。何度も肩透かしを食らっていると、からんでこなくなること請け合いである。

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コメント

私も、たまに、そしてたった今も「自分の昔のこと」を言われたばかりでした。それは、心中いつも後悔しており、自分に「繰り返さないように」つねに言い聞かせていること。ある程度、私の実際の行動にも反映されていると思っています。そこを言われるのですから、傷つきました。私は、肩透かし、というような良い反応はできず、無言で無視してしまいます(言い返さないようになっただけでも進歩かな)。 今後は肩透かしの技法を意識してみます。

人は悪い方にも変わるけど良い方にも変わるのだから、昔のことをあれこれ言って、人の足引っ張りをしてはいけないと思います。人の足を引っ張って、自分にも得は何一つないし。

部屋もあったまってきたし、コーヒー淹れて予定の事を今日こそは。

夏子 様

 思い出したくない嫌なことは誰にでもあるのではないでしょうか。私自身もそれを蒸し返されたらたまらないようなことがいくつもあります。しかし、過去は変えるわけにはいきません。事実は事実。反省は必要ですが、あまり自虐しても得にはなりません。今できることをやっていくしかありません。そして仰るように人の足を引っ張るのではなく、「人のふり見てわがふりなおせ」ですね。神経質を人の役に立つように生かしていけば帳尻は黒字になっているはずです。

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