神経質礼賛 1886.エトピリカ
前任の先生から引き継いだ双極性障害(躁うつ病)の患者さんが十数名いる。そのうち二名が躁状態となって再入院中である。躁状態になると、多弁・多動となり夜も寝ないで活動しまくる。困ったことに本人は「調子がいい」「もうすっかり病気が治った」と思い込んで服薬をさぼって、ますます症状を悪くするのだ。気が大きくなって高額な商品を注文してしまったり、周囲の人に干渉して迷惑をかけたりする。そのうちエネルギーが枯渇して失速するかのように、うつ病相に移っていく。本人が「ちょっとうつ」と言う位が客観的にはちょうど良い状態なので、それが維持できるように薬を調整したり生活上のアドバイスをしたりしている。うつ病や双極性障害などの気分障害の人に森田療法的なアドバイスをしていくには、その人の状態を的確に把握してそれを本人に認識してもらう必要がある。やみくもに行動本位ではなく、躁状態の時は「調子がいい時こそスピードを出し過ぎずに安全運転しましょう」、うつ状態の時は「無理せずにできることをやっていけばいいですよ」、と話している。
二名の入院さんのうち一人はデイケアに通所していた人で、私が楽器を弾くのも知っている。廊下で顔を合わせると「私もヴァイオリン習いたいなー。エトピリカくらいなら弾けるようになるかなあ」と言ってくる。「退院したらまたデイに通って、少しずつ就労に向けて準備していきましょう。あまり手を広げ過ぎない方がいいですよ」と答えている。エトピリカとは鳥の名前で、アイヌ語のエト(くちばし)+ピリカ(美しい)の通り、橙色の大きなくちばしをもっている。葉加瀬太郎さんのヴァイオリン曲の名前でもある。以前買った伴奏CD付きの楽譜集の中にあるので弾いてみる。たった1ページの楽譜で楽勝に見えるが、同じ音のシンコペーションが続く部分がどうもうまく合わせられない。モールス信号のように思えてしまう。ト・ツーツーツー・ト・ツーツー・ト・ツーツー・ト、これを頭に叩き込まないといけない。リズム音痴の私には意外と難物だ。葉加瀬さんの演奏にはあって楽譜には載っていないピチカート(弦をはじく奏法)を加え、最後のところに鳥が舞い上がっていくような旋律をアレンジ追加して、完成だ。繰り返し弾いていると愛着が湧いてくる。そのうち、デイケアの場で弾かせてもらうとしよう。
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四分休符先生
先生は今、精神科の先生をしてらっしゃる?心療内科?
鈴木知準先生は精神科領域と神経症領域とを分けておいででした。
ある日の事。新しい患者さんが入って来られましたが、翌日には精神科領域と判断されて中野の診療所から退所されました。神経症ではない、と。もう40余年前の事で病名は失念してしまいましたが、鈴木知準先生は神経症患者に森田を取り入れていた、という姿勢を持ってらしたように思います。という事は、精神科さんには...との印象を私は思い出しました。四分休符先生は精神科でも森田を取り入れておられるのですね。
投稿: yukimiya | 2021年7月16日 (金) 07時32分
四分休符先生
思い出しました、「関係妄想」と統合失調がよく似ている、と。「関係妄想性神経症」。ウツ型神経症がもっとも治りにくく、次いで関係妄想は...と鈴木知準先生先生は言っておられた記憶があります。そしてウツ型の患者さんはとても大事にしてられた鈴木先生。私なぞ普通神経症及ヒポコンドリーはビシビシきました。今で言う心臓神経症とか、パニック障害と思われます。現に私はパニック障害と少しウツと診断されています。
朝の昼。これだけ時間が経たないと出てこない単語。65歳にもなると、こうなのか、と。
失礼致しました。
投稿: yukimiya | 2021年7月16日 (金) 14時03分
yukimiya 様
私は精神科医です。精神科病院に入院する患者さんの約6割が統合失調症です。私も入院と外来合わせて100人以上の統合失調症患者さんがいます。他にうつ病、双極性障害(躁うつ病)、てんかん、アルコール依存、認知症の患者さんも診ています。心療内科を標榜する先生には内科系の臨床をやっていた方と、精神科医が開業する際に精神科より心療内科を標榜した方が患者さんが入りやすいからという場合とあり、後者の方が多数かと思われます。
対人恐怖は他人がどう思っているかを忖度するので、そもそも関係妄想性を帯びていると言われていますが、統合失調症の方も対人恐怖を主訴としていることがあり、森田療法を希望して受診されることもあります。しかし、統合失調症の場合にはまず薬物療法を基本に据えた上で、その人の病状を勘案した上で森田療法的アプローチを行っていくことになります。かつては現在のような統合失調症の優れた治療薬がありませんでしたから、森田療法専門施設にそうした方が入院してきた場合、退院していただかざるを得ないケースが多かっただろうと思います。
投稿: 四分休符 | 2021年7月16日 (金) 21時33分
葉加瀬太郎さんの「エトピリカ」を聴いてみました。親しみやすい曲だと感じました。「ト・ツーツーツー・ト・ツーツー・ト・ツーツー・ト」って、これだなともわかりました(たぶん)。 近々、N響のコンサー行きます!他にも、チケット入手済みのコンサートがあり、ちょっと遠くに楽しみをちりばめています。
ある躁うつの人のつぶやきをたまに拝見するのですが、すごい努力家で感服しています。躁うつの苦しさは、私は想像するしかないけど、大変だろうなあ。非常に高度な仕事をしている人で、そのような病いを抱えてその仕事をしているというのは、非常に驚きました。その人のお医者さんは労働時間のアドバイスもしているようで、それを守ろうとしつつ、質も量もものすごい仕事をこなしている様子。もともと能力の高い人だからできるのでしょう。
私は到底その人のまねはできませんが、仕事と時間の関係って本来厳しいものですよね。先生が1889話でも書かれたように、一定の時間の枠であれこれやろうと思ったら、やりくりはきつい。私のように不完全恐怖があると、自分の納得が切実に大事になってしまうので、一つにかける時間が異常に長い。今日、意識してみたけど、いつのまにか忘れてしまって、やっぱりうまくいかなかったです。意識し続けてみますが。。。ああ、暑い。
投稿: 夏子 | 2021年7月25日 (日) 22時28分
夏子 様
「モールス信号」部分を見つけていただきありがとうございます(笑)。どうもここで引っ掛かりやすくていけません。
会社の経営者の方にも躁うつ傾向のある人がいます。基礎気分自体がとても高いので、本人が「うつ」と言う位が客観的には普通なんですが。本人はバリバリ仕事ができる躁状態が普通と思いがちですから、そうでない時の不全感は強いだろうと思います。
家事では丁寧にやろうとしたらキリがないし、それだけで疲れてしまいます。特に掃除がそうですね。時間をかけて週1回徹底的にやるのもありですが、週2,3回軽く掃除機をかけてよしとするのもありかと思います。
投稿: 四分休符 | 2021年7月29日 (木) 08時40分