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2021年7月22日 (木)

神経質礼賛 1888.椅子に座れない人

 昨日の午後は65歳未満の入院患者さんの2回目の新型コロナワクチン接種を頼まれていた。注射している最中にも他の病棟からのコールや事務方からの連絡でポケットの院内PHSが鳴って落ち着かない。ワクチンの希釈と薬液を注射器に詰めるのは看護師さんがやってくれてあるけれども、問診と電子カルテへの入力もあるからそれなりに時間がかかる。打つ前から「痛い!痛い!」と騒ぐ人がいたり支離滅裂な話をしてくる人がいたりする。広告新聞を持って診察室に入って来た人がいた。何だろうと思ったら、椅子の上にそれを敷いてから座った。注射が済むとまたそれを持って去って行った。何か妄想があるのだろうか。

 他の医師が担当している外来患者さんがたまたま私の担当日に受診したので代診する。若い男性患者さんだ。「どうぞお掛け下さい」と声をかけるが、そこに立ったままである。電子カルテを見ると、病名は強迫性障害となっていて抗うつ薬が処方されている。そうか、不潔恐怖のために座るのを避けているのだな、と思って尋ねると案の定だった。「不潔が気になるのはわかるけれども、他の人と同じように行動していくことが大切ですよ。薬は少し気分を楽にしてくれて行動しやすくしてくれるけれども、あなた自身のガマンも必要です。悪い癖を直すというつもりでやっていきましょう」と話す。強迫行為は不安を軽減するための行為だけれども、続けているうちにどんどんエスカレートしていき、やがては日常生活に支障をきたすようになる。薬だけで解決することはなく、やはり本人のガマンと努力が欠かせない。

 新型コロナ対策のために頻回の手洗い・うがい、マスク常用、生活環境の消毒・殺菌がすっかり当たり前になっている。数年前にこんな生活をしていたら全員不潔恐怖である。今はこの生活習慣が合目的であるけれども、新型コロナが収まって平時に戻っても簡単には戻らないだろう。何年か先には不潔恐怖に悩む人が増えるかもしれない。

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コメント

四分休符先生
 不潔恐怖、つらいでしょうね。

 私が皆より多い10日間という臥辱の日々から近くの共同洗面所から聞こえていた水の音。起床して初めてその姿を見ました。しら~とした顔で水をジャージャー流しながら眼鏡だったと思います、洗い続けていました。ひどく印象的に残っている横顔です。 後日感じました、あれでは通常生活は無理だろう、と。本人も、きびしい筈。

 このコロナ禍にあって衛生に気を付ける習慣がついてきた、とはいえニュースで流れる画像を見ますと街中でアイスクリームを食べる若者達。あまり気にしていないのだ、と思わせる映像です。
 おそらく衛生習慣は小さな子供達にインパクトをもって長くもたらされるものだとしてもそれが不潔恐怖につながるかどうかは疑問です。神経症とは病気。通常生活が出来ない異常事態。通常神経ではコロナ禍が過ぎれば、喉元過ぎれば熱さを忘れるではないですが、案外普通習慣の生活に戻るのは早い、と私は楽観的です。

 何故神経症になるのか、そのメカニズムですが、そのうちマスクも在庫をかかえ、消毒液も同様。まぁ、そんなものではないか、と。習慣化すれば習慣になればいい。決して通常生活を後れない病気ではない。そういうものではないでしょうか。神経質体質の小さな子供達に異常な記憶として残らなければ、とは思いますけれども。トラウマ。

 椅子に座れない、そのつらさがひしひしと伝わってきます。

yukimiya 様

 コメントいただきありがとうございます。

 入院森田療法を行っている施設では、不潔恐怖の人が入院してきて、長時間流し台を独占して夜中や早朝でも「水ジャージャー」、備え付けの石鹸がすぐになくなってしまう、といった問題が起きて、やがて中途退院していくということにもなります。本人も好きでやっているのではなく、辛いところなのですが、ストップさせないとよくなりません。森田正馬先生のところでも、奥さんの久亥さんが、そうした患者さんをきつく叱って治した例がありました。知準先生の診療所でしたら先生に現場を見つかって雷が落ちたことだろうと想像します。

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