神経質礼賛 1885.お使い根性(2)
神経質は頭が固いところがある。森田先生の所に入院している人が「植木に水をやるように」と言われて雨でも水をやって「お使い根性」(580話)と叱られた例がある。この言葉はしばしば出てくる。しかし、すぐには理解できなかった人もいたようである。
「何でも無理に・がまんして、面倒をこらへなければならぬという風であれば、只の『お使ひ根性』になり、自発的の心がなくなってしまう」という先生の話がわからない、という読書困難を訴えて入院していた高等学校生の第二十二日の日記に対して森田先生は次のようにコメントしている。
いやな事をめんどうと感ずるのは、自然の人情であり・純なる心である。之をめんどうと思つてはならぬと、強いておさへるのを、自然にもとるといふ。しかし、之をいやだといつて、何もしなければ、ズボラ我儘であつて、境遇に柔順でない事になる。いやなまゝに、境遇に服従して、やつて行く時に、初めて工夫発明が起る。いやな氣分を、徒に圧迫する時に、鋳型にはまつた・器械的の・愚直の・偽善の人となつて、少しの進歩のない人になつてしまうのである。又いやな事を、なぜするかといへば、それは人から好かれたいとか、何かを仕上げたいとかいう目的に対してゞあつて、其目的の欲望のために、境遇に柔順にしなければならぬ事になるのである。
第二十八日 今日も野菜拾いに行く。人中を歩く事は、もはや自由自在である。野菜拾ひの感想をきかれると、僕は笑ひながら、「恥かしくて、やりきれませんよ」と答へる。全く其言葉通りで、そして只それだけの事だ。
第三十二日(退院前日) 自分には、もはや夢もなければ、理想もない。只現在の現実の自分があるだけだ。此のまゝやつて行こう。ふるへながら・苦しいまゝ・不安なまゝに、生きて行こう。 (白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.88-89)
ニワトリやウサギなどの餌になるクズ野菜を拾いに青物市場へ行くのは入院患者さんの仕事の一つであり、森田先生自ら行くこともあった。当時、旧制高校へ行けるのはごく一握りのエリートだったから、この仕事はかなり恥ずかしかったはずである。労働者たちから「いい若いもんが何やってんだ」と冷やかされることさえあった。しかし、必要だから目的本位に行動するのである。ものそのものになって「お使い根性」でなくなれば、正直に恥ずかしいと言いながら自在に行動できるようになっている。退院前日には、震えるまま・苦しいまま・不安なままに生きていけばよいのだという心境に達している。まさに「あるがまま」が体得できたと言えるだろう。
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