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2021年10月24日 (日)

神経質礼賛 1918.初一念とやりくりの選択

 『神経質でよかった』の著者・山野井房一郎さん(660・661・662話)は形外会の場で、よく自分の体験を語っておられた。森田先生から、退院して会社に行くように言われたが、対人恐怖や書痙は治っていないように思えて、その前日から動悸と強い不安に襲われた。苦しい思いをしながら電車に乗って出社して重役室のドアを開けた時は体が震えて、とても話はできないだろうと恐れていたら、重役の前に立った瞬間、パッと心が開けてスラスラと話ができ、問われるままに、森田先生の治療の話などをして、二十分ほどにわたって快談したという。山野井さんは「これが倉田(百三)先生のいわれる一枚になった状態かと思われます」と述べている。それに対して森田先生は次のように説明しておられる。

  その通りです。自分は何もいえない・とてもだめだと見切りをつけた時に、心の選択がなくなって、事に当たった時に、パッと心が開ける。禅に「初一念」という事がある。その純な心でパッと開けた心境が、その初一念でしょう。そして初一念はただそれきりならばよいけれども、「アアうまく話せた有難い。この次もあんな風にやればよい」という考えが起これば、既にそれが、やりくりの選択になって、再びまたうまく行かないようになる。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.730-731)

 私たち神経質人間はやる前から、ああなったらどうしよう、こうなったらどうしよう、と取越苦労しがちである。しかし、事が起これば、不安や緊張はあっても仕方なしに取り組むしかない。山野井さんの場合はもうダメだと諦め切って背水の陣で逃げずにぶつかっていき、結果として「ものそのものになる」ことができて全力を発揮することができたのだ。ああしたからうまくいったんだろう、今度もそうしよう、などと考えて皮算用したのではまた失敗する。ものそのものになろう・あるがままになろう、とやりくりしてもうまくいかない。理屈はさておき気分もそのままにして、スッと行動である。

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コメント

 私も、不安と緊張のなか事にあたり、山野井さんのように(というか、普通に)うまくいったこともあれば、まったく惨めな状態になり、周りの仲間からは心配そうな目で見られ、依頼者やお客からは怒った表情・言葉をぶっつけられ、そういう夜は目が腫れるほど泣きはらしたこともあります。

 大事なことは、うまくいかなかったとき、反省はほどほどにして、とにかく今日はやるべきことをやったのだという事実をしっかり認め、得たことを認識し、あとは仕事から身体は離れ、気に入りのカフェに寄り道をしたり、花を見に行ったりなどして自分の好きな事をすることだと思います。そして、せっかく踏み出した歩みを簡単には止めないこと。周りは、仕事の出来・不出来だけで人を評価するわけではないし、大変そうだったけど頑張ってくれて助かった、という評価にもなり得ます。また、神経質な人は最初はすごく苦労しても、ある時点から「やれそうだ」に変わる可能性大です。

 
 
 

夏子 様

 コメントいただきありがとうございます。

 その通りですね。失敗して反省することは大切ですが、いつまでも考えていても仕方がないから次の行動に移っていく。思いがけずうまくいってしまった時は素直に喜ぶのはいいとして、あれこれ理屈を考えず、また次の行動をしていく。仰るように行動を止めずに回転させていくことが大切ですね。まさに「自転車の走れる時 即ち 倒れざるが如し」であります。

 実は、上記のコメントを投稿した後、えらそうなこと書いてしまった、と後悔しました。本当にそのように考えてはいるのですが、いままでそのとおり実行できたいたかといえば、出来は、甘くみて55点です。今までと同じ仕事を続けるとして、今からの私にたっぷりの時間とチャンスがあるなら、こうやっていくのだけど、というところを、先生のブログを読まれている方々に向けて思いをつづってしまいました。私に足りなかったのはちょっとしたコツと踏ん張りだったような気がします。

夏子 様

 自分に極めて厳しいのが真性の神経質です。大いに結構です。私も自分の人生を評価して70点位と思っていますが甘いかも(笑)。でも、減点法ではなく、時々加点法で見て下さいね。いいところを足していけば、実は120点になっているかもしれませんよ。

 本当にお久しぶりです。私の事覚えていらっしゃいますか?もうすっかり忘れ去られた余生を過ごす私です。神経質礼賛については、形外会は当初「神経質礼賛の会」と名づけられたら良いと森田正馬先生は仰いましたが、発会当時の神経質者は「形外会」が良いと皆さんの強い要望から発足したと森田正馬全集第五巻に述べておられます。そして先生は次のように話しておられました。

 『強迫観念の治った人は、強迫観念にかかった事を喜び、神経質という素質は優秀であり、有り難い事であると礼賛するようになる。』また、『野口英世博士やエジソンや、誰でも成功した人は、必ずかつて自分が、貧乏であり身分の賤しかった事を、むしろ誇張して、自慢にするようであります。貧乏そのもの・強迫観念そのものは、誰もこれを自慢にする人はなく、なるたけこれを隠して、見栄を張ろうとするものであるが、ひとたびこれを突破すると、今度は、これがかえって自慢の種になるというのも、不思議ではありませんか。それは実は、我々は、自分の力の発揮という事を喜ぶ事に帰着するのではなかろうかと思います。』と語っておられます。

 森田療法と言えば突き詰めれば、森田正馬博士の『神経質講義』であると先生は私どもに言い残されてこの世を去っていかれました。

 https://www.youtube.com/watch?v=NtY5mgDveSk

 私の友人たちは、この残された肉声の録音を、ああでもないこうでもないと何度も聞き直しては忠実にテキスト化したのが以下の内容です。


 神経質講義 森田正馬

 えーっ、記念講演と致しまして、かつて私が新たに定義を与えたところの“神経質”というものについてお話しいたします。これはもと、神経衰弱といいならわしてきたもので、この神経衰弱は従来ますます宣伝されて人々を恐怖せしめておる病名であります。複雑なる生活から起こる文化病とか、心身過労の結果起こるものであるとか唱えられていますけれどもこれらはみな誤りたる考え方であります。この病名を今から60年前ばかり前に米国のベアードという人が(うっ、うー)つけた名前で、その以来、種々の病理説がとなえられ、物質的、精神的にほとんどかぎりのない治療法が試みられていますけれども、そんなことではけっして治らない。治ったようでも間もなく再発して、慢性不治ものとなります。しかるに私がはじめて大正4年頃からこの病の本態を発見して、ようやくこれを根治することができるようになったのであります。
 一口にいえば、この病は精神的に気のせいで起こるものであって、けっして神経の衰弱から起こるものではありません。これは主として、ある特殊の気質の人に起こるもので、私はこれを“神経質”と名づけて、神経衰弱という病名を否定したのであります。
 通俗雑誌や新聞広告などでは、この神経衰弱の恐るべきことや種々のインチキ療法や随分立派な博士達からも宣伝されて、この神経質の患者をそそのかしておるのであります。
 しかし、せんじつめれば、これはじつは病ではないから、これを病気として治療してはけっして治らないが、ただこれを普通の健康者として取りあつかえば容易に治るのであります。これから起こる症状は種々雑多で、ほとんどきわまりがない。頭痛もちとか・女の“血の道”、持病の癪とかいうものも、この中(うち)に属します。普通ありふれの不眠、耳鳴り、めまい、心悸亢進、脈摶結帯、胃のアトニー、下痢便秘、腰の痛み、性的障害、その他頭がぼんやりして読書ができないとか、(うーうっ)手がふるえて字がまったく書けないとか、あるいは赤面恐怖、不潔恐怖、その他各種多様の強迫観念があります。中には、まる二年来まったく眠らないとか、鼻の先がチラチラして気になるとか、あるいは口の中がムズムズして常に心がそのことばかりに執着していることが数年にわたっているとか、ほとんど思いもよらぬ様態がたくさんにある。
 衰弱或いは意志薄弱とか、精神の変質とかいうものでも何でもありません。これはじつは、何かの機会に、常人にだれにでも起こる不快の感覚をふと気にし出したということから起こるもので、こののちはこれを神経質の性質で、自己観察につよくて、ものを気にするということから、つねにこれを取り越し苦労するようになって、あけくれそのことに執着することから、次第次第にその不快感覚が憎悪するようになります。のちにはこれがあたかも夢におそわれるように、事実でないものをその本人の身にとりては実際に重い病気のような苦悩にかられるようになるのであります。それは神経質の患者がつねに申し合わせたように告白するところの、「他人からはまったく病気ではないように見えて、ただ自分ばかりが苦しい。こんな損な病はない」という風に(うっ、う~ん)言う通りであります。すなわち実際の病気ではないということは、これによってもわかるのであります。
 この私の発見は、コペルニクスの地動説の・地動説にも比較することができるかと思います。それは、神経質が従来の医学で、身体の変態、異常から他動的に起こると考えていたものが、じつは自分自身の心から自動的に起こるということになったからであります。この理論によって、神経質の、従来、難解であった種々の複雑な症状が簡単に説明されて、容易に全治することができるようになったのであります。この発見は、もとより私でも、けっして一朝一夕に成功したものではありません。かつて二十余年の間は、従来のいわゆる神経衰弱の物質的・精神的の医学的療法はもとより、通俗療法、迷信療法までもやりつくしてのちに、はじめてその苦心が報いられたのであります。それじゃ、これまで。

 当時の思い出を井上常七さんは次のように語っています。
 これは、昭和9年10月10日に録音したものです。そのころの医学界は、病気は薬で治すもので、作業とか、体験で治す森田学説は、教育や宗教であるといって、ほとんど無視されていました。教授達の専門誌の論説にもはっきりとそう述べてありました。しかし私自身、森田の指導によって長い間の迷妄を知ることができ、さらに住込の弟子として勉強していたので、その声も残しておきたいと思いました。そして、また、日記にその録音の様子が残っています。

 〔録音のときの日記〕『昭和九年十月十日(水)晴、
 十時に三越で吹込み。井上随行。先生は大きな字で書いた原稿をもって、マイクの前で吹き込んだ。金属盤ができ上って試聴した。先生の生の声よりカン高い。原稿紙をめくる音が、大きくバリバリと雑音になった。やり直し。今度は僕が、原稿をもって先生の足もとにしゃがみ込んで、音のしないように下から原稿を渡した。二回目で成功』

 月日の流れるのは実に早いものですね。森田正馬博士没後百年まで後17年と迫っております。この録音から三年後に森田先生はお亡くなりになられました。あまりにも早い死に多くのものが嘆き悲しんだ。もし、もう10年長生きされていたら、先生の事ですからこの『神経質講義』をしっかり引き継いでもらえるように念には念を入れて言い残されてこの世を去っていかれたことかと思われます。先生は今のように森田療法とは言われず、『余の特殊療法』と言われておりました。

 神経質に対する余の特殊療法
 https://www.aozora.gr.jp/cards/001864/card57438.html

 私は残された余生を『神経質』の源泉を追い求めてタイムスリップしております。森田正馬全集に登場する神経質をヒントに貴重な古書に巡りあうことができます。こんな私も20代の頃は明日の命も知れずといった悪戦苦闘の末、巡り合った森田正馬博士の原著に命を救われました。とても長生きは出来ぬものと思っていましたが、すっかり長生きしてしまい髪も白くなり爺さんとなってしまいました。どうぞ先生もお元気で!

形外爺さん 様

 コメントいただきありがとうございます。

 今では森田先生のように「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」(全集第4巻 p.386)という森田療法家は皆無ですし、神経質を礼賛する人もいません。時代錯誤と笑われても神経質礼賛の旗を振り続けます。私もだいぶ爺さんになってきましたが、心は一生、森田小僧です。

(ふと、万代さんのことを思い浮かべています。)

 心は一生、森田小僧

 全く同感です。お陰様で体は衰えましても心は青春時代のままです。これも偏に森田正馬博士のお陰です。苦しみの日々の中、夢中になって原著を写本することが心の支えでした。しかし、そのお陰で多くの苦悩者に博士の言葉をご提供し続けることが出来ました。

 昔、今ご活躍の大阪大学アンドロイド博士の石黒先生に私の夢を語りましたら、私も同じような夢を追いかけていますよとこの年寄りを喜ばせて下さいました。夏目漱石のアンドロイドは有名ですが、まだまだ私の夢には遠いようです。本格的な量子コンピューター時代ともなればその可能性も広がるかも知れません。

 ところで話は変わりますが、この頃は富士川游博士の宗教書にハマってデジタル化を進めております。森田正馬先生がまだ34歳の時に恩師呉修三博士と富士川游博士がお会いしたと『我が家の記録』に述べています。東洋大学へのお誘いがあったそうで、まだ生活が安定しておられない中大層喜ばれたようです。井上円了博士と森田正馬博士の関係を論文で読ませて頂きましたが、そうした縁をつなげた結果、偉大なる発見が出来たのかも知れませんね。

 富士川博士の古書に対する収集癖は並々ならぬことを知りました。どんな貧乏をしても医学の貴重な古書を買い集めるのだと粉骨砕身され、それで『日本医学史』が完成されました。今、東京大学・京都大学・慶応義塾大学などが富士川文庫として大切に保管されておられます。東大医学部には遺体解剖され博士の脳が保管されているそうです。

https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/koisho/explanation
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/collection/fujikawa
https://dcollections.lib.keio.ac.jp/ja/koisho
https://iiif.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/repo/s/fujikawa/page/home

 国立国会図書館デジタル書籍を調べるとこれも相当にきちんと集められています。少し愚痴になりますが森田正馬博士の書籍もきちんとこうした公的なところで誰もが学べるようにされたらと思う次第です。

 現在、富士川博士の以下の書をテキスト化しました。作業を進める中で、森田正馬博士の『あるがまま』と一致している点の多いことに驚いております。また、コツコツ作業をする中でいったいこれまで何冊集めたか調べました。何と一万三千冊集めておりました。これも神経質のなせる業(馬鹿)かなあと一人笑っております。

 富士川游著述選 第一卷
 富士川游著述選 第二卷
 富士川游著述選 第三卷
 富士川游著述選 第四卷
 富士川游著述選 第五卷
 釋尊の教
 新選妙好人傳第一編 俳諧寺一茶
 新選妙好人傳第二編 松尾芭蕉
 新選妙好人傳第三編 明恵上人
 新選妙好人傳第四編 中江藤樹
 新選妙好人傳第五編 大和清九郎
 新選妙好人傳第六編 蓮如上人
 新選妙好人傳第七編 石田梅岩
 新選妙好人傳第八編 香樹院徳龍師
 新選妙好人傳第九編 阿佛尼
 新選妙好人傳第十編 江戸庄之助
 新選妙好人傳第十一編 讚岐庄松
 新選妙好人傳第十二編 盤珪禅師
 生死の問題
 內觀の法
 眞實の宗教
 金剛心

形外爺さん 様

 富士川博士のお名前は全集第5巻でも見かけましたが、それほど偉大な方とは知りませんでした。御教示いただきありがとうございます。それにしても、相変わらずの徹底したテキスト化ぶりには脱帽です。

 仰られる通りの徹底したお馬鹿さんです。毎日朝から晩までよう飽きもせず過ごしております。頭がくたびれたらちょっと庭を散歩して気分の転換をはかります。

 森田正馬博士の偉大な発見を弟子のみんなが「それじゃ飯が食えない」と都合の良いように時間をかけて、これが森田療法だとあちらでもこちらでもああでもないこうでもないと議論が盛んなようです。そんなことに嫌気を覚え、早くこの世とおさらばして、森田先生にお会いしたものです。

 さて、こんな私でもお役に立つようなことありましたら「神経質礼賛」にお花を添えますよ。データー量一万三千冊をひっさげましてね。と言いましてもやっぱりあるがままのお話しが一番居心地が良いと思います。これは石州に馬鹿の至誠さむのお話しです。

 あるとき寺へ説教を聞きに參詣して居つたが、高座の下に坐つてじつと聞いて居つた。やがて説教が終つてから、阿彌陀佛の前へ行つて、兩手を合せて「馬鹿だ馬鹿だ」と言ひ續けて居る。これを見た他の同行連は「あのやうな馬鹿者でも、人から馬鹿だと言はれると腹が立つらしい」と話合つた。その内、一人の同行が至誠さむの側へ寄つて「至誠さむ、何が馬鹿だといふのですか」と尋ねた。さうすると、至誠さむは両眼に嬉し涙をたたへて
 「阿彌陀様だ。馬鹿な阿彌陀様だ。このやうな馬鹿な私を助けなければ気のすまぬ阿彌陀様はよつぽど馬鹿だ」と言つて泣いたそです。

形外爺さん 様

 悠々自適の日々を送っていらっしゃるのですね。

 至誠さむの話、ありがとうございました。「純な心」そのものだと思います。

 朝の散歩が気持ちいい。遠くに見える山並みや秋の筋雲が清々しい。

 森田正馬博士は神経質は性格であって病気ではないと、長年の臨床の結果偉大なる発見をなさいました。そして多くの神経質をごく短期間で克服へと導かれました。

 私が現役の頃は、兎にも角にも森田正馬博士の『神経質講義』を徹底して聞くように諭したものです。毎日毎日聞きなさいと言いました。口からスラスラと諳んじられるくらいになると如何に強情な神経質も愚痴を言わなくなります。

 つくづくと思へば悲し
   いつまでも身につかはるる心なりけり

 上の歌は日夜に起る雑念、悪念、我儘、気随、己れが己れを責め、寸の間も安心ならず、無間地獄をさ迷っていた神経質を物語っています。江戸時代に人の人たる道を唱えた石田梅岩も青年のころは神経質で大変苦しみました。しかし、その苦しみを乗り越えて日本のいたるところで石門心学が広まっていきました。心は我身に使われることなく我が身以外に使いたいものですね。

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