神経質礼賛 1926.同名
保健所から措置診察の依頼があって、10kmほど離れた別の病院に出向く。保健所が手配した隣市にある会社のタクシーに乗り込むと、いきなり運転手さんが「同じ名前です。よろしく」と挨拶するので驚く。ダッシュボードの上に掲示されているネームを見ると、苗字は違うが名前は確かに私と同じである。よくありそうな名前だけれども、意外と同名の人に出会うことはめったにない。今の病院に移って引き継いだ外来患者さんに一人同じ名前の人がいて、長年勤務医をしていて初めての経験だ。歴史上の人物で調べてみても、真田氏の信濃松代藩第6代藩主が出てくるだけである。漢字を前後入れ替えた名前は時々見かける。
ましてや同姓同名の人と出会ったことは一度もない。自分の名前をネット検索すると、自分以外には東京外語大ロシア語の先生、会社の部長さんの名前がヒットしていたが、最近は結婚相談所の所長さんが写真入りで出てくる。子供の頃は頻度の少ない苗字で嫌だなあと思っていた。漫画「おそ松くん」の登場人物「ハタ坊」のような言い方で「ナンだジョー」とからかわれるのも嫌だった。言いやすい苗字のためか、授業中に当てられやすい気もして、小心者で対人恐怖の私にとってはありがたくなかった。よくある苗字の人が羨ましく思えたものだ。しかし、親から受け継いだ姓名はよほどのことがなければ変えられないのだから何とも仕方がない。大人になってしまえば、もはや気にならなくなっている。むしろ、メジャーな苗字と名前だと、同姓同名の人がいて、間違えられてしまうことがあって、それはとても気の毒なことである。それに新聞の三面記事に登場する人物と同姓同名だったら、不快な思いをするのではないかと思う。病院でも同姓同名のカルテはよくあり、要注意である。
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