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2022年3月20日 (日)

神経質礼賛 1966.スプリングソナタ

 先々週の日曜日に楽器を持って友人の家に行った。例によって、彼のピアノに合わせて弾く。高校1年の時からの付き合いだから、もうかれこれ50年近くになる。彼は「デュオ結成50周年記念にどこかホールを借りて弾こうよ」などと恐ろしいことを言う。高校で物理や生物の教師をしている彼は近く仕事を退職する。通勤用の車を手放す代わりに新しいピアノを買ったそうだ。言われてようやくピアノがベヒシュタイン製の小ぶりのアップライトに替わっているのに気が付く。「再来週、ピアノの練習会があるから、一緒に出ないかい。ベートーヴェンのスプリングソナタ第1楽章だったら大丈夫だろう?」と。ベートーヴェン作曲ヴァイオリンソナタ第5番ヘ長調は明るい旋律から通称「春」と呼ばれる。それ以前のモーツァルトのヴァイオリンソナタはピアノが主役だったのに対し、ヴァイオリンとピアノが対等に活躍する曲である。彼はアマチュアのピアノ愛好会に参加していて、時々その会の発表会や練習会で弾いている。うっかり「いいよ」と言ってしまってから、心配になる。もう練習している時間はあまりないし、耳の肥えた人たちの前で弾くのは怖いものがある。

 そもそもきちんと練習しておらず、ボーイング(弓の使い方)はその場で適当に弾いていた。あまりデタラメだといけないな、と思って楽譜を見て鉛筆で書きこんでいくが、どうもまとまらない。今どきはユーチューブで演奏ビデオを見ることができるので見てみると、演奏家によってボーイングはいろいろで、ますます迷ってしまう。そして考えながら弾くと間違えやすくなる。これこそ「迷いの内の是非は是非共に非なり」である。もう、これ以上考えるのはやめて成り行きに任せることにしよう。さて、どうなりますことやら。

 

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コメント

四分休符先生
 
 スプリングソナタですか。訳識ったお仲間とのドュオはさぞかし楽しいと想います。

 私は教室仲間でのピアノ伴奏をいつの日か、とだいぶ前に「クロイツェル」好きなので楽譜を手に入れましたが、あまりの難しさにお手上げ。これは、聴くだけにしたおきましょう、と思った次第です。楽譜はバイオリンを弾くと聞いた知人にお渡ししました。音大でピアノを専攻した友がいる、と聞きましたので。 でも、今思いますと、取っておけばよかったかな、と。というのも教室を変えて、アンサンブル演奏だの、いろいろと機会をつくってくれる方針の師に出会えたからです。

 閑話休題

 四分休符先生にはお尋ねしたい事がありました。でもどのタイトル・ブログにコメントしてよいやら解らずに...
①ホームドクター制を取っている自治体に住まって
 長く診て頂いている心療内科の先生が2,3年前から様子が...

②森田療法と鈴木知準先生の解釈する道元の坐禅と実坐禅の当たって
 寺坐禅とカルチャー坐禅の違い

 話せば長くなりそうです。
 ですが、四分休符先生にお尋ねしたいと常々思っていた事です。 機会がありましたら、聞いて頂けると私としては有り難いのです。

yukimiya 様

 コメントいただきありがとうございます。

 「クロイツェルソナタ」は何度か挑戦しましたが、結構難曲で
まだ弾けていません。その前にフランクのヴァイオリンソナタを
クリアしたいところです。第2楽章はかっこいいけれどピアノが
重労働。それでも50周年記念に絶対に弾くと彼は言っています。

 当ブログでも紹介したように、森田先生は禅に対してはある
意味、斜に構えたような態度を取っています。知準先生の森
田療法は禅と一体のようだし、三聖病院の宇佐先生の場合は
御自身が禅僧で、禅寺の元塔頭を病院にしていたわけです
から禅とは切り離せないものだったと思います。

 詳しくは京都森田療法研究所HPの下の「ブログ」から入り
1月16日の記事に、詳しく記載されていますので、御覧になら
れたら御参考になるかと思います。

森田先生が禅について書かれた所を全集から紹介します。

 禅と僕のところとの相違は、禅では坐禅で坐っていて、ユートピアとか、平常心是道とか三昧とか、自分自身の気分の中に、それを得ようとする。私のは、それと全く違う。気分を根本的に排斥して、日常の実際に、ユートピアを得ようとする。で、気分の方はややもすれば、野狐禅に陥りやすく、私の方は間違っても、実際的の向上心になるのである。 第5巻 p.170

 九大の下田博士は、私の療法を禅から出ているように書いてあるけれども、それは間違いである。強迫観念の本態を知ったのは、心理学的であって、宗教的ではない。その強迫観念の原理を発見したから、煩悶即解脱という事がわかった。すなわち強迫観念の療法は、その精神の葛藤・煩悶を否定したり・回避したりするのではない。そのまま苦痛煩悶を忍受しなければならぬ。これを忍受しきった時に、そのまま煩悶・苦悩が消滅する。すなわち煩悩即菩提であり・雑念即無想・不安心即安心であるのである。禅やそのほかの仏教で「煩悩無尽誓願断」とか煩悩を断つとかいうけれども、私の療法では、決して断つのではない。煩悩のままであるのであります。
 私の著書に、禅語の引用されているのは、みな強迫観念の治療に成功して後に、初めて禅の意味がわかるようになったものである。すなわち、禅と一致するからといっても、禅から出たのではない。私が神経質の研究から得た多くの心理的原理から、禅の語を便利に説明する事ができるようになったのである。
 かつて弁護士で・心悸亢進発作の患者があった。その人は十余年来、禅をやり、公案を百も通過したとの事である。「平常心是道」という事は、この人から初めて聞いた。この患者が、家で座禅する時には、直ちに「平常心是道」になるが、電車の中で発作の起こった時には、その平常心になれないとの事である。その時に早速私はいった。平常心という文字から察すれば、それは自然の心という意味ではないだろうか。死は恐ろしい。電車の中で、今にも死にはしないかと思う時は、当然不安である。そのあるがままの心が、すなわち平常心ではあるまいか。すなわち電車の中で、その恐怖心そのままになりきって、あるいは逃げ出したり・交番に駆け込んだりしないで、じっと忍受していれば、そのまま発作は経過して、苦悩は雲散霧消する。これが「平常心是道」であって、すなわち心悸亢進発作はたちまちにして全治するといって教えたけれども、その人はよく理解ができなかったのである。こんな風の事は、私は神経質の発作性症状の心理から類推して、禅の語を解釈する事ができるかと思う。この故に禅の修業や、その方の説得のみをもって、神経質を適切に治すという事はできないが、私の療法は、それなどとは全く関係なしに、直す事ができるのである。   第5巻 p.388

 私は禅の事は知らない。ただ聞きかじりだけである。昔、三十年ほど前に、釈宗禅師の提唱を聴き、また参禅すること四回でありましたが、その時の公案「父母未生以前、自己本来の面目如何」という事を、一度も通過する事ができないでやめてしまいました。それで禅の体験は全く知らないものですが、神経質の病的心理の研究から、禅に対して相当の批評ができるようになったという事は、自分も大分偉いのではないかと密かに思ったのであります。(笑) 第5巻 p.643

 

四分休符先生

 有難うございました。

 確かに、知準先生は「森田は禅解釈していない」と言われました。そして知準先生は禅と森田療法には通ずるものがある、と解釈しておられました。ゆえに我々入院生は20分程の坐禅らしきものと道元・正法眼蔵の「こだわる気持ちを放る」「今、この時を生きる」精神の教えを知準先生から教わりました。

 それゆえ私は40余年を経て、禅=生き方であり、仏教とは別物という考えに至りました。道元の背景には仏教はあります。認めます。されど、禅を生き方ととらえますと、全世界の人に対してどのような宗教背景があろうと「坐る」精神は通用する、宗教を超えたものと考えられるのです。道元を一思索・思想家と考えた場合です。

 森田は「禅や仏教」と言われて禅はあくまでも仏教ととらえておられるように思われます。どうなのでしょうか...私は、禅精神は仏教と切り離し得ると考えます。

 現在私はお寺さんの坐禅堂使用許可を頂いて独り毎日1炷ほど坐ります。参禅会の皆さんと歩調を合わせても良いのですが、何せお寺さんなので読経を寺方から願われる事があるのです。困るのです。私は宗教や信仰を排除するものではありませんが、読経を求められては困惑ばかりです。

 坐る=禅=生き方。どう坊様に説明しても理解は得られず、住職さんは構わないと言われるかもしれませんが、読経に抵抗を感じられるのであれば、他の寺を当たるとか、カルチャー坐禅に変更するとか道はありますよね?と言われてしまう始末です。
 思わず、排除されたな、と感じました。私があまり宗教を好まないのは宗教には暗に排除があるからなのです。

 以上のようないきさつが有りました。
 私は、徒弟坊様に相談したのですが、住職さんが大目に見ていて下さる間は坐禅堂をお借りして独り坐禅を続けよう、と指針を定めている所です。

 坐ってどうする。坐る事を続けたい。

 最悪、日常生活の一瞬一瞬を禅=生き方ととらえる、そうなるのであろうかな、とも考えます。

 体得。   さて...

yukimiya 様

 森田正馬先生の場合、慈恵の教授でもあり、医学者でありましたから、御自分の療法を科学として宗教から切り離したいというお考えが強かったのかもしれません。鈴木知準先生の場合はそういった制約がありませんので、禅と一体となっても問題なかったのでしょう。かつて知準診療所が静岡駅近くにあった頃に入院されていた患者さんは、知準先生のスクーターの後ろに乗って、一緒に臨済寺に参禅するということもあったようです。森田先生は療法と禅は別であると言っていましたが、禅宗の作務の部分とかなり共通しているようにも思います。

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