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2022年4月 3日 (日)

神経質礼賛 1971.森田先生とお酒

 毎日新聞に西原理恵子さんの漫画「りえさん手帳」が週一で連載されている。先月の第229回では土佐の「おきゃく」の風習をネタにしていた。「おきゃく」とは酒宴のことである。酒と共に大皿にカツオの刺身などを豪快に盛り付けた皿鉢(さわち)料理が振舞われる。土佐の武家の酒宴の風習から広まったとも言われ、祭りの時に親戚や近所の人たちが集まって宴会を開いたのが始まりで、家を建てた時などの吉事があった時に行われていたとのことだ。現在は家庭ではあまり行われなくなったが、春の観光イベントとなっていて、街全体が酒場と化すのである。「べろべろの神様」のキャラクターが面白い。

 土佐&お酒というと坂本龍馬を連想される方も多いだろう。あるいはBS-TBS「酒場放浪記」の吉田類さんだろうか。私は森田正馬先生を思い浮かべてしまう。お若い頃は痛飲しておられたようだ。しかし、晩年は健康を気遣う妻の久亥さんが酒量を制限していた。1日3合と決めていた時期もあったようで、久亥さんはこっそり酒量を減らして出すし、森田先生も負けずに酒量をごまかされないようにガラスの容器を購入してチェックしていたという逸話もある。晩酌のお相手は、対人恐怖を自認する弟子の佐藤政治先生が多かった(330話)。佐藤先生が久亥さんに「酒の好きな森田先生に飲ませたいから、ツイツイ過ごさせることになる」と言ったのに対して久亥さんは「貴方がそうなら、私はもっと飲ませたい。飲ませたくとも本人のためには飲ますことはできない」と答えたという。夫婦愛がにじみ出た言葉だと思う。

 

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コメント

四分休符先生

 「お酒」とのタイトルでしたが...最後に書かれた「夫婦愛」にドキッとしました。
 
 私は長きに渡る神経症ゆえ、「夫婦」この二文字には無縁と思っていましたが、一応還暦にて夫婦になりました。そして...6年経っても夫婦という実感がありません。ただ、彼が酒に呑まれて失禁を繰り返す日々を送れば送ったなりに彼と共に在る。「苦労しているんだなぁ」と2人もろとも夜中に倒れ込んだ時に夫がしみじみ言う。それでも私はピンとこない。そんな日を数ヶ月過ごし、夫は立ち直った。
 
 夫との間にすきま風が入ってつい、不倫...友達に過ぎない人が私の心に入っていて、私自身「神経症なのに不倫か...」となにやらヘンな気持ちになっていたのに、そして夫も「俺の問題じゃないから」と言いつつ、翌日は昼間から酒浸りに。あぁ、言わなきゃ良かった。私がよろめいただけだった、あなたでないと私はダメなのだと繰り返す。その日は夫と普段の会話以上に会話が弾む。夫が私を引き戻した。少しだけ。

 やはり「夫婦愛」がピンとこない。人は社会的動物にて、生産し、育て上げ、築き上げ、共に生きていく。私達には途中が抜けていて(夫には子供達が居ますが)共に生きているだけでは夫婦愛というものは育たないのだろうか...四分休符先生の文章を読みながら私は「私には何かが欠けているのだろうか」と思った次第。

 以前だったら、こんな私生活も主治医に話す事が出来ました。先生は人生の助言者でもあったのです。でも、主治医の体調がよろしく無い今、主治医に相談も出来ない、薬を処方して頂くだけ。 ・・・四分休符先生に吐露してしまいました。

yukimiya 様

 コメントいただきありがとうございます。

 「私には何かが欠けているのだろうか」とお悩みなiのは、発展向上心のあらわれであり、健全な「生の欲望」なのではないでしょうか。「夫婦という実感がない」「共に生きているだけ」と言われますが、「彼と共にある」それで充分。「あるがまま」です。若いラブラブカップルではないのですから、お互い束縛し過ぎず、適度な距離をおいて付かず離れず助け合う、それが熟年カップルのいい関係だろうと思います。

 私たち神経質は自分に厳しく他人にも厳しい。自分がやっていることは人にもできるはずだ、とついそれを求めてしまいます。でも、人は自分の思ったようにいかないもの。いかなくて当然です。相手の良い所に目を向け、悪い所は半分目をつぶる。お小言は半分に減らす。小さなことでも「ありがとう」と言う。「共にある」時間はかけがいのない時になることでしょう。

四分休符先生

 有難うございました。

 このような話に返信コメント頂きまして痛み入ります。反芻し、糧と致します。
 1972の話をニヤッと読みつつ...

yukimiya 様

 失礼いたしました。1972話、誤字(変換ミス)ありましたね(冷汗)。

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