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2022年5月22日 (日)

神経質礼賛 1988.神経質?無頓着?(森田正馬ADHD説)

 かつて研修医となり浜松医大精神科医局に入った時に大原健士郎教授から頂いた御著書がある。世界保健通信社:目で見る精神医学シリーズ3『森田療法』という200ページの本で写真が多い。本体価格が7000円もする。私の名前の後に「目的本位の生活 大原」とサインして下さっている。何度も何度も読み返したり、事典的に利用したりして、これほどよく利用している本はない。価格の何十倍分も使わせていただき本当にありがたいと思っている。その書の本文初めのページにはいきなり、森田の性格1.神経質?無頓着?という見出しがある。「森田はある面においては、確かに神経質であったが、かなり大ざっぱで、無頓着過ぎる面ももっていた」として具体例を数多く挙げている。また、厳格な父親・正文と過保護の母親・亀の性格についても詳しく述べ、正馬の性格との共通点にも言及している。独立独歩で探求心が強いのは父親ゆずりで、気が多く、時にオッチョコチョイで、ユーモラスで人情家なのは母親ゆずりであるとしている。その後も大原先生は御著書の中で「森田は神経質ではなくて循環気質や執着性格だった可能性も否定できない」とし、それについて大原先生の師である高良武久にただすと「完成された神経質と表現するのが妥当だ」と答えられたという話を書かれている。

 京都森田療法研究所の4月19日・22日ブログでは、森田先生の奇行や性格について詳細に検討した、所長の岡本重慶先生と正知会の杉本二郎氏との対談を公表しており、興味深く読ませていただいた。森田の気が多くオッチョコチョイな点や数々の奇行は注意欠陥多動性障害(ADHD)として説明できる点が多い。さらに、その特徴がプラスとなっていたりマイナスになっていたりした面について検討しておられる。

 現代の精神医学からすれば、森田先生ADHD説は有力な考え方になるだろうと思う。私が森田正馬全集の中で気になったのは第4巻・通信指導の中にある次の記述である。
(猫いらずで猫を毒殺して以来怨みを恐れる人からの手紙に対する返事)
 猫を殺すとか蛇を殺すとか言ふ事は、恐ろしさに、悩まされる事の多いものです。それは、昔から、種々の怪奇的・講談的・迷信的の言伝へがあるからです。小生も昔、中学時代に、猫をなぐり殺して、解剖的研究をなし、其の後猫は祟るといふ言ひ伝へに、長い間恐怖した事があります。
 常識的・或は科学的にはそんな事はあるべき筈はないけれども、迷信といふものは、中々人の心をおののかすものです。それが迷信の迷信たる所以であります。
一 理知では猫のたゝる筈はない。
二 迷信の感情は、おそれおののくものである。
(一) 理知では、四九といつても、死苦には関係はない。
(二) 感情では、四九といふのも、其死と通ずるのが氣味が悪い。
 之等一、二、(一)、(二)共に、当然の事であるから、其まゝに考へれば、恐怖の苦痛は、日を経るまゝに消失するけれども、此両者をむすびつけて、猫はたゝる筈はないから、恐れる筈はない。恐れるのは徒に苦しむのみで、大なる損であるから、恐れない様にしなければならぬと、自分の心をため直さうとする為に、不可能の努力により、強迫観念になり、循環論理(繋驢けつ)のため、永久に其の苦痛から脱する事が出来なくなります。それは、「氣味の悪いものは恐ろしい」「不安心は苦痛である」とかいふ当然の人間の心を、そうあつてはならぬといふ否定の不可能の努力が、のれんと、角力とうやうなものであるからであります。無理な理屈で、我と我心を、ため直さうとせずに、小児の様に只恐れてゐさへすれば、たとへ、昼夜猫の聲が聴へる様な事があつても、決して二、三日とは続くものではありません。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.421)

 現代ならば重大事件の「少年A」と同様にみられてしまう恐れがある。当時は今ほど動物愛護の概念はなかったであろうが、猫をなぐり殺して解剖するのは尋常とは言い難い。思い付きで突っ走ってしまった行動だろうか。このエピソードもADHD説で説明できるのかもしれない。もっとも、ADHDであったとしても(森田)神経質は別の視点からの人間理解であり、それが否定されるわけではないし、森田先生の評価を下げるものではなく、神経質に加えADHDも活かした人生を送られたと評価することができるかと思う。

 

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コメント

 先生ご紹介の大原健士郎著二重『森田療法』は私も参考にさせていただいております。
図版が多くて見やすいですね。
 その前に上梓された大原先生のサイコセラピー・シリーズ『森田療法』(藍沢鎮雄・岩井寛共著・文光堂・昭和45年刊)が絶版になったので新しく平成2年に出版されたのですね。この旧『森田療法』も重宝させていただいています。
 実は、この旧『森田療法』は、森田先生生誕百年記念事業で『森田正馬全集』の編集の時大変役に立ったと青木薫久先生が語っておられます(森田全集月報7)。森田先生の自著目録が出ていて、それをたよりに比嘉千賀先生と一緒に文献を集めた。あれが基本になって全集を作るうえでの目標を定めるめやすになった、と。
 この大原先生の著書は森田療法の数少ない学術専門書として貴重なものなのですね。あらためて教えられました。

四分休符 先生

 つい大切なことをお尋ねすることを忘れていました。
 大原健士郎先生が森田療法でご活躍だったころ、ADHDの医学的研究はすでになされていたのでしょうか?
 最近発達障害という言葉が新聞や雑誌などで見かけますが、当時はそういう一般的な概念をお医者様の間では共有されていたのでしょうか。なんだか私達素人には、最近のことのように思われますがいかがでしょうかね。たしかに森田の奇行といわれる一連の言動や「過剰集中」「衝動性」「拡散的思考」といった性格資質にADHD傾向は考えられますが、昔は話題にもならなかったのですね。
 もちろん森田先生の偉大な業績を貶めるものではありませんが。


神経質流儀 様

 コメントいただきありがとうございます。

 大原先生の『森田療法』をお持ちなのですね。これほど森田正馬先生の人となりを明らかにした書はないだろうと思います。私にとってはバイブルのような存在です。

 精神医学にはある意味で流行のようなものがあります。私が研修医になった頃は境界性人格障害(ボーダーライン)の治療がよく話題になっていましたが、最近ではあまり聞かなくなりました。同じような患者さんは今もいるのですが。当時でもADHD(注意欠陥多動性障害)という診断はありました。ただ、治療薬は覚醒剤の一種とも言えるリタリン(一般名メチルフェニデート)だけでしたし、児童精神科医以外はあまりそいう診断は付けなかったです。その後、ストラテラ(一般名アトモキセチン)などの「治療薬」が発売されて製薬会社がそれを喧伝し、現在ではADHDを病名として積極的に付ける精神科医が多くなっています。

森田先生の猫殺しのお話は衝撃でした。しかも日記治療の中で告白しておられます。『完成された神経質』とは素晴らしいお言葉ですね。
森田先生のお言葉の中で、『大迷ありて大悟する』といった感じのものがあったと記憶しますが、そのとおりに生を全うされた先生だったのですね。


 四分休符 先生

 ご丁寧なご返信ありがとうございました。わかりやすく教えていただき感謝しております。
これからも森田療法は時代の流れに従って研究されていくのですね。

たらふく 様

 コメントいただきありがとうございます。

 愛猫家のたらふく様には申し訳ない記事でした。どうかお許しを。
 それにしても、たとえ御自身の汚点とも言えるようなことであっても、神経質の役に立つと思えば開陳されるのが森田先生の魅力でもあります。

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