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2022年5月12日 (木)

神経質礼賛 1985.再来年の大河ドラマ

 検索サイトのニュースには必ずその週の大河ドラマの話題が組み込まれている。NHKが宣伝のために流しているのだろうかと思ってしまう。私は長年、大河ドラマは見ていない。史実と異なる部分が多かったり架空の人物が出過ぎたりすることがどうも気になっていけない。我が家では、毎週日曜日、妻が一人で大河ドラマを見ている。早くに放送される6時からのBS放送を見て、それから夕食を作り始める。妻が見ている間、私は邪魔をしないように自室で過ごしている。

 大河ドラマで人気を博すのは戦国時代モノや明治維新モノである。来年の放送は「どうする家康」だそうだが、早くも再来年の放送が紫式部(414話・1760話)を主人公にした「光る君へ」に決まったというニュースが流れた。昨今のウクライナ情勢のように、やりきれないニュースばかりの毎日には、平安時代の藤原道長(413話)の全盛期、血なまぐさい戦がほとんどなかった時代の話はいいかもしれない。華やかな女性の衣装も話題になるだろう。

 私が神経質と認めた歴史上の人物の中で紫式部は唯一の女性である。内向的な彼女にとってはプライバシーのない宮中生活は苦しかっただろうと思う。周囲の無神経で目立ちたがりの人物には怒りを感じながらもそんなことは表には出さずに内に秘めていた。それが紫式部日記の中では炸裂し、あの強烈な清少納言批判となったに違いない。夫と死別し一人娘を育てていたとはいえ、中流貴族で生活に必要な資産はあって、働かなくてはならないというわけではなかったはずである。しかし、教え子の中宮・彰子から深い信頼を寄せられ、その父・道長から高く評価され、自分が書いた物語を一条天皇が愛読されたのは、「生の欲望」を突き動かして執筆を続ける強いモチベーションになったのだろう。時には寺に籠ったり、実家に帰ったりして、上手に周囲と距離を置いて自分を保つことも忘れなかった。源氏物語は神経質の粘り強さが作り出した傑作だと思う。

 

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コメント

「紫式部日記の中では炸裂し、あの強烈な清少納言批判」
還暦を過ぎますと高校の同窓がいろいろな趣味で集まりだしました。
3年前より俳句を始めまして、古語の表現などにも興味が湧いております。
「紫日記」はまだ読み終えておりませんが、あの清少納言評はまさに「炸裂!」でした。式部さんは立派な神経質者だったのですね。読むのが愉しみでございます。

たらふく 様

 コメントいただきありがとうございます。

 神経質は俳句と親和性が高いように思われます。
 良い句ができましたら、是非、御披露くださいね。

四分先生、お返事有難うございます。
以前から何度も思いながら書き忘れておりましたことがございます。
森田先生の何かの文章で「源氏物語について、奥さんが『こんな面白いものをどうして読まないか』と強く勧めてくるが、読めない・・」といったものがありました。
あたくしも、強い動機がありながら、『源氏』は読めないでおります。
で、申し上げたかったのは森田先生の奥さんが源氏を味読する知性をお持ちだったということです。明治の文化人はいまの平等教育とは異質の観がございます。

たらふく 様

 コメントいただきありがとうございます。

 森田先生の奥さん・久亥さんは母親が病身だったため、9歳から炊事・洗濯をして家を助け、小学校もまともに出ていなかったそうです。しかし、読書好きで仕事の合間に隠れて読書をしていたといいます。とても記憶力が良く、森田先生は試験の前、まず久亥さんに暗記させたものを話してもらって覚えたなんていう話もあります。結婚して上京した時には裁縫しかできなかったのが、お茶、お花、俳句、和歌、習字、英語、踊り、何でも人並み以上にできるようになったそうです。とても優秀な人だったのだと思います。

四分先生,ありがとうございます。
久亥さん素晴らしいです!
森田先生もさぞ頼もしくお幸せだったことでしょう。

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