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2022年6月30日 (木)

神経質礼賛 2000.自由に思わせておく

 石丸悟平(1886-1969)という作家、宗教思想家がいた。大阪府生まれ。早大国史学科卒。教員として勤めた後、大阪弁を取り入れた長編小説『船場のぼんち』で文壇デビュー。『人間親鸞』を朝日新聞に連載。雑誌『人生創造』を刊行。大正から昭和(戦前)にかけて大変人気があり、当時の師範学校生たちにとって必読の書となっていたそうである。また、茨木中学の後輩の川端康成に影響を与えたと言われている。花園大学客員教授もつとめた。大阪府豊中市には記念碑があり、彼の胸像の台座には「人生に結論なし ただ創造の一途あるのみ 意味は発見し得る者にのみ輝く」という言葉が刻まれている。

 森田先生の形外会でも参加者の某氏が石丸氏の著書について質問する場面がある。「石丸氏の『生きて行く道』という本の内に、神経質の治療例が出ています。石丸氏の言葉は、すべて「思想の矛盾」かと思われるが、いかがでしょう」。石丸氏は「思考力のなくなったのを治してほしい」と訴える人に対して「脳神経衰弱なり。治るものである。観念を持つことだ。君のように立身出世ばかり心配するものはない。(中略)一切を捨てること。命だけ残すこと。世間の事は何も考えぬこと。日光浴でもすることだ」などと答えている。森田先生は同氏の「人生創造」という雑誌の記述について批判して次のように述べておられる。

 ここの修養法では、苦楽とか・善悪・正邪とかいう標準を、一切立てる事をしない。頭痛や不眠でも、そのままじっと持ちこたえるだけで、苦しいとか困るとか、口外する事を禁じる。まもなくこれが解消された時にも、さらにこれを喜んだり安心したりする事を決していわせない。喜べば必ずその反動で再発します。赤面恐怖でも、気になるとか苦しいとかいう事をいわせないと同様に、これがよくなって、「外を歩いても平気になった」「人前で楽になった」とか喜んではいけないのです。
 それらの事は、みな起こるべきに起こり、かくあるべきにあるところの事実であるというまでの事で、腹がへれば苦しく、満腹すれば落着くというように当然の事である。これを日常百般の事に一つ一つ苦楽善悪で評価していっては、とうてい、仕事も間に合う事ではない。能率のあがるはずがない。

 かくの如く、ここでは石丸さんのいう様に「どう思え」とか、「思うな」とかそんな事は決して教えない。自由に思うままに思わせておく。それで苦楽好悪とか、思う思わぬとかいう事を超越し・無視し・放任する事ができるようになった時に、初めてすべての神経質の症状が解消するのであります。  (白揚社:森田正馬全集第5巻 p.578-579)

 こう思え、ああ思え、ということ自体が強迫観念を作り出してしまうのである。理屈ではなく実際の行動を重視していくのが森田のやり方であり、名前が残っていないが参加者・某氏の発言は実に的確だったと言えるだろう。

 

2022年6月26日 (日)

神経質礼賛 1999.コロナ鬱の特効薬

 一昨日、朝日新聞デジタルの記事が目を引いた。「コロナ禍で苦しんだホテル本能寺、修学旅行生の粋な計らいに感激」という見出しをクリックしてみた。コロナ禍のため京都の同ホテルの昨年の売上は修学旅行の中止などのため例年の7割減ともろに打撃を受けた。新型コロナの鎮静化により、ようやく客足が戻り始めている。埼玉県新座市の中学校の修学旅行生を受け入れ、スタッフが食事の片づけをしていると、箸袋や敷紙にメッセージが書かれているのに気が付いた。「3日間美味しい食事をありがとうございました」などといった感謝の言葉である。スタッフたちは大変感激したそうだ。教師が指導したわけでもなく、生徒たちが自発的にしたことだという。まさに純な心から出た行動が人を感激させたのだ。捨てられてしまう紙の箸袋や敷紙をメッセージカードとして生かしたのもすばらしい。殺伐としたニュースが多い中、ちょっといい話である。

 この2年余り、外出と言えば、短時間、生活必需品を買うだけで籠りがちな生活が続き、鬱々としていた人も少なくない。「コロナ鬱」という言葉も囁かれていた。鬱Depressionには不況という意味もある。経済も落ち込んだ。外来の患者さんの中には職を失った人も何人かいる。このところ、診察中の話の中に旅行の話が出てくるようになった。久しぶりに離れた家族と会えました、伊豆の温泉に行ってきました、善光寺の御開帳を見に行ってきました、などと話す時に笑顔がこぼれる。こちらもうれしくなる。コロナ鬱の特効薬はやはり旅行であろう。まだまだ油断はせずに感染に気を付けながら楽しんできてほしい。

 

2022年6月23日 (木)

神経質礼賛 1998.キャンプの思い出

 今日は市立病院内科を受診し、帰りは駿府城の中堀沿いを歩いて半周する。中学の横を通るとグランドでは生徒たちがテントを立てていた。キャンプに備えての練習なのだろう。もう卒業して50年になる。当時すでに校舎は古い感じがした。その後、子供たちが同じ学校に通ったが、耐震補強の筋交いが入っただけでそのまま使われていた。今も校舎は建て替えらえられていない。そして、この学校のキャンプも脈々と続いているようだ。

 例年、梅雨が明けて夏休みに入る前に2泊3日の本栖湖キャンプがあった。各学年3人ずつ縦割りにした9人の班で行動する。自分たちのテントは自分たちで設営する。トイレも自分たちで穴を掘って周りに目隠しの板を並べて作る。御飯は飯ごうで炊く。コンビーフを使って作るカレーがとてもおいしく感じた。2日目は本栖湖一周のハイキングがあり、夜にはキャンプファイアーがある。3日目は朝食後の撤収作業が慌ただしかった。原状回復できているか教師のチェックが入る。夜中に大雨が降り始め、心配になってテント周囲の溝をさらに掘った年もあった。電気物は懐中電灯以外の持込は禁止。菓子類も持込禁止。不便な中で創意工夫をし、周囲に注意を払い、自然の中で集団生活する得難い体験だったように思う。

 考えてみれば、入院森田療法もそうしたキャンプ生活と共通する部分が少なくない。ものそのものになって、自主的に行動していく。過保護に育てられて頭でっかちになっている神経質者の再教育の場でもあるのだ。そして、退院していく時には精神的に逞しく成長しているのである。

 

2022年6月19日 (日)

神経質礼賛 1997.病識あり過ぎなのが神経症

 勤務先の病院で、職員研修として、常勤医が一人ずつ精神疾患について講義することになった。来月が私の番である。森田療法についてお話することにした。今まで講演で使ったスライドを編集して「森田療法概論」とし、6年前の森田療法学会で発表した「ワンポイント森田」も紹介する予定である。

 普段、精神科病院で仕事をしていると、統合失調症、双極性障害(躁うつ病)、重症のうつ病、などの精神病の方々の治療にあたることになる。そうした方々は自分では病気ではないと思っておられ、病識がないことが多い。なかなか薬を服用してもらえず苦労することも多い。最初から拒否して口を開かないとか飲んでも吐き出す、というように分かりやすい場合もあるが、口内に隠して後でこっそり吐き出すとか、飲んだように見せかけて手品師のように巧妙に掌中から消してしまう人もいる。なかなか症状が良くならず、変だなあと思って薬の血中濃度を検査するとゼロだったなんてこともある。検査結果を本人に見せて「見事な手品を披露してもらっているけれど、しっかり飲んで早く退院しましょうよ」と説得する。

 そういった人たちと比べると、神経症、特に森田神経質は真逆である。客観的には病気でも何でもないのに自分で病気だと決め込んでドクターショッピングしたり、ネットで調べて自己診断で特定の薬を希望したりする。病識があり過ぎなのが神経症とも言えるだろう。それを「病気」として「治療」していたら深みにはまっていくばかりである。「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.386)という森田先生の言葉がピッタリなのは現代でも同じである。病気探し・病気治しに無駄に費やすエネルギーを日常生活に向けて生かしていけば、気が付くと神経症が治っているばかりでなく仕事や勉強や家事がはかどるようになって一挙両得なのである。

 

2022年6月16日 (木)

神経質礼賛 1996.秘密の質問

 日本年金機構から年1回郵送されてきた「ねんきん定期便」。一昨年までは老齢年金の種類と見込額が記載されていたが昨年末のものには年金加入状況の記載だけに変わっていた。そして、「ねんきんネット」に登録するようにということが書いてあったので、いずれはこういうものに変わっていくのかなあ、と思ってパソコンで登録した。しかし、1か月経っても2か月経っても「ねんきんネット」に入れなかった。それから半年ほど経って、「年金額改定通知書についてのお知らせ」というメールが送られてきた。IDとパスワードを入力してサイトに入れるはず・・・だったが、本人確認のための「秘密の質問」に答えるようにというメッセージが出てきた。この種の「秘密の質問」は他のサイトでも時々ある。しかし、パスワードを忘れた時の予備という意味くらいにしか思っていなかった。質問の選択肢は出身都道府県、母親または父親の旧姓、ペットの名前、中学の時のニックネーム、好きな食べ物、出身小学校、初めて買った車、初めて海外旅行で行った国、尊敬する人物、中学の部活動の10択である。さて、何だったか、と思いながら、他のサイトでも使っている親の旧姓を選び、入力するが、通らない。困って、表示を見ると、秘密の質問を忘れてしまった場合、郵送してくれるというボタンがあったので、それを押しておいた。4、5日後にハガキが送られてきて、登録した時に選択した秘密の質問とその答えが書かれていた。いつも同じではまずいと思って別のものを選んだのだった。これからはID、パスワードだけでなく秘密の質問と答えもしっかり手帳に記録しておかなくては。

 それにしても、ねんきんネットで見られる情報は、定期便で送られてくる内容でしかない。果たしてこれが役に立つという人がどれだけいるのだろうかと疑問である。政府はデジタル化と声高に言うが、この程度のシステムのために莫大な開発費をかけ、これからも維持費がかかり続け、無駄遣いでしかない。恰好だけのデジタル化は不要だ。

 

2022年6月13日 (月)

神経質礼賛 1995.ダストボックス(ゴミ箱)

 20年ばかり台所で使っていたステンレス製のペダル式のダストボックスの蓋が根本で折れて外れてしまった。見たところ修理不能である。つい、今までの習慣でペダルを踏むが、蓋は開かず、両手で蓋を外してからゴミを入れて蓋を載せるという面倒なことになっている。妻の話ではドイツ製で、以前買った店や他の雑貨屋で探したがないそうだ。国内メーカーの類似品を雑誌で見た通販で買ってみたが、蓋が緩くて臭いが漏れそうで返品したとも言う。ネット通販で探してもドイツ製はなかなかない。値段が2万円以上するドイツメーカーの商品がC国製造だったりもする。他のヨーロッパ製で探してみると良さそうなものがあった。Brabantia(ブラバンシア)というオランダの老舗メーカーの商品で容量20ℓが1万円強という値段。ベルギー製造となっている。よくあるC国製の2-3倍の価格だけれども、丈夫そうで評判も良いので注文した。

 3日後には配達されてきた。今までのものより一回り大きい。ペダルから足を離すと、前の製品だとバタンと大きな音を立てて閉まったのが、ゆっくり静かに閉まるところが優れている。ダンパー機能があると、深夜や早朝に使う時、音が気にならなくてよい。ステンレス表面には指紋などによる汚れが付きにくい加工がしてある。外側はステンレスでも底板がなく内側のポリバケツが鉄棒一本の上に載っているようなタイプだと生ゴミの臭いが漏れやすいけれども、これはしっかり底板で塞いであって臭いが漏れにくくなっている。妻も満足してくれて、後は耐久性がどうか、というところである。たかがゴミ箱、されどゴミ箱である。

 

2022年6月12日 (日)

神経質礼賛 1994.ついにコロナ発生

 全国的に新型コロナ感染者数は減少している。しかし、勤務先では、ついに感染者発生である。日常的に感染防御態勢を敷き、入院患者さんも職員も今まで3回のワクチン接種を行い今月末には4回目の接種予定という矢先の出来事である。この事実は病院のホームぺージに公開されている。一昨日、休み明けに出勤すると、自室ドアに張り紙と検査キットがぶら下がっていた。無症状ながら、入院患者さん1名と病棟の看護職員3名の新型コロナ感染が判明したため、自分で検査するように、とのことだった。検査して陰性だったので証拠として日付入りの腕時計と検査キットを並べてスマホで写真を撮っておく。外来業務は継続して行うが、感染経路がハッキリしないため、発生した病棟では入院の受け入れ停止、退院予定だった患者さんもしばらく足止めである。感染した職員が出勤停止のため看護職員の勤務体制にも大きな影響を受けている。

 屋外でのマスク着用が緩和され、外国人観光客の入国制限が緩和となった。すでに新幹線には大型キャリーバッグを携えた旅行客が増え始めている。GOTOキャンペーンをしつこく焼き直した「県民割」も始まった。今までずっと飲食や旅行を我慢していたのだから、そんなバラマキをやらなくても安全になれば誰もが飲食・旅行を再開するようになるはずである。サッカーJリーグでは声出し観戦も始まっている。種々の緩和が広がっていくのは喜ばしいことではあるが、手放しで喜んではいられない。また強力な変異株が流行しないとも限らない。これからの状況を慎重に見ていく必要がありそうだ。注意は怠らず、自分の身を守っていこう。

 

2022年6月 9日 (木)

神経質礼賛 1993.FAE(Frei aber einsam)ソナタ

 ショパンコンクールで2位となり注目を浴びているピアニストの反田恭平さんがFMのトーク番組に出ていて、盟友の若手ヴァイオリニストと対談し、「じゃあFAEを弾こう」と言って二人で演奏を始めた。はて、FAEって何だろう、誰の作曲だろうか、と首をひねる。流れてきた曲・FAEソナタ第三楽章スケルツォはどこかで聞いたことのある旋律だった。この曲は第一楽章がディートリヒ作曲、第二楽章と第四楽章がシューマン作曲、第三楽章スケルツォがブラームス作曲という変わり種。仲の良い3人の合作で、共通の友人である名ヴァイオリニストのヨアヒムに献呈された。FAE(自由だが孤独に)とはヨアヒムのモットーであり、F(ファ)-A(ラ)-E(ミ)の音型を曲に練り込んである。

 ハ短調で「運命」を思わせるタ・タ・タ・ターのリズムに乗って緊迫した旋律が流れ、印象的な曲だ。これはぜひとも弾きたい。早速、ネットのペトルッチ楽譜図書館からヴァイオリン譜とピアノ譜を入手。ヴァイオリン譜を試しに弾いてみてから、ピアノ譜のパソコン入力を始める。いつもながら気の遠くなる面倒な作業だが、伴奏音源が欲しい一心で入力していくと、ついもう少し・もう少しと欲にかられて仕事が進んで行くのである。これでレパートリーがまた一曲増えた。

 FAE(自由だが孤独に)は対人恐怖の神経質のモットー(?)でもある。私も人から強制されるのは嫌いであり、人を束縛するのも嫌いである。ちなみに作曲者ブラームスのモットーはFAF((Frei aber froh 自由だが楽しく)だったそうで、交響曲の中でF-A-F(実際にはファ・ラ♭・ファ)の音型を使っているという。神経質は硬すぎるところがあるので、意識して少しユルく楽しくした方がいいかもしれない。

 

2022年6月 5日 (日)

神経質礼賛 1992.バナナ

 外来の患者さんで、朝何も食べないという人が時々いる。ただでさえ、うつ状態で通院していて意欲がわかないと言っているのに加えて、何も食べずにそのまま仕事に行ったのでは低血糖で動けなくなるのではないかと心配である。「バナナ半分でもいいから食べてみてはどうですか」とよくアドバイスしている。バナナは皮をむくだけで手間いらず、食べやすく食物繊維も取れるから、一人暮らしの人に適している。糖質悪玉至上主義の人が、朝のバナナはいけないと主張している記事をネット上で見かけるが、そんなことはないと私は思っている。

 スーパーへ行くと実にいろいろな種類のバナナがあって、産地はフィリピン、エクアドル、コロンビアなどまちまち、値段もピンキリである。我が家で買っている妻の指定銘柄はコロンビア産有機栽培である。ただし買ってすぐ食べるのは御法度である。TV健康番組でシュガースポットと呼ばれる黒い斑点が出たものが体にいい、という話を信じていて、それが出てくるまではお預けである。そうこうしているうちに全体が黒く傷みかけてきたものを食べさせられる羽目になる。私は酸味のある少し青いバナナが好きなのであるが。ビニール袋に入って売っているこのバナナは時々黒っぽいタール状の液が付着していることがある。これは、バナナの房を切った時に出てくる樹液であって無害なのだそうだ。大きなもの3本あるいは小さなもの4本が298円で売られている。

 この有機バナナの入荷が時々途切れることがあって、代わりに何を買うか悩ましい。Doleの血圧高めの人によいというGABA(ガンマアミノ酪酸)の機能性表示食品を試しに買ってみた。1日120g食べればGABAの一日必要量の半分が摂れるといい、ホームページ上に実験効果が表示されている。フィリピン産であり価格は5本298円だ。味も悪くない。しかし、1日1-3本食べることを勧めていて、私は半分位しか食べないから効果はあまり期待できそうにない。

 

2022年6月 2日 (木)

神経質礼賛 1991.病院でお看取りの時代

 精神科の病院では統合失調症や双極性障害など一般の精神病の入院患者さんが減少し、認知症の患者さんが増加する傾向にある。精神病の治療薬が進化するとともに軽症のうちから早期治療が行われるようになったためだと考えられる。また、精神科病院での長期入院者の保険点数を下げて退院させるようになったこともある。現在、私が勤務している病院も事情は同じであり、80代や90代の方の入院が増えている。さらに積極的にそうした患者さんを受け入れて看取り・緩和ケアを行っていこうという流れになっている。高齢者には誤嚥性肺炎がつきものであるが、日本呼吸器学会が成人肺炎診療ガイドライン2017の中で、「老衰と肺炎は別の物ではなく終末期に抗生剤治療をすることは、予後の改善とともに不快や苦痛をもたらす両刃の剣である」「肺炎の治療は次の苦しみを予約するようなもの」とまで踏み込んで、抗生剤を使用しない選択もありうる、としている。今まで当たり前だった点滴や酸素吸入にしても苦痛を増やすだけ、という考え方もある。さて、自分が当事者だったらどうだろうか。若い頃から、治る見込みがなければ、余分な治療はしないで欲しいと思っていた。今でも基本的には同じ考えだが、いざその場になったら考えが揺らぐかもしれない。

 『生の欲望』が強い神経質は概して長生きである。森田療法関係者をみれば高良武久先生、鈴木智準先生のように御長命でしかも最晩年まで活躍された方が少なくない。もし、森田正馬先生にしても肺結核でなければ長寿を全うされたことだろう。森田先生の生きることへの執着は大変なものだった。死期が近づくと、死の恐怖にさいなまれ、夜には「死にたくない、死にたくない」と言って泣き、少し気分が良くなると人々を枕元に集めて快気祝いだと言って御祝儀を配り「御全快おめでとうございます」と言わせた。苦しい息の下から「僕は必死ぢゃ、一生懸命ぢゃ、駄目と見て治療してくれるな」「如何に生に執着してもがくか、僕の臨終を見て貰いたい」と弟子の長谷川虎男に語った記録もある。最期まで生の欲望を燃焼させて生き尽くされたのだ。名僧の一休さんや仙厓さんにしても亡くなる直前に死にたくないと語ったという。そこまで気概のない凡夫としては死の恐怖に怯えながら、細々と今できることをやって生きていこうと思う。

 

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