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2022年6月19日 (日)

神経質礼賛 1997.病識あり過ぎなのが神経症

 勤務先の病院で、職員研修として、常勤医が一人ずつ精神疾患について講義することになった。来月が私の番である。森田療法についてお話することにした。今まで講演で使ったスライドを編集して「森田療法概論」とし、6年前の森田療法学会で発表した「ワンポイント森田」も紹介する予定である。

 普段、精神科病院で仕事をしていると、統合失調症、双極性障害(躁うつ病)、重症のうつ病、などの精神病の方々の治療にあたることになる。そうした方々は自分では病気ではないと思っておられ、病識がないことが多い。なかなか薬を服用してもらえず苦労することも多い。最初から拒否して口を開かないとか飲んでも吐き出す、というように分かりやすい場合もあるが、口内に隠して後でこっそり吐き出すとか、飲んだように見せかけて手品師のように巧妙に掌中から消してしまう人もいる。なかなか症状が良くならず、変だなあと思って薬の血中濃度を検査するとゼロだったなんてこともある。検査結果を本人に見せて「見事な手品を披露してもらっているけれど、しっかり飲んで早く退院しましょうよ」と説得する。

 そういった人たちと比べると、神経症、特に森田神経質は真逆である。客観的には病気でも何でもないのに自分で病気だと決め込んでドクターショッピングしたり、ネットで調べて自己診断で特定の薬を希望したりする。病識があり過ぎなのが神経症とも言えるだろう。それを「病気」として「治療」していたら深みにはまっていくばかりである。「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.386)という森田先生の言葉がピッタリなのは現代でも同じである。病気探し・病気治しに無駄に費やすエネルギーを日常生活に向けて生かしていけば、気が付くと神経症が治っているばかりでなく仕事や勉強や家事がはかどるようになって一挙両得なのである。

 

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