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2022年8月28日 (日)

神経質礼賛 2020.お絵描きボード

 精神科の診察では患者さんとの会話が大きなウエイトを占めている。ところが難聴の方だと、それが困難な場合がある。そこで、外来ではプリンターで大きく印字した「眠りはどうですか?」「食欲はありますか?」「困ることはありますか?」などの紙を用意していて、それを見せて会話の補助にしている。高齢者の長谷川式認知症スケールを行う際にも、耳が遠く、目も見えにくい方が多いので、テストに影響のない程度に質問の一部を大きく印字したものを見てもらっている。

 聾唖に加えて視覚障害もある入院患者さんの担当になった。大きな文字は何とか見えるようなので、看護師さんたちはホワイトボードに字を書いて見せたり大きなジェスチャーで示したりして、本人からは指文字の返事をもらってコミュニケーションを取っている。何か良いツールはないだろうかと考える。幼児の学習雑誌の付録によくある、磁石式のお絵描きボードがいいのではないか。磁石の入ったペンでなぞるとボード内部の鉄粉が集まって字や絵を描くことができ、消すときはレバーをスライドさせて全面クリアーできるものだ。水性ペンのインクで手や衣類を汚す心配もない。ネットで調べると、100円ショップでも置いている所がいくつかあるとのこと。街中のダイソーで探したがあいにくなかった。とりあえず、30cm×20㎝のミニホワイトボードと水性ペンを買った。その患者さんだけでなく、外来でも活躍の場面があるだろう。引き続き、磁石式のお絵描きボードも探してみようと思う。とにかく創意工夫である。

 

2022年8月25日 (木)

神経質礼賛 2019.漱石山房の人々

 毎日新聞の書評で目に付いた本があった。林原耕三著『漱石山房の人々』。最近、文庫本化されて講談社文芸文庫から出版されたものだ。書店では通常の講談社文庫とは別の棚に並んでいる。このシリーズの文庫のシンボルマークは羽を広げた鳥のようにも見えるし、コウモリのようにも見えるが、クジラなのだそうだ。となるとクジラの尾の部分をマークにしたのだろうか。題名を見ただけで、よほどの文学マニアでもないと買わないだろうな、というような本ばかりである。見つけて手に取ってみると文庫本の割に価格は2200円(税別)とお高くてちょっと躊躇する。あまり売れそうではないからこの価格もやむを得ないのだろう。それでも、あれば買おうと決めていたので購入する。
  牛込早稲田南町の漱石山房には若い弟子たちが出入りしていて著者はその一人であり、漱石晩年、明治40年から大正5年までの10年間、交流があった。夏目漱石は気難しい人で癇癪持ち、というイメージがあるが、著者が言うには「私はただの一度も先生から叱られたことがなかった」「あんな優しい人には二度と遭えないと信じている」とのことで、本の帯には「先生はどんな場合にも決して嘘の言えないひとでした」とある。著者は神経衰弱に悩み、学校を休み、学費を滞納していた。同じく神経衰弱に悩んでいたに漱石からすれば、同病相憐れむといったところかも知れない。漱石から林原の病状や試験の結果を心配する手紙が何通もあり、学費援助の話もある。かなり可愛がられていた若い弟子ということになるだろう。
  鏡子夫人からも可愛がられたが、ある事件を契機に山房への出入りが制限されることとなる。それは、鏡子夫人から依頼されて著者が自分用の名目で処方してもらった睡眠薬ヴェロナールを渡し、それは秘かに漱石の胃薬に入れられた。夫人からすれば漱石の神経衰弱がひどいから、というわけだが、極量のヴェロナールを知らずに飲まされていた漱石は執筆中に激しい眠気に襲われて何度も筆を落としたという。それを知った著者は鏡子夫人から再度の薬の要求には応じず、鏡子夫人と顔を合わせづらくなってしまったのだ。

  この時代、つまり森田正馬先生が巣鴨病院や根岸病院に勤務されていた頃は、抗精神病薬も抗うつ剤もなく、睡眠剤・鎮静剤としてヴェロナール(バルビタール)はあったが、副作用や依存性が強く、山房にも出入りしていた芥川龍之介もこの薬を常用してやがて自殺に至っている。森田先生は安易な睡眠薬の処方を戒めておられる。

  (自然良能を無視するの危険) 又、例へば不眠を訴へる患者に対して、多くの立派な医者が、之に徒らに、催眠剤を種々撰定して与へる事がある。而かも患者の不眠は、少しも良くはならない。この医者は単に不眠の治療といふ事にのみ捉はれて、其人間全体を見る事を忘れたがためである。其患者の毎日の生活状態を聞きたゞして見ると、豈に計らんや患者は、毎日・熟眠が出来ないといひながら、十二時間以上も臥褥し、五時間・七時間位も睡眠して居るのである。多くの医者は不思議にも、其患者の日常の生活状態や、何時に寝て・何時に起き・其間に如何に睡眠が障害されるか・といふ事を聞きたゞさないで、患者の訴ふるまゝに、不眠と承認して、之に催眠剤を与へるのである。(白揚社:森田正馬全集第7巻 p.401)

 現代の睡眠薬ははるかに安全性が高くなっているが、できれば薬を使わないに越したことはない。

 

2022年8月21日 (日)

神経質礼賛 2018.1年半ぶりのオンライン飲み会

 1年半前にオンライン飲み会(1833話)を企画してくれたMさん(富士市で内科開業)からまた連絡があり、昨夜2回目のオンライン飲み会となった。メンバーは前回と同じ、一度大学を卒業してから医大に再入学した同期生4人だ。ベトナム出身で苦学して今はリハビリ病院の院長をしているGさんにも声をかけてもらったが、あいにくクラスター発生の処理に追われていて参加できないとのことだった。前回、コロナが収まったら集まって飲もう、と言って終わったのが、結局またオンラインなのは残念だけれども、みな元気そうだった。発熱外来などでますます仕事は多忙になっている。最年長で浜松の内科系病院の院長をしている映画を趣味とするYさんは元々寡黙である。私は、浜松で内科開業をしているNさんから「おでこが光っているねえ」と言われてしまった。その通り、画面に映っている自分の顔を見ると額が後退してきたなあと痛感する。医大生時代すでに額が後退して教授並に貫録のあったYさん・Nさんに近づきつつある。話題はいつまで働くか、という話で盛り上がる。Nさんは80歳を過ぎても死ぬまで働くと意気軒高である。そして空いた時間に奥さんとドライブを楽しむという。無借金経営が自慢だ。Mさんは「開業した時と家を建てた時の借金があるからなあ。それを返し切らないと」と言う。二人とも、一番の気がかりは後継者である。その点では、勤務医のYさんと私は気楽である。Yさんのお子さんは文学系の仕事を目指しているというし、私の子供たちは企業で働き昨年結婚している。後は自分の終活を考えればいい。今の病院との契約期間が切れたら、パート勤務で年金生活の予定だと話す。

 Zoomでのオンライン会議は無料での利用時間は40分までとなっている。前回は時間が過ぎても切られることはなく、2時間続けられたけれども、今回は残り時間が少なくなってくると画面にタイマーが表示され、40分で切断された。その都度Mさんが開きなおしてくれて合計2時間続けることができた。次こそリアル飲み会にしたいものだ。

 

2022年8月19日 (金)

神経質礼賛 2017.起上りもなか

 今年のお盆休みは行動制限が3年ぶりに解除されて、お盆休みは帰省や旅行の人で賑わい、各地で祭りや花火大会など様々なイベントが行われた。しかし、県内の医療機関では今なおクラスターが発生し、医療従事者の感染のため業務に支障をきたしているところがある。まだ県外への旅行は御法度である。そんな中、お盆休みに友人と金沢に行った子供が土産物を届けてくれた。金沢も大変な暑さだったようで、兼六園は人が少なかったという。土産物は小さなだるまさんのような形をした「起上りもなか」である。透明なケースに入っていて、4個は赤、1個は白っぽい薄金色の包み紙である。穏やかな笑顔がかわいらしい。加賀八幡(応神天皇)が生まれた時に深紅の錦に包んだことにちなんだ縁起物の郷土玩具があり、それを模した最中だそうだ。

 包装紙を開けると、最中本体も同じお顔に作られていて芸が細かい。見た目は小さいけれども丸っこい形なので体積はそれなりにあって意外と食べ応えがある。パリパリの皮と上品な甘さの粒あんがコーヒーにも合う。起上りというネーミングも縁起が良さそうだ。さて、一つだけ包装紙の色が異なるのは中身がどう違うのだろうかと気になっていた。小豆あんではなく白あんか。はたまた餅入りか。それとも栗入りか。期待に胸を膨らませながら開けてみる。外観は全く同じである。そして食べてみると・・・全く同じであった。

 

2022年8月18日 (木)

神経質礼賛 2016.悪い癖

 勤務先の外来診察室はちょっと手狭であり、そこに感染防止のアクリル製スクリーンが立っている。患者さんが触れて倒れることがある。車いすの人や杖・歩行器使用の人の出入りには時間がかかる。それ以外にも時間がかかるのが強迫の人である。呼び出してもなかなか入ってこないので、2回、3回と番号を呼ぶことになる。入ったかと思うと、椅子の座面を入念に払ってから座る。以前書いたように決して座らず立ったまま話をする人もいる。「思い切ってそのまま座ってごらんなさい。普通の人と同じようにすれば良くなりますよ」とアドバイスすると「ええ」と返事はするが実行しようとしない。

 不潔恐怖による過度の手洗いや確認行為など不合理な強迫行為は「悪い癖」と言えるだろう。本人も不合理性を知っていながら、なかなか直そうとしない。「わかっちゃいるけどやめられない」というわけである。対人恐怖やパニック症にしても、不安な場面を避けようとして、ますます深みにはまっていく。感じ方・考え方の問題(認知の歪み)はあるけれども、行動面に着目すれば不安回避行動に走ってしまい、結果的に症状をますます悪化させるという悪循環に陥っている点は同じであり、これも悪い癖と言えるだろう。私の師の大原健士郎教授は、神経症の患者さんたちに「悪い癖がついているんだよ」とよく言っておられた。医師に「さあ(病気を)治してくれ」と言っても、そもそも病気ではないのだから、治るものではない。悪い癖を直せるのは自分である、というのが森田療法の立場からの指導になってくる。素直に言われた通りに行動していくとどんどんよくなるのだが、「できない」と決めつけてしまうとなかなかよくならない。できないのではなくやらないだけのことである。素直な人ほど治りが早い。

 

2022年8月14日 (日)

神経質礼賛 2015.初めてのHER-SYS(ハーシス)

 新型コロナ第7波の勢いはまだ収まっていない。地域医療の中核となっている市立総合病院がパンク状態で救急患者の受け入れが困難となっている。コロナ陽性と判明した患者さんを送り返すような事案も発生しているという。私が勤務している病院は精神科単科なので表立ってコロナの診療はしていないが、かかりつけの患者さんで他の医療機関を受診できない場合には発熱外来対応をすることになった。一昨日、さっそくコロナ陽性で発熱・咽頭痛の方の診察をした。普段かかっている内科医院がお盆休みに入って診てもらえないとのことだった。さて、問題はその登録作業である。以前はFAXで保健所に報告していたようだが、現在はパソコンからHER-SYS(ハーシス)というシステムでデータ登録をしなければならない。患者名・生年月日・住所・電話番号から始まって、症状、ワクチン接種状況、特定の持病がないかなどを入力することになる。これが手間と時間のかかる作業で、医師たちが時間に追われながらやらなくてはならないので評判が極めて悪い。

 入力マニュアルはネット上にはあるが、プリントアウトしたものはないので、横に感染対策委員長をしている薬局長と事務のトップの人、さらには院長先生についてもらって説明を受けながら入力していく。前回、病院で初めて他の先生が入力した時は1時間以上かかったと聞く。画面を見て間違いなく入力できる工夫が乏しく、例えば電話番号や郵便番号は半角のハイフンなしで入力することが画面上に明記されていないので、やたらとエラーでひっかかって入力し直すことになる。実に不親切で「神経質が足りない!」と言いたくなる。ようやく入力できると、自動的に確認の電話がかかってくる仕組みになっていて、それでやっと一人分完了である。30分弱かかった。負担軽減のため入力必須項目は以前より減っていると言うが、これではどこの医療機関も困っているだろうなと思う。

 

2022年8月11日 (木)

神経質礼賛 2014.陰キャでよし

 陽気で外向的な人のことを「ネアカ(根明)」、陰気で内向的な人のことを「ネクラ(根暗)」と呼んでいた時期があった。最近は前者を「陽キャ」、後者を「陰キャ」と呼ぶようになっているようだ。「キャ」とはキャラクター(性格)を略して言っているらしい。言葉の響きはあまりよろしくない。世間では陽キャ・陰キャのレッテル貼りが行われているのではないだろうかと思う。ネットで見ると、陽キャと陰キャの特徴、陰キャからの抜け出し方、陰キャがバレる質問、など様々な記事がある。そうした記事を読んで、「自分は陰キャで情けない」「陰キャだからダメなんだ。何とかならないだろうか」と悩む神経質な若い人たちがいるのではないかと気になる。しかし、世の中が陽キャばかりでは騒がしくて落着かないし、皆が出しゃばろうとしてもそうはいかないから収集がつかなくなる。冷静に判断してじっくり動いていく陰キャも必要なのである。花は紅、柳は緑(3話)、という言葉のように、持ち味を発揮してそれぞれの美点を生かしていけばいいのである。あるがままである。神経質で陰キャの人は主演俳優にはなりにくいけれど渋い名脇役にはなれる。嘘つきの強欲政治家やインチキ宗教の教祖様には絶対になれないだろうけれども、堅実にしっかり働いて世の中に貢献することはできる。それでよいではないか。

 根本の性格は変わらない。ただ、行動は変えることができる。内心はビクビクハラハラあっても、挨拶はしっかりして、話す時には意識して音量を2割アップする位のつもりで話すだけで、人から見た印象は変わるものである。そして、めんどうなことを先送りせず、早く手を出していくようにすれば、さらに輝く存在になっていくのだ。

 

2022年8月 7日 (日)

神経質礼賛 2013.森田療法概論のアンケート

 先月、職場の教育講義を依頼されて、森田療法概論ということでお話した。参加できなかった方は後日、動画を見て下さった。このほど117人のアンケートのまとめをいただいた。森田療法の内容を知っているという人が22人(18.8%)、名前だけは知っているが63人(53.8%)、聞いたことがないが32人(27.4%)だった。精神科病院の職員であるから、通常の方々よりも森田療法の名を見聞きする機会があるかと思う。内容も知っているという人をさらに増やしていきたいものである。

 感想の中で目に付いたのは、患者さんからの言葉にめげそうになる時の対処法を知りたい、自分の気持ちを保つ方法を知りたい、といった精神科病院ならではのコメントだった。精神科病院では精神症状が重度で病識や治療意欲の欠如した人に対して、その人の意に反して治療を行わざるを得ない場面がしばしばある。そうした時に暴言や衝動行為に晒されることになりやすい。私自身も「お前を殺してやる!」「訴えてやるからな!」と怒鳴られたり、足蹴りされたり叩かれたりすることがある。正直言って嫌な気分になる。しかし、その人が良くなっていくと報われたという気持ちになるのである。

  森田先生も30歳の時には呉秀三教授の指導のもと、巣鴨病院(現・都立松沢病院)で仕事をしていたが、貴族や官僚の子弟である患者二人から絶えず不平と難題を持ちかけられて辞職を考えたと書いている。一人は興奮して薬瓶を投げつけてきてそれが壁に当たって粉々になったり、森田先生を組み伏せて体を叩きまくったりということがあった。しかし森田先生は抵抗せずに毅然とした態度で臨み、かえって尊敬されるようになったという。

 そうした場面に遭うと、怒りや憤りの感情が激しく湧き上がるのは仕方がない。それを直接なくそうとしてもなくなるものではない。「感情の法則」(442話)の通りであって、時間とともに自然に収まってくるのだから、嫌な気分を早くなくそうと焦らずそのままにして、必要な行動をしていけばよいのである。

 

2022年8月 4日 (木)

神経質礼賛 2012.超熱帯夜

 このところ厳しい暑さが続いている。日中の暑さは仕方がないとしても、夜中や明け方になっても全く気温が下がってこないのはキツイ。朝5時に窓を開けても涼しい風は入らず、外はムッとした状態。窓を開けっぱなしにしても室温は30度以下にならない。天気予報の最低気温は28度となっているけれども、街中はアスファルトやコンクリートの蓄熱やエアコンからの排熱のため実際の最低気温は30度を超えているものと思われる。

 今まで、最高気温35度以上を猛暑日、最低気温25度以上を熱帯夜と呼んできたが、温暖化がさらに進行して、それ以上の呼名も必要なのではないか、と思っていた。このほど日本気象協会が独自に最高気温40度以上を酷暑日、最低気温30度以上を超熱帯夜と呼ぶことにした、というニュースが入ってきた。気象庁が定義した正式の呼称ではないが、昨今の情勢を考えるとすぐに浸透していきそうである。

 かつて327話「熱中症が増えたワケ」で暑さへの適応力の低下がその一因ではないかと書いた。しかし、それから15年が経過し、地球温暖化の急速な進行により、暑さ自体が過酷になってきているのだ。無理にガマンしていたら、熱中症で倒れてしまう。「洞山禅師は寒い時は寒になりきり、暑い時は熱になりきれと教えた。つまり、事実そのままよりほかに、しかたがない」(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.325)ではあるけれども、創意工夫は必要である。効率的にエアコンや扇風機を使い、暑さ対策グッズを利用し、水分やミネラル分を補充して熱中症対策をしていくとしよう。

 

2022年8月 1日 (月)

神経質礼賛 2011.SDGsと森田療法

 近頃、SDGsということが盛んに言われるようになってきた。持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)の略で、2001年に策定されたミレニアム開発目標の後継として2015年の国連サミットで加盟国の全会一致で採択されたものであり、2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す国際目標とのことである。17のゴールと169のターゲットから構成されている。特に資源やエネルギーなどを無駄なく利用していくことが大きな骨子となっている。しかし、それは森田正馬先生の家では徹底的に行われていたことである。

山野井氏 私が入院中、ここのお家で、すべて物を大切になさる事に驚いた。顔を洗った水を、そのまま捨てずに、バケツにためて、盆栽にやったり、表へ打ち水にしたりする。米のとぎ水は、油のついた皿を洗う。反故紙は、六、七種に使い分け、全く用に立たぬものは、飯炊きの燃料にする。私もいつとはなしに、そんな傾向になり、家で紙くずで御飯を炊く、ヘッツイ(かまど)を買うと、二、三円かかるから、自分でこしらえた。決してガス代を節約するとかいう理屈でなく、ただ、物そのものがもったいなく、捨てるのが惜しいのである。水道なども、一円七十五銭と決まっていて、前にはどうせ、決まっているからと思って、ジャージャーやったが、今はその水をむだにするのがもったいないから、倹約にする。電灯でも、月決めで、決まっているけれども、入用のない時は消すという風になったのであります。
森田先生 私のところで、皆さんも御承知の通り、外来患者の住所姓名を書くのに、反故紙から撰り出したものを小さく切って使っている。ある病院では、金ぶちの紙を使っているとの事である。診察料は高くて、相当の体裁を張るべきところを、この反故紙を使うという事は、一般の人から見ると、はなはだ矛盾のように思われようけれども、今の山野井君のお話から想像しても、私には決してその間に矛盾はないのである。
(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.228)

  水や紙の節約ばかりでなく、屎尿は畑の肥料として使った。森田先生が率先して肥桶を担いで見本を示すのだから、不潔恐怖の患者さんもやらざるを得なかった。飼っている鶏のエサは青物市場へ行って落ちているくず野菜を拾ってきて使うのだった。市場の労働者からは「いい若者が何やってるんだ」と嘲笑されることもあって、対人恐怖の患者さんにとっては辛いことだけれども、治療効果は抜群だった。まさに一石二鳥である。SDGsなどという難しい言葉を使わなくても森田療法では自然にSDGsになっていたのである。

 

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