神経質礼賛 2030.ガチャポン
近頃ネット記事、さらには新聞記事で「親ガチャ」という言葉を目にするようになった。子供は親を選べない。裕福な恵まれた家に生まれるか、貧しく不安定な環境の家に生まれるかで人生が大きく左右される。さらには親から受け継いだ遺伝的な容姿・才能も選べない、ということらしい。私はてっきり自動販売機から出てくるカプセルトイ(丸い透明プラスチックに入った玩具)、あるいはその販売機ガチャポン(ガシャポン)が語源かと思っていたら、ネットゲームの「ガチャ」が元なのだそうだ。ケータイやスマホのゲームを全く知らない人間なので、ネット常識が欠如していていけない。
さらには就活生の「配属ガチャ」「上司ガチャ」などという言葉も見かけるようになった。就職してどんな部署に配属されるかはわからない。やりたい仕事ができるかどうか、いい上司と巡りあえるか、それともパワハラ上司に当たってしまうか、運次第でありそれによって人生の流れが変わってくるから不安になるということだ。
しかしながら、こういったことは、いつの世でも同じである。親を恨んでも職場を恨んでもどうにもならない。不満はあれこれあっても、とりあえずできる工夫をしながら、今の環境で精一杯やってみることである。うまくいかない時には応援者を探したり、理不尽なことには声を上げたりすることも必要な時もあるだろう。森田の言葉で言えば「自然に服従し境遇に従順なれ」(828話)、同話で紹介した渡辺和子さんの「置かれた場所で咲きなさい」ということになる。人生はクジのように当たりとハズレがハッキリ決まっているわけではない。塞翁が馬(201話)の故事の通りである。長い目で見れば、大当たりだと思っていたのが実はハズレだったり、逆にとんでもない貧乏くじを引いたと思っていたことが幸運につながったりすることだってあるのだ。
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