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2022年10月30日 (日)

神経質礼賛 2040.「お江戸日本橋」歌詞の謎

 先日、TV番組で、鶴見の「よねまんじゅう」の店が紹介されていた。鶴見は東海道五十三次の宿場ではないが、宿と宿の間の休憩場所として、特に「大山詣」の時期は賑わっていたそうである。よねまんじゅうとは薄い羽二重餅で大きな餡をくるんだお菓子で、最盛期には40軒の店が並んでいたという。甘味は歩き疲れた体を回復させるのには最適で人気があったのだろう。

 うん、確かに「お江戸日本橋」の歌にあったよなあ、と中学の時の音楽の教科書を引っ張り出してみると、二部合唱に編曲された楽譜が載っていた。中2の教科書だから低音部は声変わりした男子を想定している。最初の4小節はユニゾン(同じ旋律)、その後は1小節ずらした輪唱に仕立ててある。歌詞は1番と2番である。
1 お江戸日本橋七ツ立ち 初のぼり
行列そろえて あれわいさのさ
コチャ高輪夜明けて 提灯消す
(こちゃへ こちゃへ)
2 六郷渡れば 川崎の万年屋
鶴と亀との よね饅頭
コチャ神奈川 急いで程ヶ谷へ
(こちゃへ こちゃへ)

 ふと、思ったのは、この歌は東海道五十三次全部が入っているのではないか、と。知りたがりの神経質ゆえ、調べてみるとやはりそうだった。18番くらいまであるらしく、最後は草津~大津~都入りで終わっている。歌詞は宿場の名や名所・名物を織り込んだ歌詞ながら、ちょっとHな春歌的なものである。上記の歌詞2番とされているのは本当は3番であり、2番は次の通りである。
 恋の品川 女郎衆に袖引かれ
  乗りかけお馬の 鈴ヶ森
  コチャ大森細工の松茸を
  (こちゃへ こちゃへ)
 この歌詞ではさすがに教科書検定で物言いがつきそうだ。生徒から「どういう意味ですか」と質問されようものなら教師はとっても困るだろう。外したのも無理はない。4番以降もそうしたものが多くみられる。そもそも、「こちゃへ こちゃへ」は遊女たちの客引きの表現だ。江戸時代は性について大らかだったが、今の時代ではセクハラソングと言われかねない。ともあれ、「酒もぬまづに原づつみ」というようにダジャレが効いて、なかなか楽しい。昔は東海道を歩いて旅した人も、旅に出られない人もこの歌で大いに楽しんだのだろう。皆さんがお住まいの地・あるいは知っている地がどのように歌われているか一見をお勧めしたい。

2022年10月27日 (木)

神経質礼賛 2039.熟成酒

 普段、家で飲んでいる酒は麦焼酎が主である。どんな料理にでも合うけれども、やはり刺身や焼魚といった和食には日本酒の方がより向いている。年末になると浜松の地酒「花の舞」の新酒が出るので暮・正月用に毎年買っている。静岡県内の地酒はクセがなくて飲みやすいものが多い。有名な焼津の「磯自慢」は入手困難だが、縁起がよさそうな掛川の「開運」は時々買う。最近、スーパーで目に付いたのが花の舞の純米吟醸熟成酒というものだ。低温で三年間熟成させたという。「ぬる燗に最適」という文句に惹かれて試しに買ってみた。

 昨日の夕食は秋刀魚(サンマ)。このところの不漁のためか身は小さく脂も少なめだけれど、なかなか口に入らない貴重な存在だ。季節のものはありがたい。酒を器に移してみると琥珀色をしている。こういう熟成酒を飲むのは初めてである。1合ほどを電子レンジ500Wで1分間温めてみる。ほわーんと米の香が周囲に漂い、口にするとわずかに酸味を感じる。それほど重くはなくて飲みやすい。秋刀魚と冷奴がおいしくいただける。この酒はこれからの季節、おでんなどの鍋物にも合いそうである。

 前の晩は精神科救急当直だったし、日中も急な入院受けがあって、緊張する場面が続いた。いろいろ書類も作成して帰宅しほっと一息ついたのだった。神経質も一休み、一休みである。

 

2022年10月23日 (日)

神経質礼賛 2038.食品高騰

 今年に入ってから食品の値上げが続いてきた。この秋にはそれがさらに目立っている。スーパーの中を見回すと、値上げされたものばかりだ。惣菜パックや弁当は30円~50円ほど値上げされている。時々買っている蕎麦・うどんの乾麺は、一見値段据え置きでも今まで一束100gだったものが70~80gに減っていて実質値上げである。ロシアによるウクライナ侵略戦争のため小麦価格や飼料価格が高騰し、小麦粉や肉の価格が上昇していることもある。それに加えて食用油の高騰は外食産業に打撃を与えている。王将餃子が今年二度目の値上げに踏み切ったというニュースもあった。他の外食チェーンでも続々追加値上げしている。

 円安で1ドル150円となり、輸入食材が高騰。今後さらに円安が進んでいくことは間違いない。何しろ、アメリカをはじめ世界の多くの国々が物価上昇対策として金利を上げている最中、日本だけは長年続けたゼロ金利・マイナス金利政策を墨守しているからだ。一時的に為替介入をしたところで焼け石に水である。そして、それはムダ金を遣って自分の首を絞めるようなものである。日銀が金利を上げられないのにはワケがある。そもそもゼロ金利・マイナス金利は資本主義の大原則に反している。ごく一時的な景気対策ならばまだわかるが、それを延々と続けて国債を膨れ上がらせた。ここで金利が上がったら、償還どころか利払いもおぼつかなくなり、日本倒産になってしまうからである。今までの「アベノミクス」のツケが全国民に重くのしかかってきている。いくらでも国債を発行すれば平気という今までのやり方は、イソップ寓話に出てくるどんどん腹を膨らませて失敗する蛙そのものである。

  いくら物価が上がっても食べないで生きていくことはできない。我々としては、神経質を発揮して食品ロスを減らし、無駄な買い物を減らす努力をしていくとしよう。「物の性(しょう)を尽くす」エコ生活を心がけたい。庭のある人は、野菜や実のなる木を植えて少しでも自給自足する工夫もあるだろう。

 

2022年10月20日 (木)

神経質礼賛 2037.ヌスビトハギ大発生

 妻の実家は無人になって3年以上経っている。義父が体調を悪くして我が家に1年余り同居した後に施設に入居して2年になる。まだ電気・水道は使える状態で残している。妻が時々出入して荷物を整理したりしていたが、車で片道40分位かかるので、だんだんに足が遠のいてしまっていた。草取りまではとても手が回らない。いつも年末には植木屋さんに頼んで庭木の手入れをしてもらっていた。
 この前の日曜日、私も一緒に行って片づけをしたのだが、庭が大変なことになっていた。まず、門から玄関に至る北側の庭に「ひっつき虫」(1182話)の一種ヌスビトハギが大増殖していた。私の頭より高く伸びているものもあって、外来種のアレチヌスビトハギなのかもしれない。丈夫で引き抜きにくく、種が飛び散りやすいから始末が悪い。枝切りハサミで切ってから処理していった方が良さそうである。小さな半月状の形をした種が衣服や靴にしっかりとひっついて取るのに一苦労である。軍手にはびっしりくっついてしまっている。妻は髪にもひっつかれて困っている。悪戦苦闘して1時間近くかかってしまう。それから家に入って、目的の片づけをして、南側の庭を見てビックリ。一面ヌスビトハギで埋め尽くされていたのだ。ダメだこりゃ。もう完全にお手上げである。昨年末に植木屋さんにお願いした時、例年なら1日でできる作業が2日かかってしまったと聞いていたが、原因はこれだったのだ。ヌスビトハギ恐るべし。

 やはり早めに手を打って、夏のうちに草取りをしておかないといけない。種ができてしまってからでは手遅れである。何でもそうであるが、「とりあえず先送り」は仕方ないにせよ、思い出したら少しずつ手を出していくことである。帰りに日切り地蔵さんに寄ってお参りして行く。早く家が売れますように。

 

2022年10月16日 (日)

神経質礼賛 2036.マイナンバーカード義務化

 実は私はまだマイナンバーカードを作っていない。番号が記載された緑色の通知カードで用が足りているし、メリットを感じないからだ。今年の9月までに作って、健康保険証や銀行口座と紐づけるとマイナポイントをもらえるという通知が送られてきたが放置していた。手続き済みの人は累計でまだ6割程度らしく、マイナポイントの制度は今年の12月まで延長になっている。3日前のニュースで2年後の秋には現在の保険証はなくなってマイナンバーカードに一本化されるという話だ。事実上の義務化である。そうなってくるともう作らざるを得ない。

 すでにマイナンバーカードが普及している隣のK国では情報漏洩が問題になっている。日本では情報漏洩の心配はないと盛んに宣伝しているけれども、トラブルは必ず起こりうる。それに、すべてがマイナンバーカード処理になって、システムダウンが起きたらどう対処するのか。現に某メガバンクではシステムダウンを繰り返しているではないか。災害などで停電発生時にはどうするのだろう。一昨日、外来の患者さんから「ここではいつから保険証がマイナンバーカードになるんですか?」と聞かれたが、「まだ準備中です」としか答えようがなかった。医療機関側の準備も追い付いていないのが現状だ。

 最大の問題点は、高齢者や体の不自由な方々が、マイナンバーカードを取得し、管理していくのは困難な点だと思う。郵送で作成手続き自体はできても、役所の窓口に本人証明できるものを持って受取りに行かなくてはならない。施設入所中、あるいは長期入院中の人にそれを強制しても無理である。また、作ったらそれで終わりではない。有効期限10年だから、新しい写真でまた更新しなくてはならないのだ。電子証明書関係については5年で更新が必要になる。そして何種類ものパスワードを用意して管理しなくてはならない。パスワードがわからなくなる人が続出すると思われる。IT関連業界は利益を上げるのだろうけれど、立場の弱い人への配慮が欠如した、独りよがりの制度だ。ポイントという餌を撒けば食らいついてくるだろうとあなどられているのも腹立たしい。「とかくこの世は住みにくい」と漱石の言葉を思い浮かべながらも、神経質としてはデジタル社会を何とか生き抜いていくとしよう。

 

2022年10月13日 (木)

神経質礼賛 2035.トナラー増加中?

 空いている電車の中でいくらでも席があるのになぜかピッタリ自分の隣に座ってくる人、ガラガラの駐車場に車を置いたら後から来てすぐ横に駐車してくる人はトナラーと呼ばれている(1733話)。そんな記事を書いてから2年半経過した。新型コロナ感染対策で「密は避ける」という習慣が定着したはずなのだが、先日、新幹線の二人席の窓側に座っていたら、3人席がいくらでも空いているのに、すぐ横に座ってくる人がいて驚いた。いつもはわざと荷物を置いて座られないようにしている(混んでくれば膝の上に乗せるが)のだが、つい油断した。どうも気持ちが悪い。突然、刃物で刺されるとか灯油を振りかけられて火をつけられるとかしないかと妄想が湧いてくる。通路側の席を塞がれてしまうと何かあった時にすぐ逃げ出せないではないか。現実、そういう事件も起きているので、やはり見知らぬ人との距離はある程度は確保したい。特に対人恐怖の心性を持つ神経質にとってトナラーはありがたくない存在である。

 昨日、AERAのネット記事にトナラーを扱ったものがあった。普通の人はパーソナルスペース(自分のテリトリー)を保ちたいと思うものだが、10人に1人くらいはそういう感覚のない人がいるのだそうだ。また、いつも決まった場所を確保したいという習慣の人もいるという。そして、コロナでリモートワークの機会が増えて、人が横にいると安心するという人も増えているらしい。となると、「密は避ける」の反動で「密を求める」人が増えてトナラーが増殖しているのだろうか。当面は「荷物でブロック」作戦を忘れずに続けていくこととしよう。

2022年10月 9日 (日)

神経質礼賛 2034.うへて見よ 花のそたゝぬ 里もなし

 現在、出光美術館は日時予約制になっている。前話に書いた「仙厓のすべて」を見にいくのに、往復のコロナ感染リスクを考えて、高速バスで移動し、東京駅から美術館まで歩くプランを考えた。バスが渋滞で遅れることも計算に入れて、午後1時半~2時の枠でネット予約を取った。JRの高速バスに乗るのはほぼ30年ぶりである。本数はずいぶん減ってしまっていたし、駅の営業所も朝は閉まっていて乗車券が買えなかった。9:20発のバスに乗る。バスは空いていた。案の定、30分以上遅れて東京駅に到着し、日本橋口で降ろされる。まずは八重洲口の高速バス乗場で帰りの乗車券を買ってから、歩いて美術館へ向かう。あいにくの雨に冬のような寒さである。1時半ぴったりに美術館に着いた。プリントアウトしたQRコードを係員に見せて入館。皆さんスマホ画面を見せて入館しているのに比べると無様だけれどもこれでよい。

 TV番組「ぶらぶら美術館」で予習していたので、効率よく見ていくことができた。今回は仙厓の代表的な画が90点あまり展示されていた。今までの企画展で見せてもらった名品たちとも再会する。仙厓は高齢になっても人から頼まれると書画を描いていた。あまりにも要望が多いので絶筆宣言の石碑を立てるが、それでも頼まれると断らなかった。その石碑をさらに描いているのも面白い。番組で紹介されていた仙厓最後のメッセージ・・・1837年に88歳で亡くなる直前に描かれた牡丹画賛をじっくり見た。牡丹の花の画に「うへて見よ 花のそたゝぬ 里もなし 心ろからこそ 身は畢(つく)しけれ」という文が添えられている。神経質人間は、いいアイデアが浮かんでも「どうせダメだろう」と考えてなかなか実際の行動に移さない。仙厓は「とにかくやってごらんよ。工夫と努力次第で何とかなるよ」と背中を押しているのだ。おそらく出光佐三もこの画に励まされて行動していたのだろう。森田先生の言葉に「自然に服従し境遇に従順なれ」(828話)があり、「置かれた場所で咲きなさい」という渡辺和子さんの言葉もあるが、仙厓のこの言葉はさらに積極的である。もう一つ印象に残ったのが双鶴画賛に書かれた「鶴ハ千年 亀ハ萬年 我ハ天年」という言葉だ。人間誰しも長生きしたいと思うものだが、天から与えられた命を全うして生き尽くせばよいのだ、そう読める。仙厓も森田正馬先生も「死にたくない、死にたくない」と言って死んでいった。それは少しでも人の役に立ちたい、という気持ちから出たもので、ただ長生きすればいいということではない。いいものを見せてもらった。

 展示室を後にすると目の前には皇居のパノラマが広がる。残念なことに、大勢座れたソファは感染防止のため座れるのは4席だけになり、無料の給茶機も止められていた。それでも緑豊かな絶景を眺められるのはうれしい。今回はどこにも立ち寄らずにこの展示を見るためだけに一日かけたがとても価値がある一日だったと思っている。

 

2022年10月 6日 (木)

神経質礼賛 2033.仙厓のすべて

 ここ3年間、県外の美術館には全く行っていない。県外に出たのはわずかに精神保健指定医の講習会だけである。現在、東京の出光美術館は「仙厓のすべて All About SENGAI」という企画展を開いている。初公開の画もあるそうだ。これは是非とも見に行かなくては、と思っていたら、10月4日のBS日テレ「ぶらぶら美術館」で放送してくれた。

 仙厓(90・238・1033・1556話)と言えばヘタウマのユーモア溢れる禅画で知られている。元は狩野派絵師顔負けの作品も描いていた。しかし、この絵は素晴らしいけれど、あなたは雪舟(のように単なる画家)になってしまいますよ、と有名な絵師に言われて、禅の世界を伝えることを目的とした作風に変えたのだそうだ。

 座禅蛙の画には「座禅して人が佛になるならハ」と書かれている。座禅もただぼんやり座っているだけでは役に立たない。座っているだけなら蛙は生まれながら座っているのだからとっくに仏になっているはずだ、と皮肉っている。以前にも書いた「〇△□」の画は英語ではUniverseという題名が付けられていて有名であるが、何を表しているのか諸説あって面白い。仏教の三つの宗派(例えば禅宗、真言宗、天台宗)を表しているという説もある。実際には左から□△〇の順に描かれていて、墨の濃さは左から右に行くにつれて濃くなっていて、これもいろいろな意味が考えられる。仙厓自身、自分はまだ△・・・修行中であり、〇・・・悟りには至っていないということを手紙に書いているそうだ。指月布袋画賛は見ている者をほっこり和ませてくれるが、月を指さす布袋さんの画には月が描かれていない。その描かれていない月は悟りの世界、それを指し示す布袋さんの指は経典を表している。そして、経典だけ読んでいても悟りは見えてこないことを暗示しているのだそうだ。

 海賊とあだ名された出光の創業者・出光佐三は大胆不敵な人物と思われているが、実は神経質な性格に悩んでいて(689話)、仙厓の画を見ては励まされていたという。仙厓の作品のうち約3分の2にあたる約1000点は出光美術館が所蔵している。残念なことに常設展示はなく、1~2年に1回ある企画展で公開されるだけである。これらの画に会いに行こう。

 

2022年10月 2日 (日)

神経質礼賛 2032.光回線への切替

 かれこれ15年ほど家のインターネットは月額税込で2800円ほどの安上がりなADSLを利用してきた。電話局からの距離が離れていて高周波が減弱するため通信速度は実測値で3Mbps程度といったところだった。今まで光回線への切替を勧めるキャンペーンのセールスが何度もあったけれども、特に不自由しているわけではないので断ってきた。しかし、今年に入って、県内の一部地域ではADSLの利用が終了となってきて、このままではまずい、という状況になってしまった。そのタイミングでセールスが来たので一番安上がりな30Mプランで即決である。

 回線業者と新しいプロバイダへの支払いはカード払いにする手続きをネットから行う。10日ほどして工事日の確認の電話が入る。予定日は1か月近く先だった。台風シーズンなので気になる。工事日当日は台風襲来の直前。雨が降ったりやんだりで風は少し強かったが、作業員2人がクレーン付きの車で来て、作業時間は実質40分ほどで済んだ。この日からネットは光回線になり、実測で24Mbps程度にアップした。しかし、従来のADSLのプロバイダを止めてしまうわけにはいかない。というのも、このブログが利用しているココログは従来のプロバイダのサービスだから解約するわけにはいかないのである。連絡して一番安いADSL1.5Mというプランに変更してもらい、形だけ会員を維持する。今まで使っていたADSLモデムはレンタルなので返さなければならない。最初に送られてきた時の箱は神経質らしく保管してあったので、スムーズに梱包することができた。それを宅急便の営業所に持ち込む。「手書きの伝票にしますか?それとも入力しますか?入力の方が少し安いですよ」と言われて、タッチパネル入力でやってみることにした。慣れていないので結構時間がかかった。宅急便もいずれは手書き伝票がなくなっていくのだろうか。まだやることはある。今週に電話機の回線も光に切替るため、その日に自分でコネクターの差し替えをしなくてはならない。長年利用してきた電電公社→NTTともお別れだ。一通り終わって問題がないことを確認したら、3か月間無料の設定サポートを利用しているので、忘れないうちに解約する必要がある。0120の電話でコールセンターに連絡するのだが、これも手間と時間がかかりそうだ。面倒だけれども一つ一つ片づけていくしかない。

 今回のことでアカウントとパスワードがまたまた増えた。さらに高齢になったらいずれ管理しきれなくなる心配がある。デジタル社会は本当に便利なのだろうか。逆のような気がしてならない。ともあれ、どんどんデジタル化・見えない化・流動化が進んでいく中を生き抜いていくしかないのである。

 

2022年10月 1日 (土)

神経質礼賛 2031.逆境を生きる

 9月30日・10月1日と二日続けて毎日新聞朝刊のくらしナビのページに「お金とわたし」と題して、お笑い芸人パトリック・ハーランさん(パックン)のインタビュー記事が載っていた。パックンは両親が離婚。彼を引き取った母親は一時無職で生活保護を受ける厳しい状況にあった。彼は穴の開いた靴を履き続け、周りの友達のように遊ぶことができず、10歳から新聞配達をしていたそうである。「お金がなくても絶対に死なない。なんとかするぞと知恵を働かせて生きてきた」と言う。それでも自分は恵まれている、めちゃくちゃラッキーだとも述べている。少数民族だったり、病気があったり、容貌に恵まれなかったりして、もっと大変な人がいる、という謙虚な気持ちを忘れないところがいい。彼のように厳しい境遇にいたら自暴自棄になり、周囲に八つ当たりしたくもなるとことである。奨学金などの援助を受けながらも、できる限り自分の力で道を切り開いてきたところに価値がある。

 逆境はその人にとって試金石である。自分だけが苦しい、自分ばかりがひどい目に遭っているという差別観(631・1312話)で見るか、誰もが苦しみながら生きているのだ、自分よりもっともっと大変な人は世界にはいくらでもいる、という平等観で見るか。そしてどう行動するかで先が左右される。逆境と向き合うことで人は精神的に成長する。そして、それを乗り越えた時には磨きがかかって輝く存在になっている。

 

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