神経質礼賛 2080.おいどん、星になる
漫画家の松本零士さんの訃報が伝えられた。享年85歳。松本さんは宇宙戦艦ヤマト、銀河鉄道999、キャプテンハーロックといった宇宙SFアニメで人気を博した。私にとっては中学・高校時代に読んだ「男おいどん」(82話)などの四畳半物が強く印象に残っていて、大学生の時に買ったコミック本はまだ書棚の片隅にある。主人公のおいどん・大山昇太は青雲の志を抱いて汽車で九州から上京して古い下宿屋で単身生活をしていた松本さんの分身でもある。短足・ガニ股・眼鏡のさえない風貌とともに貧乏が災いして女性たちには振られっぱなしである。それでも劣等感を持ちながらも失敗を繰り返しながらも「今に見ちょれ」と頑張り続けるおいどんの姿に共感を覚えた読者も少なくないだろう。私もその一人である。神経質ゆえ自己評価が低く、自分は人生の落伍者だと思い続けていた。その一方では生の欲望も強く、こんなもので終わってなるものか、とも思っていた。神経質の弱力性と強力性である。だから男おいどんにはスッカリのめり込んだ。少女漫画からスタートした松本さんだけあって、心のつかみどころが実にうまい。男おいどんは乙女チック漫画の男子版という評価もある。青年期は周囲の人々が自分よりも優れているように見えて劣等感にさいなまれやすいし自意識過剰になりやすい。自分の周囲の登場人物が美男美女ばかりというのもそうした心理を反映している。成功を収めて立派な家に住んでいる人からアルバイトを頼まれたおいどん君はいつものように失敗をやらかしてすごすごと帰っていくのだが、「お前はいいよ。まだ若くて」と言われて「?」と言葉も出ない。みじめでも貧乏でも若さは莫大な財産であることに気が付いていない。それを痛感するのは歳を取ってからである。
松本さんは上京して頑張ったが、なかなかヒット作が出なかった。少年マガジンの連載を任され、汚れたパンツの山やインキンタムシに悩まされる実生活をベースに「こんな漫画が売れるのか?」と思いながら開き直って描いた男おいどんが出世作となったという。アニメ化されることはなかったし、四畳半の世界は日本独自のものであるけれども、男おいどんに登場するキャラクターたちはのちの宇宙SFアニメにも登場してくる。松本さんは常々、「遠く時の輪の接する処でまた巡り会える」という言葉をSFアニメの登場人物に語らせ、自分自身そう言っていたそうだ。星になったおいどんは誰と会っているだろうか。
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