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2023年3月19日 (日)

神経質礼賛 2087.そんなもんなんですねえ

 マスク着用義務が緩和され、新幹線には大きなキャリーバックを携えた旅行客が増えてきた。旅行関連の折り込みチラシが増え、長らく運休していた高速バスの運転再開のチラシも入ってきた。少しずつコロナ前の日常に戻りつつあるのは喜ばしい。

 不安障害で通院中の方。ツアーの添乗の仕事をしていたが、コロナ禍で仕事がなくなっていた。その上、息子さんが海外勤務になり、当地のコロナ流行のため長いこと帰国ができず、ネットで連絡を取るだけになっていつも心配されていた。一昨日、外来受診された時は満面の笑顔で入って来られた。息子さんが国内勤務になり帰国するのに合わせて旅行に行ってきたとのことだ。1日2回くらい不安時頓服の抗不安薬を飲んでいて薬の残量をいつも気にしていたが、旅行に行っている間は一回も飲まなかったとのこと。飲むことをすっかり忘れていたそうである。「そんなもんなんですねえ」と仰る。その上、このところツアー添乗の仕事の依頼が舞い込み始めているとのことである。「そんなもんなんです」と私もそれに合わせて答える。次の診察予約は大分先にしておいた。
「神経質は病氣でなくて、こんな仕合せな事はありません」(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.386)という森田先生の言葉が頭に浮かぶ。

 

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コメント

 四分休符先生

 「神経質は病気では無い」私もそう思います。

 ですが、神経症は病気です。残念ですが。
神経質→通常生活が出来る
神経症→通常社会生活が出来ない

 ひどかったです。神経症仲間...そして私も。

 神経症という病気は私の『人生観』を変えました。生活そのものも。軽快にはなったものの、今でも症状が出る、初期不安に襲われる。

 それでもどん底の時よりずっと何でも出来る。社会生活に支障はあるけれど。
 よく言われます、よくやるね、と。でもどん底を知っている私には症状が出なければ何でも出来る。出来る範囲だったらなんでも。

 それゆえ、天国・極楽も地獄もこの世にあると、特定宗教を支持しない。

 日々思う、春の芽吹き・息吹に天国を思う。自然界を畏怖し、よろこびも感ずる。どん底は地獄ごときもの。一歩も家から出られなかった日々。これを病気と言わないでなんと言おうか。

 私は、多分神経質ではない。ごく普通の個性をもっている。が、神経症ではある。

 神経質はおそらく人生を変えないであろうけれど、神経症は人生を変える。
 どうしたって「こんなもの」とは考えられないのです。

 病気、とは思いたくないのですけれど...致し方ないです

yukimiya 様

 症状さえなければ何でもできるのに、と考えがち
なのが、神経質の特徴です。高良先生の言われた
「防衛単純化」の心理機制です。何でもできる/何
もできない、all or none、100点か0点かで考え
がちです。そこで、病的な部分を探し出して拡大視
することをやめ、健康的な部分を伸ばしていくのが
森田の考え方です。
 「人のすることに出来る出来ぬの別あることなし。
出来ぬといふはしたくなきがためなり」。症状の有無
は問題ではないのです。

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