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2023年3月23日 (木)

神経質礼賛 2088.願わくは花の下にて春死なん その如月の望月の頃

 3日前、母が逝った。去年の秋から、転倒による骨折や心不全のため救急車で入退院を繰り返し、今年に入って施設で発生したクラスターのためコロナ罹患。何とか持ちこたえたが、その後、誤嚥性肺炎を起こして危ない状態が続いていた。妻・弟と一緒に面会した際には、酸素マスクを着けてあまり言葉が出なくなっていたけれども「今度来る時に虎屋の羊羹を持って来るね」というと目を輝かせてにっこり笑ってくれた。施設での看取りをお願いしていたので、訪問診療の医師や看護師さんから毎日、電話で状況が報告されていた。一週間後、この前の日曜日に羊羹を持って行ったが、もはや声掛けには反応せず、目を閉じたまま浅い呼吸をするばかりだった。その日の夕刻、看護師さんから下顎呼吸になりました、との報が入り、いよいよだなと思った。次の20日午後に亡くなった。享年91歳。農家の生まれで、親からは「女に学問はいらない」と言われて男兄弟が大学に行かせてもらっているのに近所の商業高校に入れられて悔しい思いをした。夫が亡くなり、息子である私が会社員を辞めて医大に入りなおしたのを見て、短大の栄養学科に入学した。60歳で卒業してからは、栄養普及や精神障碍者のためのボランティア活動を続けていた。己の性を尽くし人の性を尽くし物の性を尽くす。まさに生き尽くしての大往生だったと思う。

 今、桜が咲き始めている。西行が「願わくは花の下にて春死なん その如月の望月の頃」と詠い、亡くなったのは、新暦で言うとちょうど今時分にあたる。亡くなる時は選べないけれども、母らしくいい時に逝ったと思う。昨日通夜で今日これから葬儀である。棺の中には食べることが叶わなかった虎屋の羊羹を入れて送ろう。

 

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コメント

 四分休符先生

 2087,2088 ブログをアップしている場合ではなかったのですね...

 母御をお見送りして 先生は... そう、西行ですね、願わくば春に、と願う

 私、67歳年代ではいろいろです。両親を送った人、親のいる人、逆縁になっている親がいる人。そう、我々年代でさえ命あやうい。

 私個人的な事を言えば、母93歳、今年94才になりますけれども、母が居ないという事態に耐えられないような気持ちでいます。それでも姉は逝ってしまった、私が母を送らねば、そういう気持ちでもいます。  この年齢になっても私は精神的、経済的に母を頼っているのです。なさけない、です。けんかしいしい母と過ごしています。

 親を送った人がとても偉くみえます。よくぞ耐え、乗り越えたと。

 多分、私が幼稚なのだと思いますけれども。

 母御は大好きな虎屋の羊羹を伴に旅立たれたのですね。孝行息子に送られて。

yukimiya 様

 コメントいただきありがとうございます。

 仰るようにブログなんか書いている場合じゃなかったのですが、葬儀の場での喪主挨拶を考えておいて下さい、と言われていて考えたことをそのまま書いたようなものです。

 yukimiya様こそ孝行娘だと思います。母上にはまだまだ長生きしていただきたいですね。

過去にお母さまの家を片したり、お世話しに出かけられた記事に、
微笑ましかったり、身につまされたりしながら拝読していました。
60歳で短大を卒業され、その学問への熱意には驚きと同時に敬服します。
桜の咲く美しい季節に、91歳の大往生は見事な人生だと思います。
そのすべてがお母様の人柄に相応しい最期だったと想像しています。
東京は肌寒い雨の週末ですが桜は満開になりました。
謹んでお母様のご冥福をお祈りいたします。

kazu 様

 長年にわたり当ブログをお読みいただきありがとうございます。また、お悔やみのお言葉をいただきありがとうございました。
 今日は冷たい雨が降っていますが、当地も桜はほぼ満開です。花の命は短いけれど、人の一生も長いようで短いものですね。精一杯、今を生きていかなくては、と改めて思います。

先生、ご無沙汰しております。
お母様が亡くなられたのですね。大変でした。

お母様は60歳で短大に入って栄養学を勉強されて、その知識を活かしてこられたということですが、感服いたします。先生とお母様は、ご性格が似ていらっしゃるような気がするのですが。先生がお医者さんになられたことは、きっととても喜ばれていたでしょうね。

お母様のご冥福をお祈りいたします。

夏子 様

 コメントいただきありがとうございます。

 私の母方は神経質が濃厚です。母方祖父は鈴木知準診療所が静岡駅近くにあった頃、家族に隠れて通院していたと聞きます。遺伝的素因が大きいという森田先生の学説には思わずうなずいてしまいます(笑)。

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