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2023年4月27日 (木)

神経質礼賛 2099.山内一豊の妻

 朝、掛川駅でバスに乗ると、まず掛川城のある北に向かって走り出す。そして、旧東海道と交差するところで左折して西に向かって行く。その角(北東側)に清水銀行の和風の建物がある。外壁には山内一豊(1545-1605)の妻が貯めていたお金十両で駿馬を買って夫に贈った場面がレリーフで描かれている。この馬は信長の目に留まり、賞賛され、一豊出世の足掛かりとなるのである。

 山内一豊の父親は織田家同士の戦いで討死する。やがて、父の仇であった信長に仕えることになる。妻の内助の功があまりにも有名になってしまっているが、一豊自身も金ヶ崎・姉川の戦いでは敵の矢が顔面を貫通した状態で敵将を討ち取る活躍を見せている。信長が本能寺の変で倒れた後は秀吉に仕え、やがて掛川城主となり、掛川発展の礎となった。秀吉が亡くなり、関ケ原の戦いの直前、上杉追討の陣を小山で張っていた家康の元に石田三成に挙兵の動きがあるとの情報が入る。その際、一豊は掛川城と兵糧を家康公に提供すると宣言。東海道沿いに領地を持つ他の大名たちもそれに続いたため、家康から高い信頼を得た。この功績で、のちに土佐24万石の大名に出世するのだった。

 神経質人間だと、倹約に努め、コツコツ貯蓄するのは得意とするが、将来のために思い切って使う、ということがなかなかできない。失敗を恐れていろいろ考えてしまうのである。そのため、大損することはないけれども、せっかくのチャンスを何度も逃すことになる。一豊夫妻のようにここぞという時には思い切ってやってみることも必要である。

 

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コメント

こちらの記事と関係ないことですみませんが、
フジコ・ヘミングのことを書かれたの何号でしたでしょうか。あとで読み返すかもしれない記事の番号はメモしているのですが、どうもし忘れたようです。

先日、フジコさんとオーケストラのコンサートへ行ってきました。演奏はもちろんですが、フジコさんを間近で見たいこともあって、最前列の席を奮発しました。「ラ・カンパネラ」、よかったです。オーケストラの「イタリア」(メンデルスゾーン)もとてもよかったです。

夏子 様

 306話「フジコ・ヘミングさん」、その次の307話が「神経質なラフマニノフ」、さらにその次の次309話が「ムソルグスキーとボロディン」と音楽関連記事が続いていますのでまた御覧下さい。
 最前列の特等席、全身で聴くことができてよかったですね。

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