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2023年6月29日 (木)

神経質礼賛 2120.日本平夢テラス

 この前の日曜日、1年ぶりに息子が奥さんを連れて帰ってきた。奥さんと会うのは2回目である。その御両親とはWeb面会しただけで実際に会ったことはない。どうやら結婚披露宴は開かないままになりそうだ。娘の方も全く同様であり、披露宴の予定はない。コロナで冠婚葬祭の習慣がすっかり変わってしまったものである。先日、お寺の和尚さんから電話があって、コロナのため3年間休止していた棚経を今年は再開するが、おたくの初盆はどうしますか、ということだったので、初盆は特に何もしません、お寺での合同供養に参列します、と答えた。存命中にできる限りのことはしたのだからそれでいいにしてもらおう。

 さて、昼食がてらどこに行こうか、ということになった。美術館や博物館など歴史文化には無関心な息子なので、景色の良い日本平へドライブということになった。息子の運転で私と妻は後席に座る。昔は子供たちを乗せて県内あちこちに行ったものだが隔世の感がある。駐車場で降り、広い遊歩道を登っていく。両脇には大輪のアジサイが咲き誇っていて見事である。少し歩くと頂上の日本平夢テラスに着く。3F展望フロアから展望回廊に出れば360度のパノラマが広がる。あいにくの曇天ながら富士山は雲の上に少し頭を出していた。標高300mの丘陵の上から駿河湾・静岡や清水の町並みを眺めるのは爽快である。2Fはラウンジになっていて喫茶コーナーがある。普通ならばあるコーヒーが見当たらない。緑茶系の飲料が多い。私は煎茶セット(1000円)を注文した。少し時間がかかります、ということだった。一煎目は茶碗に注がれていて、二煎目用の湯冷ましが用意されていた。葵紋の入った饅頭が1個付いている。白い茶碗には富士山が描かれていていい感じである。しかし、お茶を飲んでガッカリ。味も香りもまるで乏しい。第一、茶葉の量が少な過ぎる。これでは家で普段飲んでいるお茶の方が上である。神経質が足りないと言わざるを得ない。遠方からのお客さんも少なくないだろうから、さすがは静岡のお茶、また飲んでみたいという気にさせるものを出して欲しい。

 

2023年6月25日 (日)

神経質礼賛 2119.スモモと嫌疑恐怖

 勤務先の検査技師さんから自宅で獲れたというプラムを頂いた。薄い皮を指で剥いて食べてみる。適度な酸味と甘みがあって美味しい。特に赤紫色に熟れたものは甘みが強い。中央に種があるけれども、身の部分が比較的多くて食べやすい。どうやら皮もそのまま食べられるようだ。

 プラムはスモモとどう違うのかな、と気になる。それに、健康食品でおなじみのプルーンがあるけれどもどういう関係なのだろうか。調べてみると、どちらもスモモであり、中国原産のニホンスモモの交雑種がプラムと総称され、西洋原産がプルーンなのだそうだ。プルーンは青紫色で楕円形をしているという違いもある。スーパーにソルダムと書かれたものが並んでいるのを見かけるが、これはアメリカ産の二ホンスモモの品種だという。早口言葉に「スモモも桃ももものうち」というものがある。活舌の悪い私には言いにくい。面白い言葉だけれども、これは本当ではない。両者とも広い意味ではバラ科ではあるけれども、異なる範疇のものである。

  李下に冠を正さずという諺がある。李とはスモモのことである。冠を正すふりをしてスモモを盗もうとしていると誤解されないようにスモモの下では手を頭にやることを避けよ、ということである。これは神経質人間ならばいつも気を付けていることである。あらぬ疑いをかけられないように注意するのはよいことだけれども、心配しすぎて嫌疑恐怖になってしまう人も時々いる。これも強迫症状の一種である。最近はレジ袋や店の袋がもらえなくなっていて、万引きと誤解されないように「これ見よがし」に商品とレシートを一緒に持ち歩くことになる。

 

2023年6月22日 (木)

神経質礼賛 2118,狩猟免許用診断書

 一度外来受診した人から狩猟免許用診断書作成を求められたので書くことになった。ずいぶんいろいろな種類の診断書や意見書を書いているが狩猟免許用診断書は初めてである。あわてて調べる。かつては精神科医(精神保健指定医)でなければ書けなかったようだが、現在はかかりつけ医であれば内科医や外科医でも作成可能になっている。運転免許用に公安委員会に提出する診断書には決まった様式があるが、狩猟用には決まった様式がなく、診断書の作成例が公開されているだけである。要は欠格事由に当たらないことを証明するものである。

 最近、自衛隊の射撃練習場で自衛官候補生の少年が銃を発射して3人が死傷した事件があったばかりなので、ちょっと気になる。精神科医の間でもこの診断書は何か事件が起きた時に責任を負わされるのではないかということで書くのを渋る医師が少なくないそうである。この人の場合は、精神病、精神病質、てんかん、認知症、薬物依存などは否定されるので問題なさそうである。いろいろなことを心配しやすくて、慎重で仕事に時間がかかりがちなので、少々荒っぽい男性たちの職場では叱られやすいという話だ。初診の時の心理検査でも几帳面に〇をつけていてそれほど時間をかけずにこなしていた。こういう神経質な人ならば太鼓判を押せる。正直なところ、神経質が足りない人には猟銃を持ってほしくないものだ。

 

2023年6月18日 (日)

神経質礼賛 2117.何のために生きるのか

 外来の強迫神経症の患者さん。いつも予約の時間から1時間遅れて来院する。出がけに確認行為をしまくって時間がかかってしまうのだ。日記は1ページびっしり書いてあるが、2週間のうち4日分位しかなく、しかも受診日の朝にまとめ書きしている。これを打破するために、日記はたとえ5,6行でもよいからその日のうち、できなければ翌朝には書くように毎度繰り返して指導しているのだが、2年以上経っても改めようとしない。

 この人が最近言い出したのが「何のために生きているのかわからない」ということだ。そして、私に答えを求めてくる。こういうことは普通、中学・高校生位の時に大いに悩むことである。50歳過ぎて言うことでもなかろうにとも思う。そんなことを考えている暇があったら、もっと優先度が高い日常の仕事がある。「何のために生きるのか」に私は答えを持っていないし、答えを求めようとも思わない。ただ、今という時間を大切にして、やるべきことをやってよりよく生きていくのが森田療法のやり方ですよ、とだけ答えた。
 当ブログ初期の134話に「なぜ生きるのか」について書いたことがある。森田先生は種々の疑問に悩んでいるという28歳の教師からの手紙に次のように返事しておられる。そうした悩みはそれとして、今できることを積み重ねていくのが大切なのだと思う。

 「自分は何故に生存するか、如何に生きれば人生を最もよく完ふする事が出来るか」といふ事は、古今の詩人哲学者の考へ悩んだ事であり、小生も少年時から長い半生を苦しんだ事です。しかしそれは「自分は」といふ主観のみに閉ぢこもる時に、全く論理のたゝぬ矛盾に墜るといふ事に氣がつかない。之は実は不可能の努力であるといふ事は、自分の心で自分の心を見やうとする事で、自分の眼で自分の眼を見やうとすると同様です。
 禅では之を「一波を以て一波を消さんと欲す。千波萬波交々(こもごも)起る」といつて心の葛藤の益々激しくなる事にたとへてあります。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.582)

 

2023年6月15日 (木)

神経質礼賛 2116.逆川のユリ

 テレビのローカルニュースで掛川城の横を流れる逆川(さかがわ)沿いのユリが見頃になっていると知った。40品種3万株ものユリが植えられているという。そこで、昨日は仕事帰りに駅の手前で車から降ろしてもらって寄ってみた。逆川は蛇行していてたびたび水害をきたし堤が決壊したことから、欠川、やがて掛川の地名が生まれたとされている。周辺の川とは逆向きに流れるため逆川の名で呼ばれているそうである。この逆川沿い掛川城から掛川西高校のあたりは毎年3月中旬頃には早咲きの掛川桜が満開になり、城と桜の競演が楽しめる観光名所となっている。

  川にかかる松尾橋から川の両側を眺めると、色とりどりのユリが咲いている。川沿いの遊歩道に降りて少し東へ向かって歩いてみると、アジサイも一緒に咲いている所もあってなかなか綺麗である。道路に戻り、今度は西側に歩いていくと、道路脇に特に鮮やかな色のユリたちが咲き誇っている所を見つけて写真を撮る。近くに住んでいる人たちが手入れしてくれているのだろうなと思う。15分間のプチ旅行を終えて歩いて駅に向かう。何事もなかったかのように、いつもと同じ時刻の電車で帰るのが神経質らしい。

 

2023年6月11日 (日)

神経質礼賛 2115.ベートーヴェン交響曲第2番

 皆さんはベートーヴェン(1798話)の交響曲というとどの曲を思い浮かべるだろうか。やはり表題付きの曲がなじみ深いだろう。かつてはLPレコードでA面が第5番「運命」、B面が第6番「田園」というお買い得セットがよくあった。第9番「合唱付」は日本では年末には欠かせない曲になっている。第3番「英雄」も人気が高い。近年ではアニメやドラマの「のだめカンタービレ」の影響もあってか第7番の知名度がとても高くなり、FM番組の特集ではベートーヴェンの交響曲ベスト3に入ったりする。妻の父親は第4番が好みだが、そういう人はなかなかいないだろう。私にとって思い出深い曲は第2番である。

 4年間勤めた会社を辞めて浜松医大を受験して入学したのは27歳の時だった。通学には片道2時間半かかり、アルバイトもしていたから、サークル活動どころではなかったが、楽器経験者ということでオケに強く誘われて入部した。その年の定期演奏会のメインがベートーヴェンの交響曲第2番だった。入学して間もなく、難病のため5年間入院治療を受けていた父が敗血症で亡くなったこともあって、練習に出たのはたった3回か4回でいきなり6月の定期演奏会に臨んだのだった。

 昨夜、ネット上の楽譜図書館「ペトルッチ」でいい楽譜はないかと探していたら、その交響曲第2番第2楽章ラルゲットのヴァイオリン・ピアノ編曲楽譜を見つけた。これは楽しめそうだ。原曲は弦と木管が中心でゆったりとした後の「田園」を思わせるような牧歌的な美しい旋律に満ちている。

 ベートーヴェンがこの曲を作曲したのは30歳過ぎ。急速に難聴が進行し、絶望して「ハイリゲンシュタットの遺書」を書いた時期である。しかし、曲には若さと活力があふれていて、そうした苦境にあったことを全く感じさせない。音楽家にとっては致命的な聴覚喪失という厳しい現実にめげず、それからも歴史に残る名曲を数多く世に送り出していった。この曲は「死からの再生」と言えるかも知れない。

 

2023年6月 8日 (木)

神経質礼賛 2114.傘の横持ち

 週間天気予報を見るとほぼ毎日傘マークが入っている。いよいよ梅雨も本番に入ってきた。折り畳み傘ではなく長い傘の出番である。傘を持ち歩く時、私は縦に持ち、極力先端が振れないように気を付けている。濡れていなければ、中央部を縦に持って歩くこともある。以前にも書いたように、スキーのストックの如く後ろに大きく振り上げながら歩くとんでもない人がいる(1161話)。そこまでいかなくても先端が斜めに大きく振れていて横を歩く人に当たりそうになっているのを見かけることもある。そうならないように気を配っている。また、そういう危険人物からは離れるように心がけている。

 他にも危険な持ち方がある。侍の刀同様の横持ちである。特にカバンを持った手で一緒に持つと見た目はスマートなのかもしれないが、急に立ち止まったら後ろの人に先端が当たる恐れがある。もし後ろを歩いているのが子供だったら、顔面、特に眼に当たる危険性がある。上りエスカレーターでは後ろの大人の顔に当たることもありそうだ。そんなことになって人にケガでもさせたら大変なことになる。実際に子供の眼球に当たって失明した例があるということで、眼科医が注意を喚起している。傘の持ち方については大いに神経質になる必要があるだろう。

 

2023年6月 4日 (日)

神経質礼賛 2113.菖蒲?

 先月の終わり頃からあちこちに紫陽花(1035話)を見るようになった。街中でも鉢植えやプランター栽培ながら見事に花を付けているのを見かける。色や形は様々であり、つい、足を止めて見とれてしまう。梅雨の季節の到来を告げる花でもある。この時期の花で街中ではなかなか見ることができないのが菖蒲である。先日、静岡浅間神社に行った時、池のほとりに咲いていた。さて、これはショウブだろうか。それともアヤメだろうか。待てよ。ハナショウブ、カキツバタもあるが、どれだろうか。今までも違いを調べて、その時はわかったような気がするのだが、すぐに忘れてしまう。

 厄介なことに、漢字の「菖蒲」の読みはショウブであり、アヤメでもあるのだ。実にややこしい。植物分類はショウブ科とアヤメ科で異なっている。

 ショウブはショウブ科で、葉につやがあり香りが強い。端午の節句には菖蒲湯に入って邪気を払う風習があった。池沼などの湿地に群生。葉の基部は淡い紅色。黄緑色の楕円形の花が5月~7月に咲く。
 アヤメはアヤメ科で、花びらの根本に網目模様がある。葉脈は目立たず細長い。畑や草原など乾燥した地に5月上旬頃に咲く。
 ハナショウブはアヤメ科で、江戸時代に盛んに品種改良され栽培された。葛飾の堀切菖蒲園は有名で歌川広重の錦絵の題材にもなっている。花びらの根元に細長い黄色の模様がある。葉は表に1本裏に2本の葉脈がある。乾燥地や湿地に群生。花の色は紫だけでなくピンク・白・ブルーなどがある。5月中旬~6月下旬に咲く。
 カキツバタもアヤメ科で、湿地に群生。花びらの根元に白い模様があり、葉の幅は広い。5月中旬頃に花が咲く。

 ということだそうだが、離れて見たのでは分かりにくい。私が見たのはどうやらハナショウブらしい。ついショウブと呼んでしまうけれども、考えてみれば黄緑色のショウブの花は見たことがない。全く別物であることを知った。

 

2023年6月 3日 (土)

神経質礼賛 2112.帰宅困難(2)

 長距離通勤していると台風や大雨などのため電車が止まって帰宅困難(708話)となることがある。以前に三島の病院で勤務していた時も何度か間一髪のところで帰宅できたり、諦めて病院に泊まったりしたことがあった。昨日はまだ6月初めだというのに台風と前線の影響で線状降水帯が発生。午後から激しい風雨が続き避難勧告まで出て、午後4時の段階で病院職員にも帰宅指示が出た。浜松から通っている薬剤師さんと一緒にタクシーで掛川駅に向かったが、時すでに遅し。改札前のホワイトボードには在来線も新幹線も運転見合わせで再開の目途が立たないと書かれていた。それでも在来線の下りは5時15分頃に浜松行が一本出発。薬剤師さんはそれで帰れたようだ。スマホで降水予想を見ると、運転再開は絶望的だ。どっちみち土曜日は一日勤務なので、駅前のコンビニで食料を買い込み、タクシーで病院に戻る。籠城策である。

 病院で自分の部屋には古い布ソファがある。ダニがいそうで普段から座るのは避けている。そこに横になる。浜松医大に勤務していた頃、早朝に医局に行くと、大原健士郎教授がソファで寝ておられたなあと思い出す。自分もその頃の大原先生の年齢を超えてしまったか、と感慨深い。夜中に目が覚めると、やっぱりダニに刺されていた。あわてて軟膏を塗り、ソファには殺虫剤を噴射する。感慨も消散していく。

 

2023年6月 1日 (木)

神経質礼賛 2111.大河ドラマ館

 例年NHKの大河ドラマを見ることはない。時代考証が入っているとは言え、相当フィクションが入り、人物像も極端にデフォルメされ、人気役者(アイドル)に合わせた設定にしているのが面白くないからだ。今年は例外的に家康がテーマなので最初から見ている。「何だこれ?」というのが正直な感想である。のちの家康となる竹千代少年が一人でおままごとをしていて、それに後に妻となる瀬名が加わって二人で遊ぶ、いくら何でもこれはありえないだろう。桶狭間の戦いで今川義元が討たれたという情報が入り、家臣たちから「どうする、殿!」「どうする!」と迫られて「もう嫌じゃあ!」と一人遁走して場面は海岸にいきなりワープ。そこにまだ13歳位のはずののちの本多忠勝が言いがかりをつけるシーンもヒステリーの解離症状を表現したのだろうか。毎度ツッコミどころ満載ではあるけれども、従来のイメージと異なり、自分の弱さと向き合い、悩み続け、ビクビクハラハラのまま道を切り開いていく家康像は神経質ぶりが表現されていて評価できる。

 ドラマに合わせて静岡浅間神社の中に大河ドラマ館が1年間の期間限定で開かれているので見に行ってきた。この建物は元々市立の小さな郷土資料館で、地元の文化財の展示を時々見に行ったものである。2階へ上がるとドラマ初期のストーリー紹介、登場人物の衣装の展示があった。このあたりはドラマの進行に合わせて展示替えしていくのだろう。着物の色にイメージを重ねるのが最近の大河ドラマの傾向らしい。今川義元は濃紺、家康は水色、信長は黒、武田信玄は赤というテーマ色で統一している。浅間神社の宝物の展示が少しあって、家康が戦の際に身に着けた瓢箪「勝瓢(かちふくべ)」を見た。1階に降りると15分ほどのビデオ上映をしていて、出口の近くには家康・瀬名・今川義元の等身大パネルが立っていて、記念撮影できるようになっていた。まあ、わざわざ見に来なくてもJRの駅に置かれている「どうする家康」の無料パンフレットをもらってくれば役者の写真も入っていてそれで充分な気もする。現在、東京の三井記念美術館では「どうする家康」の展覧会を開催していて関連の文化財を見ることができる。秋には静岡市立美術館に移動してくるので楽しみにしている。

 

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