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2023年7月30日 (日)

神経質礼賛 2130.水やり当番

 今年度は町内会の組長になっている。3年間休止していた夏祭が再開されて、その準備で集まりが土曜日によくあって、私は土曜日が仕事なので妻が代わりに出てくれている。もう一つ、仕事があった。7月から9月までの暑い時期、道路の中央分離帯緑地の花壇エリアの水やりである。一週間交代で各組の組長が1日1~2回水やりするのである。これは私の仕事である。 

   今回の当番は昨日から始まった。普段5時起きなのを4時半起きにして5時前に家を出た。1カ月前に比べると同じ時間でも少し暗くなったなあと感じる。場所は家から徒歩3分位の所にある。片側2車線の大通りの真ん中に「つつじ通り」という看板が立つ緑地帯がある。早朝で車の通りは少ないが、猛スピードで飛ばしてくる車もあるので気を付けなくては。隣の組長からバトンタッチされた水道栓の金具を持って行き、栓を開け、ホースで放水する。花壇に十分に水を撒いた後は、周りの木々にも少し水をかけておく。30分弱で家に帰り、朝早くに一仕事を終えた気分である。ここから普段の生活が始まる。今朝は仕事が休みなので、ゆったりと5時半に出かけた。この1週間が済んだら、9月にももう一度当番が回って来る。それ以外にも日曜日にはこの緑地帯の掃除当番がある。やる前は面倒だな、と思っても、夢中になってやっていると、「ものそのものになる」のである。自分が健康的になっているのに気付く。病院の森田療法で水撒きやゴミ拾い作業をしていた患者さんたちの姿を思い浮かべる。

 

2023年7月27日 (木)

神経質礼賛 2129.胸アツ戦国武将

 今まで見たことがないテレビ朝日の「博士ちゃん」という番組を妻が録画してあって、昨日は夕食を食べながら見た。平均年齢12歳の子供博士14人が選ぶ胸アツ戦国武将ベスト20というテーマだった。小中学生とはいえ、普段から山のような歴史書を読んでいて、知識豊富なのには舌を巻く。私も歴史大好きだったから、子供の頃は学校の図書館で歴史書を借りて読むだけでは物足りず、家にあった平凡社の百科事典で人物を調べまくった覚えがある。今回選ばれた武将たちは次の通りだ。
① 立花宗茂  ② 大谷吉継  ③ 真田幸村  ④ 島津義弘  ⑤竹中半兵衛
⑥ 鳥居強右衛門 ⑦ 伊達政宗 ⑧ 成田長親  ⑨ 上杉謙信  ⑩ 細川忠興
⑪ 石田三成  ⑫ 清水宗治  ⑬ 直江兼続  ⑭ 加藤清正  ⑮ 山内一豊
⑯ 蒲生氏郷  ⑰ 井伊直虎  ⑱ 織田信長  ⑲ 武田信玄  ⑳ 小田氏治

 何と、豊臣秀吉も徳川家康も入っていない。①立花宗茂は関東地方ではあまり知られていないかと思う。秀吉からは「西国無双」と評された義の名将である。⑥は長篠城の城兵で徳川に援軍を求める伝令役を引き受け、武田側に捕らえられて磔死。⑧成田長親は忍(おし)城城代で映画「のぼうの城」で名が知られるようになった。⑫清水宗治は備中高松城主。秀吉の水攻めに苦しむが、城兵の命を助けてもらう代わりに、秀吉たちの見ている中、小舟の上で辞世の句を詠み切腹して最期を遂げている。⑯蒲生氏郷は武勇に優れ教養も高く信長や秀吉から信頼された人物だが若くして病死している。⑳小田氏治は知らない方が圧倒的に多いと思う。常陸の武将で戦国最弱との呼び声が高い。居城の小田城は何度も落城。しかし、家臣や領民たちが力を合わせて取り返すことを繰り返し、常陸の不死鳥との声もある。今回のランキングは一般の大人たちの選択と異なって面白かった。

 知識欲は「生の欲望」の重要な一つである。もはや本を読んでもなかなか頭に入って行かない一老人となってしまったが、それでも興味を持ったことは調べて知識を得ていこうと思う。

 

2023年7月23日 (日)

神経質礼賛 2128.新幹線の車内チャイム音

 いつも通勤で乗っている電車は、車窓の景色を見ていて、そろそろ降りる頃だなと思って席を立ち、ドアに向かう。行列に並んで降りるのは好まず、一番先に降りたいからだ。すると、しばらくして車内チャイムが鳴ってアナウンスが流れる。ところが、一昨日、いつものようにドアの所で聞こえて来た車内チャイム音は馴染みのないもので、おや、どうしたのかなと思った。帰りの電車も同じだった。後でニュースを見て、新幹線の車内チャイム音が20年ぶりに変更されたと知った。従来はJR東海ではTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」という曲が使われていたそうだ。2003年の新幹線品川駅開業に合わせての変更だった。一方JR西日本では「いい日旅立ち」だったというが乗る機会がめったになくて、たまに学会で山陽新幹線に乗った時に聞いただけである。それが、一昨日からUAの「会いにいこう」という曲になった。特に抵抗は感じないが、長年聞いていたチャイムが懐かしく思われる。

 さて、その前はどんなチャイム音だったのだろうか。新幹線開業当時は在来線と同じ「鉄道唱歌」だったそうで、おぼろげに記憶がある。1972年に山陽新幹線岡山駅開業に合わせて黛敏郎作曲のチャイム音に代わったが、このチャイム音は「暗い、怖い」とさんざんな悪評だったそうだ。You Tubeで初めて聞いてみたが、これはありえないよな、何でこんな曲を使ったんだろう、というのが正直な感想である。その後は穏やかな旋律のチャイム音に切り替えられた。旅行だけでなく通勤・通学に利用する人たちにとっても気持ちが和らぐチャイム音であってほしいものだ。

 

2023年7月20日 (木)

神経質礼賛 2127.キョウチクトウ(夾竹桃)

 家の近くの公園の横を歩いているとピンク色の鮮やかな花がたくさん咲いている木を見かける。公園をざっと見渡すとその木は6本ほどある。何だろうと思って、スマホのカメラでグーグル検索にかけるとキョウチクトウだとわかった。

 キョウチクトウ(夾竹桃)はインド原産で江戸時代に中国から日本に入ってきた。葉が竹に似て細く花が桃に似ているということから中国でそう呼ばれたらしい。暑さに強く、大気汚染にも強いため、街路樹として用いられる。広島では原爆投下後に最初に咲いた花ということで復興のシンボルとされ、市の花に選ばれている。他にも鹿児島市などで市の花とされている。

 しかしながら、このキョウチクトウは花、実、葉、枝、根すべて強い毒を持っている。生木を燃した煙にも毒が含まれ、周囲の土壌にも毒があるという。西南戦争の際に官軍の兵士たちが枝を折って箸代わりに使って中毒を起こしているし、海外では串焼きの串に使って中毒死した例もあるというから恐ろしい。現代でも小学校に植えられたキョウチクトウの葉を食べた子供が中毒になったという事件がある。ホームぺージでその毒性に注意を喚起している自治体もある。

 綺麗な花には棘どころか毒があるということなのだろう。キョウチクトウの花言葉は「危険な愛」「油断大敵」だそうである。神経質の皆様は大丈夫だと思われるが、間違っても赤いバラの代わりに口にくわえないことである。

 

2023年7月16日 (日)

神経質礼賛 2126.アリナミンとビタメジン

 朝起きるとセミたちの大合唱が始まっている。もう梅雨は明けてしまったのだろうか。セミは元気でも人間はバテバテである。外来の患者さんたちは口々に「体んエラい」と疲労感や倦怠感を訴える。こちらも同じである。

 私は若い頃から特に目が疲れやすく、肩もひどく凝りやすかった。それで、学生の頃は薬局でアリナミンを買って飲んでいた。アリナミンの主成分はビタミンB1(チアミン)で糖の代謝に重要な働きをし、欠乏すると脚気をきたす。高価なものは25㎎とか50㎎だが、1日の必要量は1~2mg程度であり、薬で多く摂っても尿中に排泄されてしまうから、安価な5㎎錠を買って1日1錠だけ飲んでいた。医師になってからは三共のビタメジンカプセルを同僚の先生に処方してもらっていた。これもビタミンB1が主成分で25㎎含んでおり、アミノ酸代謝に必要なビタミンB6や神経修復作用のあるビタミンB12も含んでいる。長年利用しているうちにメーカーは三共→第一三共→アルフレッサファーマと推移していった。現在の病院に移ってからはビタメジンが採用されていないため、類似成分のノイロビタンに変更した。

 ところが、今年になって種々の薬に出荷停止や在庫切れの問題が起きている中、ビタメジンやノイロビタンなどの医療用ビタミンB製剤も同様に入手できなくなっている。普段の食事で必要量は摂れているはずで、実はプラセボ程度にしか効いていないかもしれないけれども、神経質ゆえ長年飲んでいたものを飲まなくなったら目の疲れや肩こりがさらにひどくなるのではと心配してしまう。ドラッグストアに行った時、念のためビタミンB系の薬を探してみるとしよう。

 

2023年7月13日 (木)

神経質礼賛 2125.どうする?初盆

 先月、お寺からコロナで休止していた棚経を再開するけれどもどうするかを問う手紙があり、無人の家に来ていただくわけにもいかないのでお寺の合同供養に参列します、と同封のハガキで回答しておいた。すると、宅急便メールで「資料」と書かれたものが送り付けられてきた。初盆の飾りつけ、御盆行事の歴史について書かれたものだ。要はきっちり供養の行事をして棚経に呼んで下さいということなのだろうが、スルーである。生前、できるだけのことは精一杯やったのだから、故人となってからの儀式は簡略化したいところだ。一昨日の夜、叔母から電話があり、「初盆どうするの?うちは神道だからやらないけどね」と。叔母の夫はうちの母より1週間早く亡くなっているのだった。年長の従兄弟からも電話があり、「初盆はどうする?」である。旧家の十六代目だったか十八代目だったかの当主であるこの従兄弟からすれば当然のしきたりで、親類や知人で初盆の家を訪ねて回ることになるのだろうけれども、最早そういうご時世でもないだろう。昨日の最高気温は36℃。この暑い中、熱中症も懸念される。

 さて、お寺の合同供養に参列すると回答したものの、初めてのことで、どういう服装で行ったらいいかわからない。今朝になって慌てている。まさか法事の黒服に黒ネクタイでは暑さでノビてしまうだろう。平日とはいえ、お盆時で駐車場が一杯であることが予想され、バスで行くのが無難であり、バス停から歩くことも頭にいれておかねばならない。白ワイシャツに黒ズボンで勘弁してもらうとしよう。

 

2023年7月10日 (月)

神経質礼賛 2124.チューニングピッチ442Hz対策

 11月に出演予定の「アマチュア・アンサンブルの日」の発表会に向けて、ピアノ伴奏してくれる友人と月1回位のペースで練習している。気になるのは本番のピアノのチューニングピッチが442Hz(ヘルツ)という点だ。チューニングピッチは基準となるA(ラ)の音の高さで、バロックの時代は415Hz程度だったと言われる。それが1885年のウィーンの国際会議で435Hzと決められた。さらには1934年のロンドンの国際会議で440Hzとなった。時代とともにピッチが高くなってきている。ピッチが高い方が明るく華やかな印象を与える。特に弦楽器はピッチを上げた方が弦の張力が強くなり、よく鳴るようになる。日本国内でN響をはじめとするオーケストラでは442Hzが用いられるようになり、コンサートピアノは442Hzに調律されることが多くなっている。ヨーロッパのオーケストラではさらに高い444Hzを採用するところもあるという。私は長年440Hzで通してきたし、伴奏音源もすべて440Hzで揃えているし、友人の家のピアノも440Hzで調律されているから、ホールの練習室を借りて442Hzで調律されたピアノに合わせて弾くとどうも違和感が強くていけない。自分で弾いていて音がひどく上ずっている感じがして落ち着かないのだ。本番用と予備のヴァイオリンをそれぞれ442Hzと440Hzでチューニングして使い分けてみたが、ますます混乱してくる。どうやら策を弄してもダメなようである。それこそ、あるがまま。「境遇に柔順なれ」である。普段は440Hzのままで弾いて、442Hzで調律されたピアノと合わせる時だけそれに合わせるようにしてみることにしよう。

2023年7月 9日 (日)

神経質礼賛 2123.松平家忠日記

 近年、家康関連の研究で重要視されているのが松平家忠日記である。先週、盛本昌弘著『家康家臣の戦と日常 松平家忠日記をよむ』(角川ソフィア文庫)を買ってきて読み始めた。家康は松平家初代親氏から数えて九代目になる。三代目の信光の子孫から分家が始まっていて、十四松平とか十八松平と言われるように数多くの分家があった。分家同士で領地を争いあったり、協力して外敵と戦ったりもしていた。この日記を書いた家忠は、深溝(ふこうず・・・現在の愛知県幸田町)松平と呼ばれる家系の当主である。家康に仕え、関ヶ原の戦の直前に伏見城を守っていて石田三成の大軍に攻められて鳥居元忠らとともに壮絶な最期を遂げている。日記は子孫がずっと保存していて現在は駒澤大学図書館が保管しており、天正五年(1577年)から文禄三年(1594年)の記録が残っている。その日の出来事を簡潔に記録するとともに、伝聞については本文の下部や上部に書き加えてあり、区別できるという。天候が記録され、日食や月食についても書いてある。また、絵も描き入れてあり、将棋の棋譜まで描いてあったりする。そんなわけで、信憑性の高い資料として珍重されている。そして、当時の武士の日常生活についても知ることができる貴重な資料である。家臣たちが順繰りに泊まり込みで主君の支城の番をしているあたりは、つい病院の当直勤務を連想してしまう。前話の信康切腹が家康の意向だったという説はこの日記の記載を引用しているが、肝心のところの文字が判読不能になっていて、そこを推察した上での説である。また、家康の苦難の浜松時代を支えて跡継ぎの秀忠を産んだ西郷の局(於愛の方)が急死して、家忠が慌てて駿府に赴き、三日後の葬儀に参列した記録がある。同じあたりに家康の家臣が喧嘩で死亡した記載があって西郷の局もそれに巻き込まれて急死したのではないかと勘繰る説も出ていて、話題が尽きない。大河ドラマでは西郷の局は瀬名の後継ヒロインとなっているようで、その死をどう描くか注目している。  これだけの記録を長年にわたり続けた松平家忠はやはり神経質人間と言っていいように思う。日記にいろいろなことを書き込み、後世の研究者たちに貴重な情報を残した点では森田正馬先生の日記(1939話)も同様である。

2023年7月 6日 (木)

神経質礼賛 2122.瀬名と信康の最期

 大河ドラマ「どうする家康」も前半を終わり、前回は瀬名(築山殿)の最期・嫡男信康の切腹の悲劇が描かれていた。ドラマでは瀬名が平和な社会・経済的に助け合う社会を目指して武田や北条と手を組む活動をしていたのが武田への内通とされて、家康は瀬名と信康を何とか助けようとするがかなわず二人を処分せざるを得なかったとしている。いくら何でもこれはありえない話である。しかも武田の重臣の穴山梅雪(信君)が中国人医師に化けて築山殿に会いに来るというのは実現不可能である。以前にも家康主従が山中で暖を取っていたら、ふらりと普段着の武田信玄が現れて、食べ物を分けてくれるというようなシーンがあって、武田は「どこでもドア」を持っているのか、とツッコミをいれたくなってしまう。

 最近の研究では信長の命令で二人を処分したのではなく、家康自身の判断で処分が行われたという説が有力になっている。しかし、形の上では自分の判断かもしれないが、織田信長に忖度し、酒井忠次(1515話)に忖度し、妻子が武田へ内通していると疑われた以上もはやどうにもならないと断腸の思いでの決定だったと思う。酒井忠次には、信康の妻で信長の娘である五徳の侍女を側室に望み、五徳の信長への讒言を支持した疑惑もある。瀬名と信康は徳川家さらにはのちに誕生する徳川幕府の人柱となったのである。彼らの犠牲により、徳川殿は度を過ぎた律義者である、という印象を信長や秀吉の頭に強烈に焼き付け、秀吉には「息子を頼む」と言わしめたのである。

 それにしても、妻の処分を命じ、戦場での討死ならばともかく息子に切腹を命じた家康は相当な精神的ダメージを受けたはずである。ライフイベントによるストレス研究では、配偶者の死は最大のストレスとされている。それに息子の死、しかも自分の命令とあってはなおさらである。のちに息子の禄が少ないと訴えた酒井忠次に「お前も息子がかわいいか」と強烈な嫌味を言ったり、関ケ原の戦では「せがれ(信康)が生きておればこんなに苦労はしておるまい」とボヤいたりしている。人生最大の汚点として家康の心に一生残ったことであろう。

 

2023年7月 2日 (日)

神経質礼賛 2121.夏は来ぬ

 7月に入り、早いもので今年も半分が過ぎた。これで梅雨が明ければ本格的な夏になる。初夏の歌として頭に浮かぶのは「夏は来ぬ」である。昔の小学校の木造校舎から足踏みオルガンの音と子供たちの歌声が聞こえて来そうな気がする。文部省唱歌ではないけれども、作詞者は佐々木信綱で、爽やかな初夏の田園風景が描き出されている。作曲は小山作之助。たった8小節の曲ながら見事な出来である。

 以前勤務していた病院で、患者さんたちの音楽クラブを担当していて、四季折々の歌を歌っていた。歌詞を皆さんに配るのだが、どうしても意味がわからないところがあった。四番の歌詞「棟(あうち)ちる 川べの宿の 門(かど)遠く 水鶏(くいな)声して 夕月すずしき 夏は来ぬ」の棟って何だろうか。当時は調べてもわからず、ずっと疑問に思っていた。

 最近「偉人の年収」という番組で知の巨人・博物学者の南方熊楠(みなかた くまぐす)をテーマにしていた。アニメの中で熊楠の少年時代、弟に「あれが、棟の木だよ」と教える場面があった。あうちとは木の名前だった。5月中旬から6月中旬に薄紫の花をつけるセンダンという木の古名が棟(あふち)なのだそうだ。万葉集には山上憶良が散りゆく棟の花を見て亡くなった妻を想う歌を歌ったという。< 妹が見し 棟の花は 散りぬべし 我が泣く涙 いまだ干なくに >
 今年はもう時期が過ぎてしまったので、来年は実際に咲いている所を探してみたい。ところで南方熊楠は数々の奇行で有名である。夏は全裸で生活していたそうである。しかし、本当は人前で話すのが苦手であり、恐怖心を紛らわすためにビールを飲んでいたという話もある。また、刺身を食べなかったそうだが、寄生虫を恐れてとのことであり、熊楠先生も案外神経質だったのかも知れない。

 

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