神経質礼賛 2134.ハイサイおじさん
毎日新聞8月11日付朝刊の1面・23面に「ハイサイおじさんの悲劇」という記事が出ていた。喜納昌吉のハイサイおじさんという歌は琉球の言葉で酔っ払いのおじさんと少年との漫才のようなやり取りが続く。故・志村けんはその替歌の「変なおじさん」で人気を博したし、高校野球のブラスバンド応援で使われているから、耳にした方も多いだろう。とても明るいこの曲には悲劇が隠されていることを私は研修医の頃、沖縄・糸満の精神科病院に勤務していて知った。半年の短い期間ではあったけれども、沖縄の文化に触れ、沖縄民謡を覚えた(66話)。当時、戦後45年余り経っていたけれども、「ヤマトの医者は信用できん!」と言って琉球の言葉で罵る高齢患者さんもいて、まだ沖縄戦の傷跡が人々の心に残っていることを感じた。職場の飲み会で「ハイサイおじさん」をカラオケで歌ったら、アルコール依存病棟に勤務している男性看護師さんから、「その歌の本当の意味を知っていますか」と言われ、歌のモデルとなったおじさんの妻は凄惨な沖縄戦のショックから精神を病み、自分の娘を殺害してしまったという話を教えられた。今回の記事はまさにその話である。沖縄戦では住民たちが米軍に殺戮され、日本軍からは集団自決を強要され、最南端の糸満では追い詰められて高い崖から飛び降りたりして、12万人もの人々が命を失った。アメリカから日本に返還された後も広大な土地を米軍基地として占領され、米兵による犯罪が後を絶たないが日本の裁判にかけられないという現実がある。政治家たちも基地のない沖縄という理想から離れ、利権第一に傾いている。
現実は極めて厳しくても、沖縄の人々は音楽の力で生き抜いてきた。戦後のモノがない時でさえ、空缶で作った三線(サンシン)を奏でながら歌い続けてきた。今も若い世代の人たちが新たな沖縄曲を作ってメッセージを発信し続けている。沖縄の人々に敬意を表したい。
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