フォト
無料ブログはココログ

« 2024年5月 | トップページ | 2024年7月 »

2024年6月30日 (日)

神経質礼賛 2240.グミ

 スーパーの菓子売場を通ると色鮮やかなパッケージのグミが並んでいるのが目に映る。価格はどれも百円少々のお手頃価格。グミが占めている場所がだんだん広くなってきたなあとは思っていたが、現在はガムを凌ぐ売れ筋商品になっているのだそうだ。私が子供の頃はなかった菓子で元々はドイツ発祥。グミの名はゴムから来ているらしい。果汁などをゼラチンで固めたものである。日本製は1980年頃から出回るようになり、明治製菓の果汁グミが大ヒットして売り上げを伸ばしてきたという。私も昨年あたりから何となく気になって時々買うようになった。いろいろな果汁の味が楽しめてガムと違ってゴミが出ないし、パッケージのジップを締めて残りを保存できる手軽さがある。硬さは柔らかいものから歯ごたえのある硬いものまでいろいろで、形も粒状や帯状や立方体など様々で面白い。

 しかし、問題もありそうだ。ついダラダラ食べ続けてしまうと、長時間にわたり歯が糖分と酸に晒されてよろしくないだろう。それに一粒二粒つまむ程度では大したことはないが、全部食べたらそれなりにカロリーもある。また、硬めのグミだと、小さい子供が喉に詰まらせる心配もある。半年ほど前、いわゆる大麻グミによる違法薬物の健康被害が取り沙汰されたことがあったが、これなどは論外である。飲みにくい漢方薬とか敬遠されがちな薬をいろいろな味のグミ状にしてお菓子感覚で服用しやすくする工夫があってもよさそうなものである。

 

2024年6月27日 (木)

神経質礼賛 2239.自分は小胆なものと決める

 自分は人前で話す時に緊張して困ると悩んでいる人は少なくない。かつて森田先生のもとを受診した神経症の中では赤面恐怖(対人恐怖)が多かった。現代では精神科を受診しやすくなって相談に訪れる人もいるが、まだまだ人知れず悩んでいる人もいるだろうと思われる。人と一緒に食事をしなければならないとなると食事も喉を通らないという会食恐怖の人もいる。そこで、そうした苦手な場面を避けているとさらに敷居が高くなってますます恐怖感が強まってしまうのである。

   森田先生は形外会の場で、19歳の吃音恐怖が完治した患者さんの話をした後で、次のように話しておられる。
 ついでに一言、吃音恐怖はどうして治るかといえば、自分は吃るものであると決める事です。色の黒いものは黒いもの、知恵の回りの悪いものは悪いものと決める。赤面恐怖は、自分は小胆なもの、書痙は、自分は手の震えるものと決める事で治る。決して虚偽のからいばりをしないという事が最も大切です。我々の修養法として、これ以上の単純な方法はありません。
(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.516)

 神経質は発展向上欲が強いだけに、このままでは情けないと思い、一生懸命になって大胆な人間になろうと努力してしまいがちである。しかし、大胆になるための努力をしてもなかなかうまくいくものではない。掌に指で人の字を書いて飲み込むおまじないもそれほど効くとは思えない。私自身、大胆になろうと思い切って大口を叩いて失敗して、ますます人の目を気にするようになった苦い経験がある。まさに「虚偽のからいばり」だったと思う。そこで、自分は気が小さい・小胆であると決めて、ビクビク・ハラハラ・オドオドしながら周囲に気を配り、仕方なしに人前で話をし、会食もしていく。それが一番の近道なのである。

 

2024年6月23日 (日)

神経質礼賛 2238.時刻表から消えたもの

 今年の秋には5年ぶりに京都に行きたいな、(と言っても日帰りだが)と思って、本屋で久しぶりに新しい京都のガイドブックを買い、さらに発売になったばかりの7月号の時刻表を買った。交通新聞社のコンパス時刻表という小型版である。表紙には「青春18きっぷ発売開始」「夏の臨時列車掲載」と書かれている。以前はダイヤ改正の度に買い替えていたものだ。最近はネットの時刻表ばかり見ていたけれど、改めて紙の時刻表を見ると、これもいいものだと思う。路線図を眺めて他の名所に行くことを空想したりして旅心が湧いてくる。しかし、パラパラ見ても索引を見ても「いつものアレ」がない。どうしちゃったんだろうか? アレとは新幹線の料金表や在来線の営業キロに対する料金表などの「JR営業案内」のことだ。

 調べてみると、昨年2023年の5月号から地下鉄路線図・主要駅構内案内・JR営業案内はWeb掲載になったとのことだ。確かに目次のQRコードをスマホで読ませるとファイルがダウンロードできるけれども、これじゃあなあ・・・と思う。そういえば、国内旅客機の時刻表もなくなっている。似たような価格で年4回発行される「JTB小さな時刻表」ではどうなっているだろうか。この次に買う時には両者を比較してから買うようにしよう。

 在来線での話だが、目的地まで直接行かず、途中で降りて一旦改札を出てまた切符を買い直した方が安上がりになるケースが稀にある。東京近郊は私鉄との競合のため運賃を安くしているからだ。例えば静岡から新橋まで行くのに通しで買うと、東京駅までの180.2㎞で計算されてしまい180~200㎞の運賃となるが、戸塚駅で降りて切符を買い直すと戸塚駅~新橋は東京近郊料金となって合計は安くなる。また、東京まで新幹線で行って津田沼へ行く場合、「東京都区内」を意味する「区」マークのついた切符で小岩駅までは東京駅と同じ料金で乗れる。そこで改札を出て買い直すとこれまた合計が安くなる。乗り継ぎ清算ではダメであり、一度降りて買い直すので遅くはなるが、ちょっとした遊びで楽しめる。時刻表はいずれは消えていく運命かもしれないし、紙(磁気式)の切符もなくなって、すべてスマホで処理の時代になってしまうのだろうけれど、もうしばらくは残っていて欲しい。

 

2024年6月20日 (木)

神経質礼賛 2237.こじらせ

 先日、NHKの知恵泉という番組で紫式部(414・1760・2213・2214・2215話)をテーマにしていた。そして紫式部は今風の言葉で「こじらせ女子」だとして論じていた。「こじらせ〇〇」という言葉は近頃耳にする。こじらせる、とは物事をもつれさせて面倒な状態にしてしまう、問題を長引かせてしまうことを言う。そうなりやすい性格として、ネガティブ思考で自己評価が低い、それでいて理想が高いといったことを挙げている。これは神経質性格と重なるところ大である。さらに言えば紫式部は対人恐怖的な傾向のある人だと私は考えている。人とぶつかることを避け、「引く」人である。

 現在放送中の大河ドラマ「光る君へ」の主人公まひろはおよそ実際の紫式部とはかけ離れたパーソナリティの持ち主のように思う。思いつくとすぐに行動に移す、朝ドラの主人公によくあるパターンで、抜群の行動力で難局を突破するようなタイプである。男性に化けて和歌や手紙代作のバイトをするとか、窃盗団でもある猿楽一座と関わって危険な目にあうとか、「幼馴染」の道長と廃屋で夜のデートをするとか、失業中の父親の官職を頼みに時の権力者・藤原兼家の屋敷に単身で直談判に乗り込むとか、疫病流行時に施薬院に入り込んで看病を手伝い自分が感染してしまうとか、長徳の変の際には「親友」の清少納言とともに庶民の服装で木の枝を手にして顔を隠し定子の屋敷に潜入して検非違使による捜査の様子を探るとか、後先を考えないかなり無鉄砲な行動が目立つ。ADHD傾向の人と思えてしまう。中下流に落ちぶれているとは言え貴族の娘ではどれも絶対にありえないことである。話を面白くするためにいろいろなフィクションを入れ込むのはドラマだから構わないが、あまりにも実際とかけ離れた人物にしてしまっている気がする。その点、知恵泉では、ほぼ的確な人物評価をしてくれていたように思う。そして、こじらせ女子だからこそ深く考えを巡らせ、神経質を生かして壮大な源氏物語の世界を紡ぎ出すことができたのだと思う。

 

2024年6月16日 (日)

神経質礼賛 2236.クレマチスではなくマンデビラ

 今年もクレマチスが咲いた、と妻が喜んでいる。3年くらい前に、毎月異なる種類の鉢植えが送られてくるという企画商品を妻が注文した。毎度、大きな段ボール箱の後始末をするのは私の仕事だった。しかし、予想通り、どれも枯らしてしまい、翌年にも咲いたのはこの「クレマチス」だけだった。ベランダに置きっぱなし。ほとんど手入れはせず、たまに気が向いた時に水をやる程度のほぼ無管理状態である。にもかかわらず今年も鮮やかな赤い花をたくさん付けている。それにしても、赤いクレマチスなんてあったかなと疑問に思う。最初に送られてきた時には品種を書いたプレートが付いていて、説明書もあったはずだが、神経質な私と違ってそんなものはすぐに捨ててしまう人であるからもはや品種は不明である。

 私が育った実家にはテッセンがあって、青と白の花を付け、茶花や仏壇の花として使われていた。テッセンはクレマチスの原種でもある。花弁のように見えるガクはテッセンが6枚、クレマチスは8枚である。クレマチスも青や白の系統が多く、真っ赤なクレマチスは見かけない。しかもこれは花弁らしきものが5枚であり、明らかに種類が異なる。何だろう、と写真をGoogle検索にかけると「マンデビラ・サンデリ」がその答えだった。メキシコ~アルゼンチンの花でキョウチクトウ(2127話)の仲間だそうである。ということはこれにも毒があるのかな、と調べると、キョウチクトウほど強い毒ではないものの樹液には毒の成分があるから要注意ということである。暑さに強く水はけの良いところで良く育つのだそうで、我が家のベランダにはピッタリだったのだろう。

 

2024年6月13日 (木)

神経質礼賛 2235.熊蜂は飛ぶ

 問題のスズメバチの巣はハチが出入りしている様子はない。逆徳利型の傘のために中の様子を知ることができない。ついに作戦決行だ。窓を細く開けて手を伸ばし、家から持って来たハチアブ用の殺虫剤を約1mの至近距離から巣めがけて連続噴射する。入口が狭いので、奥まで薬剤が到達しているかどうかは疑問だが、白い傘の部分は薬剤でしっとり濡れて茶色く変色してきた。後は経過観察して、日を改めて再噴射するとしよう。

 私が見たことがある蜂はミツバチ・アシナガバチ・スズメバチくらいだが、音楽の世界では「熊蜂は飛ぶ(熊蜂の飛行)」という名曲がある。リムスキー・コルサコフ作曲のオペラ『サルタン皇帝』の間奏曲で、ハイフェッツによるヴァイオリン編曲版、ラフマニノフによるピアノ編曲版などがある。ヴァイオリンやチェロの速弾きの曲として知られているが、管楽器のアンコール曲として演奏されることもある。コバエや蚊のかすかな羽音にも敏感に反応してしまう神経質としては、もしも熊蜂が飛んで来たら逃げ惑うばかりだろう。オペラの中では海に流された主人公の王子様が熊蜂に変身して悪人たちをやっつけに都へ行くという話でハッピーエンドになっているらしい。激しい羽ばたきを感じさせる曲である。その大きさと熊蜂という名前からして獰猛で危険なハチという印象を受けるけれども、実際には穏やかな性格で刺激しなければ人を襲う事はほとんどないそうである。やはり注意すべきはスズメバチということになるだろう。

 

2024年6月 9日 (日)

神経質礼賛 2234.スズメバチの巣

 朝、7時過ぎに勤務先に着いて自分の部屋に入り、まず換気扇を回し窓のカーテンを開ける。外の景色はいつもと同じだが、昨日の朝はとんでもないことに気が付いた。窓の外すぐの所に庇から徳利を逆さにしたような白い物体がぶら下がっているのを発見。もしかすると蜂の巣かなと思う。以前、自宅のベランダにアシナガバチがシャワー型の巣を作っていて、自分で駆除した経験がある(221話)。その時とはまた違った形である。ウィキペディアで調べるとどうやらスズメバチの巣の初期段階のようである。スズメバチの女王バチは、冬眠から醒めると一匹で巣を作り始める。6月頃は逆さ徳利型の巣を作っている頃らしい。7月頃に働きバチが羽化して出入りするようになるとこの形が崩れていくという。今のところ、ハチが出入りして様子はなく、せっせと巣を作り産卵している最中なのだろうか。

 スズメバチは攻撃的であるし、強力な毒を持っていて危険である。その危険性はアシナガバチとは比べ物にならない。この巣がある下は病院隣の老人施設の出入口になっていて、介助者に手を引かれたり車椅子に乗ったりしたお年寄りたちがよく通る場所であるからハチに刺される被害が出ては大変である。もうしばらく様子を観察して、ハチアブ用の殺虫剤を使って自分で駆除するか、病院側に駆除を依頼するかどうか考えようと思っている。

 

2024年6月 6日 (木)

神経質礼賛 2233.ふりをするだけでよい

 仕事とはいえ、面倒だなあ、やりたくないなあ、ということはしばしばある。私の場合、仕事が次々と詰まっているから、嫌でも何でもやっつけなくてはならず、仕方なしにとにかく片付けている。「忙しいほど仕事がよくできる」(621・2089話)の通りである。しかし、もし十分に時間があったとしたら、あれこれ考えてちっとも進まないということになるだろうな、と思う。

   森田正馬先生は作業について「興味が起らず時間がくるのを待つに過ぎない」「熱のない仕事ぶり、他の人がやっているからやるというに過ぎぬ」と日記に書いた患者さんに対して「それでよし。当然のこと」「それで上等、これを従順という」とコメントを書かれた。そして、形外会の場で次のように述べておられる。

 仕事に熱がない。興味の起らない時には、ただ規則に示された通りに、他人の真似なり仕事のふりをしていてもよい。ただ規則に従っていさえすれば従順である。また腹はへらなくとも、イリ豆をちょいちょいつまんでいるうちに食欲がそそり出されるように、仕事でも素直に、いやいやながらやっているうちに、ツイツイ身が入って、興に乗ってくるようになる。この辺の気合を体得してもらわなければならない。(白揚社:森田正馬全集 第5巻p.396)

 気分は乗らなくても、仕事のふりをしていればよい、そうしているうちに気分は後からついてくるというものなのだ。心をいじろうとしてもうまくいかないが行動は変えられる。理屈はともかく、やってみることだ。外相整いて内相自ずから熟す(1873話)。健康人らしく振舞っていれば健康になれるのである。

 

2024年6月 2日 (日)

神経質礼賛 2232.オーディオの変遷

 作業所に通所している知的障害の男性。いつも外来診察には80歳位の父親がついてくる。楽しみはCDを聴くことだという。時々、父親に連れられて新しいCDを買いにいくのだが、父親が言うには「近頃CD屋さんがなくなってきて困っています」とのことである。確かにそうだなあ、と頷く。書店や楽器屋さんのCD売場はどんどん消えている。私もかつては秋葉原の石丸電気CD館で輸入クラシックCDを探すのを楽しみにしていたが、すでに2010年頃閉店している。デジタルオーディオが広がり、スマホで全部片付いてしまう世の中になってはCDも売れないだろう。音源はネットからダウンロードしてスマホに無線スピーカーを繋げば事足りてしまう世の中になっている。

 義父はオーディオマニアでかつては自宅の応接間は防音工事をしてレコードプレーヤーや真空菅アンプや大型スピーカーを買い揃えて、ベートーヴェンやマーラーの交響曲を大音量で聴くのを楽しみにしていた。ベッドサイドにはBOSEの小さなCDシステムを置いて使っていた。施設入所した際にオーディオ機器はすべて処分したが、このBOSEのCDシステムだけはそのまま施設に持ち込んだ。ところが、最近、不具合が出るようになって、何か替わりのものはないだろうかと相談された。家電量販店に行ってみると、オーディオのコーナーは縮小されて、以前たくさん並んでいたCDコンポは姿を消し、CDラジカセが申し訳程度に数台並んでいるだけになっていた。オーディオ不況のため生産中止が相次ぎ、国内オーディオ専業メーカーが倒産してしまっている。ネットで調べるとウッドスピーカー使用のJVC製の一体型CDシステムはまだ生産されているようなので、これを注文した。今度施設に行く時に届けようと思っている。レコード→FM録音したカセットテープ→CD→MD→ICメモリーと音源媒体は大きく変化したが、再生装置も随分変わったものだと思う。

 

2024年6月 1日 (土)

神経質礼賛 2231.紫陽花いろいろ

 梅雨の走りのような天気になってきた。街を歩いているとあちこちで紫陽花が目に留まる。街路樹として植えられている所があるし、公園の周囲に植えてある所もあるし、鉢植えでいろいろな種類の紫陽花を育てているお宅もある。今では品種が2000種とか3000種とか言われ、花の形がいろいろあって、さらに青、白、ピンク、赤紫、いろいろの色がある。土壌の酸性度が花の色に関係するらしく、酸性だと青、中性~アルカリ性だとピンクになるという。日本は酸性の土壌が多く、青色になりやすいそうである。鹿沼土・ピートモスを加えると酸性、赤玉土・腐葉土・苦土石灰を加えるとアルカリ性になるという。
 通勤の途中、歩道に植えられている一つ一つの花びら(と言っても本来はガクなのだが)が大きく丸くクルクルっとした紫陽花を見つけて写真を撮る。西洋アジサイの一種なのだろうか。何という種類なのだろうかと気になる。写真に撮ってGoogle検索にかけてみるが残念ながら銘柄はわからなかった。

 森田正馬先生が60歳の時、名古屋に行かれた時に作られた俳句に、
「あぢさいの 靑味深きが めだちけり」(森田正馬全集第7巻p.458)
というものがある。
 ピンクや赤紫の紫陽花は目立つけれども、梅雨のひんやりした空気の中、しとしと雨に打たれながら地味に咲いている青色のガクアジサイも風情があってよい。紫陽花の花言葉には「移り気」「浮気」「冷淡」「高慢」「自慢家」といったあまりよからぬものもあるが、「辛抱強い愛情」「元気な女性」というものがある。紫陽花は目を楽しませてくれる期間が長いのもありがたい。

 

« 2024年5月 | トップページ | 2024年7月 »

最近のトラックバック

2024年7月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31