神経質礼賛 2311.干柿と干芋
友人から旅行のお土産に干柿をもらった。一個ずつパックされ、袋には「富山干柿」と書かれ、エージレスが入っていて日持ちするようになっている。生で食べる柿は平たい形をしているが、干柿にする渋柿は尖った形をしている。公園などで鮮やかな赤色に染まった渋柿を見かける。鳥たちも渋くて食べられないことを知っているのだろう。乾燥させることで渋抜きができて甘くなって食べられるようになる。私が子供の頃は親類の家に行くと、軒下に干柿が吊るしてあるのを見かけたものだ。貴重な保存食、子供たちにとっては嬉しいおやつだった。干柿の表面は白い粉のようなものがびっしり付いている。一見、白いカビが全体に付いているようで、神経質としては食べるのをちょっと躊躇したくなる。しかし、これは柿の実の糖分が結晶化したもので、何ら問題ないらしい。
干柿と同様、乾燥させた保存食に干芋がある。干芋の表面の白い粉も同じであり、芋の糖分である。私の母は「芋切干」と呼んでいて大好物だった。よくスーパーで売っている茨城産のものを届けたが、やっぱり地物の方がいいと言われたものだ。干芋は何と静岡県が発祥の地だそうである。江戸時代、薩摩藩の御用船が御前崎沖で座礁した。乗組員たちを救助して手厚く介抱したのは御前崎の住人たちだった。薩摩藩は礼金を渡そうとしたが、固辞されたため、お礼として積み荷のサツマイモ3本を渡し栽培法を伝授した。それが遠江国全体に広がり、さらに煮たり蒸かしたりしたサツマイモを薄く切って乾燥させて保存食にする工夫が行われたという。
さらに茨城県で干芋が作られるようになったきっかけは、これまた海難事故だそうだ。明治時代に茨城の船が静岡県沖で難破して救助され、その時に静岡の干芋の存在を知った人が茨城で干芋を生産して広まったという。まさに災い転じて福となる、の食品だった。
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