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2025年9月28日 (日)

神経質礼賛 2390.神経質礼賛20年

 当ブログ記事を書き始めてから実質20年になる。開始当時はまだブログ黎明期。右も左もわからないままに、とにかくやってみようと思い立って始めた。高速インターネットもまだ普及していなかったから、通信に時間がかかりデータ容量が大きい写真にはなるべく頼らず、文章だけで行こうと考えた。30話書き溜めたところで平成18年(2006年)2月に30話分公開。翌3月に20話分追加公開。先輩ブロガーさんたちからアドバイス的なコメントをいただき、改良していった。医療機関のホームページやネット上の医療情報もまだあまりない頃であり、Google検索に「神経質」と入れると1ページ目か2ページ目に当ブログが表示されるような有様だった。以後は毎月10話、年120話ペースでアップしていき、今日に至っている。日常生活の中の他愛ない話の中に森田療法や神経質が織り込めるとよいが、あまりこだわっていると、書き疲れてくるので、季節の話題やB級・C級グルメの話など単なるエッセイ(脱力記事)も入れている。だからここまで続いたのかなあと思う。当初から長年読んで下さり今でもコメントを書き込んで下さる方がいらして、ありがたく元気を頂いている。

 森田正馬先生は、入院経験者や雑誌「神経質」の読者の会に神経質礼賛会と名付けようとしたが、会員の議決で先生の雅号から取った形外会になった。入院療法で書痙と赤面恐怖が治り、独学で公認会計士となった山野井房一郎さんは著書『神経質でよかった』(660・661・662話)の中で、
 神経質の性格の者に心配や不安を感じるむきが多いことは、他面において欲望の強いことを示す。森田先生は、これを「生の欲望」と称して、神経質はきわめて望ましい性格であるとし、昭和五年、森田先生の指導下に創刊された雑誌『神経質』の名称を『神経質礼賛』としようかとの議もあったほどである。(白揚社:『神経質でよかった』p.54) と書かれている。
 山野井さんほど神経質の良さに目を向ける人は多くなかったようだ。当ブログではあえてその名前をいただいている。私の師・大原健士郎教授は森田療法の茶話会の席では「神経質で悪いことは一つもないんだよ。神経質は出世の性格だよ」と患者さんたちに仰っていた。今ではこんなことを言う森田療法家は見かけない。かつてメンタルヘルス岡本記念財団の図書室を運営され、神経質者の相談にあたっておられたmandy氏は私に宛てたメールの中で、「森田先生は神経質は病気ではないと言っておられたのに、最近(の森田療法家たち)は病気だ病気だと言っている」と不満を書いておられた。確かに現代では不安症の治療法という面ばかりに力点が置かれ、実生活の中で神経質性格を活かす智恵という観点が希薄になっているように思われる。微力ながら、神経質礼賛の旗を掲げ続けたい。

 この20年で私たちの生活環境は大きく変化した。特にここ10年で好むと好まざるとにかかわらず、生活のあらゆる場面でスマートホンを使わざるを得なくなってきた。情報伝達もSNSが中心となり、ブログは徐々に時代遅れの存在となりつつある。当ブログはインターネットプロバイダ老舗ニフティが運営するココログを利用しているが、だんだんサービス縮小の流れになっている。それでも利用できる間は細々と続けていきたいと思っている。読まれた方が神経質を宝の持ち腐れにしないで、日常生活の中で大いに活用していただくことを願っている。

 

2025年9月25日 (木)

神経質礼賛 2389.どんとキャットの処分

 当ブログ初期の変わった記事に「神経質vs野良猫」がある。第1ラウンドから第4ラウンドに及ぶ(91話・113話・125話・181話)。今、読み直してみると笑ってしまう。当時、近所の野良猫が我が家の周囲に糞をしていき、毎日のように処理しなくてはならなかった。猫の侵入を防ぐために家の両脇に木製のラティスを設置したが、隣家から塀を超えて侵入してくる。防犯を兼ねた猫除け・鳥除けの「トゲせんぼ」と称するプラスチック板を通販で購入してブロック塀の上に貼ったが、猫はその上を平然と歩いていた。市販の猫忌避剤や木酢を撒いても効果が持続せず、キッチンハイターやパラゾールを大量に撒いても同じだった。最終兵器として、100円ショップダイソーで見つけた「どんとキャット」を大量に購入し家の周囲に隙間なく敷き詰めた。大サイズが約40×40㎝のプラスチック網でトゲトゲが付いている。これは猫の通行を妨げることはないものの、排便することはなくなった。猫は排便後に足で土や砂を掛ける習性があって、それをしにくいから排便を避けたのだろうか。とにかく糞被害はなくなった。そのうち野良猫も見かけなくなった。

 設置してからすでに20年近く経って、傷んできたし隣家の住人が入り込んで踏み抜いたものもあるので処分することにした。45リットルの市指定ゴミ袋1枚にうまく詰めれば16枚位は入る。暑い間は蚊も出ないので、少しずつ作業を進めた。一度にゴミ出しすると迷惑をかけると思い、収集日のたびに1袋ずつ出していった。7回ほどで全部出し切ってスッキリした。もしもまた野良猫の糞被害が再開したらどうしよう、とも思うが、また猫除け網を大量に買って来て敷き詰める元気はもうない。そのまま放置することになってしまうだろう。

 

2025年9月21日 (日)

神経質礼賛 2388.御褒美アイス

 毎週、日曜日の午後は掃除の時間である。日曜日に出かける場合は前日に行う。妻が2階リビング・台所に掃除機をかける。私はそれ以外の2階、1階・3階・廊下・階段に掃除機をかける。2階で同じコンセントに2台の掃除機を繋げたら、ブレーカーが落ちてしまったことがあった。分電盤を見たら、そのエリアは20Aのブレーカーになっていたので、以来、同じコンセントを使わないように気を付けている。掃除機は1台平均5~6A程度で済むはずだが、モーターには高電流が流れる瞬間があり、それがたまたま重なってブレーカーが落ちたのだろう。夏場はエアコンを止めて窓を開けて掃除するけれども、階段部・特に3階から屋上へと上がる階段はものすごい暑さになっていて、厳しいものがある。私は大体決まった順にやっていくので、いつも一通り終わるのに35分である。動き出すと動けてしまうもので、ついでに家の周りの草を取ったりゴミを拾ったりする時もある。

 掃除が終わると窓を閉めてまたエアコンをつける。汗が引いたところでおやつタイムである。インスタントコーヒーを飲みながら買っておいた菓子を食べる。このところ、夏場はもっぱらハーゲンダッツの小さいアイスクリームにしている。3種類のミニカップアイスが2個ずつ計6個入って一箱千円ほどで買える。通常はバニラ・クッキー&クリーム・ストロベリーの定番3種。毎年期間限定バージョンもあって、交互に買っている。今年の限定セットは「世界のデザートセレクション」と題してニューヨークチーズケーキ・苺のブラマンジェ・コーヒーグラニータの3種入り。ネーミングにそそられてしまう。プチ御褒美のアイスである。

 三島森田病院に勤め始めた頃は、森田正馬先生から直接指導を受けられた田原綾さんが御存命で入院森田療法患者さんたちの作業指導にあたっていた(84話、『神経質礼賛』p.46-47)。厳しく指導をされていたが、作業終了後に時々御自分の部屋に患者さんたちを呼び集めて和気あいあいのお茶会を開いておられたことを思い出す。行動本位、作業中心の生活、とはいえ、こういう「間(ま)」、短い休符が入るのもまたよしである。

 

2025年9月18日 (木)

神経質礼賛 2387.柚木沙弥郎展

 静岡市立美術館で開催されている「柚木沙弥郎(ゆのきさみろう) 永遠のいま」という展覧会を見に行ってきた。柚木さんは静岡で活躍した染色工芸家・芹沢銈介の弟子であり、昨年101歳で亡くなられた型染の大家である。切り絵や版画や絵本も手掛け、100歳を過ぎても仕事を続けておられた。私はNHKの日曜美術館という番組で柚木さんを初めて知った。番組では柚木さんに魅せられた少年との手紙のやりとりが紹介されていた。「ワクワクする気持ちがずーっと広がっていけばいいんだ」という柚木さんの言葉が印象に残った。

   会場には天井から吊るされた型染の布が数多く展示されていた。「まゆ玉のうた」という岩手県立美術館所蔵の型染だけは写真撮影可となっていて、来場者が次々とスマホで写真を撮っていた。また、和紙を型染したポスター類も展示されていた。「つきよのおんがくかい」「ぎったんこ ばったんこ」「トコとグーグーとキキ」といった絵本の原画が展示されたコーナーにはその絵本が置かれていて、読むことができるようになっていた。宮沢賢治の作品を扱っている岩手の光原社との関係も深く、「注文の多い料理店」絵葉書の原画、光原社のための包装紙・レターセット・マッチ箱などのデザイン案があった。光原社の及川氏宛ての絵葉書には鮮やかな水彩で季節の果物が描かれていて目を引いた。いつまでも少年のような「純な心」を持ち続けて仕事をしてきた方なのだろうなと思った。

 

2025年9月14日 (日)

神経質礼賛 2386.あっ危ない

 精神科クリニックへの通勤は、バス停を降りてすぐである。帰りのバス停は片側2車線の道路を渡った反対側にある。仕事を終えて信号のある横断歩道へと歩いていると、こちらに向かって歩いて来る高齢女性がいた。短い方の横断歩道を渡り切った所で一瞬動きがストップしたように見えた。「あっ危ない」と思う間もなく女性は尻もちをつくように後ろに倒れた。歩道の端の少し斜めになったところでバランスを崩したようだ。

 駆け寄って「大丈夫ですか?」と声を掛けると「大丈夫ですよ」と返事されるのでちょっと安心する。背負っているリュックサックがクッションの役目を果たしたのだろうか。「起き上がれないから引っ張ってくれるかしら」と両手を前に出して言われる。両手をつかんで引っ張るが小柄な割にちょっと体重がありそうで、持ち上がらない。二度目はこちらも体重を後ろにかけて引っ張ると立ち上がらせることができた。転倒して骨折した人を長年多数見てきたので気になったが、特に痛みもないとのことでほっとする。その後はまたトコトコ歩いて行かれる。その後姿をしばらくの間見守っていた。

 他人事ではない。私も近頃は歩きが遅くなり、脚力低下を痛感している。明日は我が身である。高齢者ではごくわずかな段差や傾斜で転倒することがある。そして骨粗鬆もあるから骨折をきたしやすい。栄養を十分摂るとともに筋力維持を心掛けたい。そして、心配性・神経質を生かして危険を避けて行こう。

 

2025年9月11日 (木)

神経質礼賛 2385.本多忠勝の「死にともな(死にたくない)」

 森田正馬先生が「死にたくない、死にたくない」と言って最期まで生き尽くそうとされたことはこれまで何度か書いてきた。名僧の一休さんや仙厓さんも「死にともな(死にたくない)」と繰り返し述べていた話も有名であるが、意外な人物も「死にともな」と言っていた。徳川家康の家臣で徳川四天王の一人、本多忠勝(1548-1610)である。忠勝と言えば家康家臣の中で最も勇猛な武将であり、蜻蛉(とんぼ)切という銘の長さ6mの大槍を使いこなし、生涯57回の戦でかすり傷一つ負わなかったと言い伝えられている。家康の大ピンチを何度も助けている。織田信長や豊臣秀吉からもその能力を高く評価されていた。本能寺の変の際、家康がわずかの側近とともに堺にいて、そのままでは明智光秀勢に襲われてしまうので、知恩院へ向かい切腹するしかないと決めたが、家康を説得して伊賀越えで三河に生還させたのも忠勝だった。小牧・長久手の戦では、わずか五百騎で秀吉の大軍の前に立ちはだかり、馬を川に入れて悠々と口を洗わせたため秀吉は攻撃をやめさせたという話もある。家康の関東転封後には上総国大多喜十万石を与えられ、関ヶ原の戦ののちに伊勢桑名十万石に移っていて、民政にも優れ桑名藩創設の名君とされている。晩年は眼病を患い、病気がちだった。その辞世の句は「死にともな 嗚呼死にともな 死にともな 深きご恩の君を思へば」だという。自分より年上の主君・家康公より先に死ぬに死ねない、ということだ。

 忠勝というと大胆な豪傑というイメージがあるけれども、必ずしも無謀な戦いを挑んだわけではなく計算して動いていた面もあるのではないか。そうでなければ負傷どころかいくら命があっても足りない。また、桑名の築城や街づくりに才覚を発揮した面をみても、意外と神経質な面も持ち合わせていたのかも知れない。

 

2025年9月 8日 (月)

神経質礼賛 2384.未明の皆既月食

 今日の未明に皆既月食があった。前回は3年近く前で、ちょうど病院の当直勤務の日で病院から見た(2044話)。同時の天王星食はTVで見た。さらにその前は7年近く前でスーパームーンの時だった(1471話)。いずれも深夜ではなく見やすい時間帯だった。今回は午前3時頃。ずっと待っているわけにはいかない。TVのクラシック館でマーラーの交響曲第3番を見ていて、22時半頃には途中でやめて寝ることにした。

 お恥ずかしい話だが、すでに老人型の睡眠なので、夜中に1、2回は目が覚めてトイレに行くのが常である。おかげで午前3時より少し前に自然に目が覚める。あらかじめ双眼鏡とカメラと懐中電灯を用意しておいた。ベランダに出て月を探す。が、どこかよくわからない。すでに皆既月食に突入して光量が落ちているし、こんなに遅い時刻に月を見ることがないので、場所がわからないのだ。懐中電灯を消して目を慣らしてからじっくり探していくと見つけることができた。暗赤色のボールが空にぽっかり浮かんでいる感じだ。いつもながら不思議な感じがする。天体の知識がなかった古代の人々はさぞ驚いただろうな、と思う。カメラで何度か撮るが、拡大してみるとあまり良い写真は撮れなかった。もっとも、高校の弦楽合奏部の後輩に有名なプロの写真家がいて、皆既月食があるとすぐにfacebookに投稿してくれる。今回も綺麗な写真を見ることができた。今後の皆既月食は2026年3月3日、2029年1月1日だという。天候に恵まれたらまた無料の天体ショーを楽しみたい。

 

2025年9月 7日 (日)

神経質礼賛 2383.いつでも夢を

 歌手・橋幸夫さんの訃報が流れた。82歳。3年ほど前からアルツハイマー型認知症となり、さらには脳梗塞も併発していたという。80歳で一旦引退された歌手活動を昨年再開。大学の通信コースで学ぶなど前向きな姿勢を貫かれた。橋さんの歌と言えば、「潮来笠」、「霧氷」、「子連れ狼」が有名だが、吉永小百合さんとのデュエット曲「いつでも夢を」は大ヒットとなりレコード大賞を受賞しているから御存知の方も多いことだろう。高度成長期に向かっていた夢多いよき時代の歌と言えそうだ。三島の病院に勤めていた時の総師長さんがこの歌がとてもお好きで、忘年会のカラオケではいつも私を指名されてご一緒に歌った思い出がある。溌剌とした総師長さんで退職されてからもずっと年賀状を頂いていたが、数年前、骨折して一人暮らしが困難となって娘さんの近くの施設に入所されている。

 昨今の少子高齢化・人口減少社会では明るい将来の夢は持ちにくいかもしれない。かつてのように頑張って働いていれば豊かで幸せな生活が待っていると思い描くことは少々難しくなってきている。それがさらに老年期に入ると自分自身が歳をとるに従って失っていくものが増えてくる。特に神経質人間は悲観的になりやすい。些細な事でもあると「もうダメだ」と凹んでしまう。それでも生きているうちは何かしらの可能性はある。よりよく生きたいという生の欲望に沿って、できることを探して行動を積み重ねて行こう。心に歌を、「いつでも夢を」の歌を口ずさみたい。

 

2025年9月 4日 (木)

神経質礼賛 2382.とらわれと流転

 前々話のように、神経症になるメカニズムの基にはヒポコンドリー性基調(神経質傾向)があり、ヒポコンドリー体験が引き金をなって症状が起き、精神交互作用の悪循環をきたして「とらわれ」のループにはまり込み症状を固着させてしまうのである。とらわれについてはこれまでにも何度か書いている(1530・1800話)。とらわれから脱却するには、症状を何とかなくそうとあくせくするのではなく、症状はありながらも仕事や勉強や家事など日常生活の中でやらなくてはならない行動を重ねていくうちに結果としていつしか症状は薄らいでいる、というのが森田療法のやり方である。そして神経質者はヒポコンドリー性とは言っても生の欲望・・・よりよく生きたいという欲望が人一倍強くエネルギーがあるので、症状に空費していたエネルギーを日常生活に向けて行動していけば、人並み以上に活躍することができる。

 強迫観念も厳密にいへば誰にでも平常起るものであるが、疲労とか、心身に不快があって、八ツ當りでもしたいといふやうな時には、何かにつけて自分の深い感情に捉はれやすいから従つて強迫観念も起ります。頭のさわやかな時には、心は周囲の境遇に應じて、あれもしたい之もやりたいといふ風に心が外の方に向ふから、少々の不快があつても之を無視して氣がつかない。又急性の熱病とか、其方の苦痛に心が集中して、苦痛其のものになりきつた時には、今迄氣にしてゐた小さな心の葛藤もなくなります。例へば之まで國内で政治家の小ぜり合のあつたのでも、大きな外國との戰爭となれば、忽ち全國の一致を見るやうなものであります。
(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.581)

  日本が戦争への道を突き進んでいた時代の発言であるから、穏やかではないがわかりやすい説明である。

 

2025年9月 1日 (月)

神経質礼賛 2381.ニンバス

 今日から9月。涼しくなるどころか真夏日・熱帯夜が続いていて変わり映えはしない。まだまだ熱中症への対策は続ける必要がある。朝の電車には高校生たちが戻ってきて混雑している。電車の中でマスクをしている人は見た所2割程度である。私はこの7月から外で人が少ない所を歩く時にはマスクを外している。熱中症リスクが高くなるからだ。電車やバスの中、勤務中は相変わらずマスク着用。精神科クリニックは診察机の上に感染防止のアクリル板が立っているが、産婦人科クリニックでは遮る物がなく向き合って話をするから感染防止に必須である。

 ここにきてまた新型コロナ感染者の増加が報道されている。オミクロン株の変異型、ニンバスという名前のウイルスが猛威を振るい始めている。ニンバス? ハリー・ポッターに出てくる魔法の杖の商品名ではないか? ニンバスとはもともとギリシャ神話で神が地上に現れる時に身を取り巻く輝く雲のことをいう。後光や光背である。ハリー・ポッターとは無関係のようだ。このニンバスという株は強い感染力を持ち、強烈な喉の痛みが特徴で、かつての株のような味覚障害や嗅覚障害は稀だという。ワクチンの効果はもうほとんどなくなっているだろうから、感染が広がりやすい状況になっている。用心するにこしたことはない。また連続マスク生活に逆戻りしなければよいが。

 

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