神経質礼賛 2398.ホームカミングデー
最初に卒業した大学からホームカミングデーの通知があって日曜日に行ってきた。卒後5年もしくは10年ごとに通知が送られてくる。今回は卒後45年。前回、10年前に初めて参加した。その時は残念ながらかつての学友に会うことはできなかったが、応援団による校歌や応援歌はとても懐かしかった。朝6時発の高速バスに乗り、新宿へ向かう。南口から入った新宿駅は学生時代の時よりもホームが増えて複雑怪奇。山手線ホームはどこだろうとウロウロ。高田馬場に行き、早稲田通りを歩く。10年ぶりに歩く早稲田通り、こんなにアップダウンがあったかなと思う。歩く速度も遅くなり体力低下を痛感する。かつて多かった古書店は減り、ラーメン屋が増えている。映画館の早稲田松竹は健在だった。早稲田通り側に穴八幡神社の立派な鳥居ができていて驚く。会場の戸山キャンパスへ行くと、かつて行事がよく行われた記念会堂という体育館はなくなり早稲田アリーナという新しい建物になっていた。記念式典の開始30分前には席に着いた。応援歌「紺碧の空」の演奏で始まる。司会はNHKの高瀬耕造アナ。今回は7年後に創立150周年を迎えるため、力が入っていて、総長や副総長の式辞は寄付をお願いする旨の話が多かった。TVゲーム・ドラゴンクエスト開発者の堀井雄二氏のインタビューがあった。最後は全員起立して校歌斉唱。少し涙腺が緩んだ。会場を出た後は大学本部へ向かい、會津八一記念博物館の展示を見る。仙厓さんや白隠さんの禅画も所蔵しているはずだが、今回はそれらの展示はなく、ちょっと残念だった。本部キャンパスは学園祭の最中だった。かつての政治的な立て看板がびっしり並び猥雑だった感じはなくなり、校舎の多くは建て替えられて綺麗になりお洒落な感じになっていた。今の学生さんは首都圏出身者が多くなりリッチになっていると聞くが、反骨精神・ハングリー精神は失わないで欲しいと思う。10年前と同じで雨が降り始める。
この大学に入学した頃、自分は敗残者・人生の落伍者だというという意識が強かった。アパートとは名ばかりの古倉庫のような建物の三畳一間で貧乏生活をしていたからなおさらだった。松本零士の漫画「男おいどん」の主人公のようなものである。少しずつその意識は薄らいでいったが、4年生の時に父親が重大な病気で倒れて、不本意なUターン就職を選択した。やっぱり自分にはツキがないしダメ人間だなあ、と思いながら仕方なしに生きてきた。それでも何とか道が開けたのは、よりよく生きようとする神経質性格による粘りのおかげだと思っている。
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