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2025年12月28日 (日)

神経質礼賛 2420.消えゆく書店

 診察を終えて席から立ちあがった男性患者さんが突然「あ、この近くに本屋さんはないですか」と言う。私と同年齢の男性である。精神科クリニック前の街道沿いには以前は広い駐車場のある書店があった。数年前に閉店になった。近くのバイパスのインターチェンジと交差する街道にも大型書店があったけれども今はない。考えてみれば駅前商店街にあった書店3店舗もすべて閉店になっている。駅直近にあった県内最大の書店が閉店している。今は駅近くの書店と言えば、駅ビルと商業施設に入っている2店だけしかない。代わりに増えているものと言えば、家族葬向けの小規模葬祭会館と整体院だ。

 新聞に、秋葉原電気街に1軒だけあった小さな書店が閉店になるという記事が載っていた。電子部品店が並ぶ中、電子関係の書籍や雑誌、特に最新のトランジスタなどの半導体やIC(集積回路)の規格表の本は完璧に揃えている店だった。地方の書店には置いていない規格表をそこで買ったことが一度あったから見覚えがある。店主が亡くなった後、高齢の奥さんが一人で店を守ってきたが「だって売れないんだもの」とのこと。秋葉原も随分変わった。電子部品やオーディオ、アマチュア無線関係の店はなくなり、メイド喫茶さらにはアニメやフィギュアの店に変わってしまい、私が足を踏み入れることもなくなった。

 以前は週に一度は本屋をのぞいていた。面白そうな本や雑誌があると手に取ってパラパラ見ては時々買っていたものだ。思わぬ本や雑誌との出会いがあって、これも一種のレジャーであり本屋は身近なレジャーランドだった。今は本を読まない時代。雑誌もどんどん廃刊になっていく。書店が次々と消えていくのは寂しい限りである。とはいえ世が移り変わっていくのはやむを得ない。時代の流れの中で新たな楽しみを探していくこととしよう。

 本年も当ブログをお読みいただきありがとうございます。来年もよろしくお願いいたします。

 

2025年12月25日 (木)

神経質礼賛 2419.ハイドンの交響曲第82番「熊」

 例年12月に清水寺で発表されるその年の世相を表す「今年の漢字」はやはり「熊」だった。これだけニュースに登場して人々の関心を集めれば、そうだろうなと思う。先日、FMのクラシック番組を聴いていたら、ハイドン作曲交響曲第82番「熊」の一部が流れていた。「熊」の名前はハイドン自身が付けたわけではなく、第4楽章の冒頭の前打音付きの旋律が熊使いの音楽を連想させるところからそう呼ばれるようになったそうである。全体はどんな曲なのか興味を持った。こういう時にYouTube動画は便利である。すぐに全曲を聴くことができた。

 この交響曲はパリのオーケストラからの依頼で作曲した6曲の「パリ交響曲」セット(82番から87番)の中で最後に書かれたものだという。普段、ハイドンが指揮する宮廷オーケストラと異なり、大編成のオーケストラを想定して書かれている。第1楽章からエネルギッシュに動き回る旋律が続き、すでにこれだけでも熊の動きを連想させる。緩徐な第2楽章も元気な感じがするし、第3楽章のメヌエットも堂々としてちょっと重たい感じである。第4楽章では熊の足取りを思わせる低音の主題で始まり、終わりの方ではティンパニが鳴り響き賑やかである。ハイドンの交響曲としてはパワフルな感じを受ける。熊使いの音楽がどんなものかわからないけれども、まさに熊と名付けるにふさわしい。

 最近は冬眠しない熊が増えているという話もある。雪の中、学校や店舗や民家に熊が入り込むようでは困る。熊の冬眠を促すような音(音楽)があるといいのになあ、と思う。

 

2025年12月21日 (日)

神経質礼賛 2418.スマホでの受診予約

 循環器内科診療所を受診しているが、ちょうど私が通い始めた頃から診察券はなくなり、LINEで登録してQRコードが大きく画面に出てくる「診察券」になってしまった。会計もこのQRコードを支払機に読ませて処理することになる。そして、受診予約もスマホを使ってWEB予約である。空いている受診時間枠を探して、そこに入れようとすると、本人確認のため認証コードを(ショート)メールに送りました、と表示される。しかし、その画面からメール画面に切り替えて認証コードを確認して、また元の画面に戻ってきてコードを入力する方法がわからない。仕方なく、認証コードを使わない方法でやり直す。氏名(漢字・カタカナ)、住所、生年月日、メールアドレスを全部入力するので手間取る。スマホを毛嫌いしている私もすでにデジタル難民である。皆さん、問題なく使えているのだろうかと疑問に思う。特に目が不自由な方の場合、何でもスマホ入力を強要されるのは、困るのではないだろうか。

 現在勤務しているメンタルクリニックでは、まだ紙カルテが使われている。受診予約は電話でできるし、会計の時に次の予約を事務員さんが入力しているので、患者さんが困ることはない。一方、産婦人科クリニックは電子カルテになっていて、やはりスマホを使って自分で予約入力するスタイルなので、事務員さんは高齢の患者さんから「わからないから予約してよ」と受付で言われたり電話がかかってきたりするようである。スタッフの労力や人件費を考えれば、昨今のデジタル化は当然の流れということになるのだろうけれど、高齢者や障がいを持った人が医療機関を受診しにくい状況を作るのはどんなものだろうか、と思う。

 

2025年12月18日 (木)

神経質礼賛 2417.厚顔無恥

 日曜日に県内伊東市の市長選挙が行われた。T市長が学歴詐称疑惑で議会から不信任決議を受けて失職したためである。市長に立候補した際には某大学卒業と称していたが、実は中退となっていたことが判明した。立候補の際には卒業証書らしき文書を見せたというが、それは何だったのか明らかにしていない。本人は大学を卒業したと思っていた、などとあれこれ言い訳をして学歴詐称を認めようとせず、市長の座に居座り続けたため市議会が2回も不信任決議をしてようやく失職となったのである。50代の女性で市政を刷新してくれるのではないかという市民の期待を裏切った。長期間にわたり市政がストップし、再選挙のため無駄な税金を使うことになったにもかかわらず、本人は何とも思っていない様子。その再選挙、失職したT氏がまた立候補していたのだから呆れる。厚顔無恥とか鉄面皮とかいう言葉しか思い当たらない。選挙の結果40代の若い男性が当選となり、T氏は得票数3位だった。インタビューを受けるという約束も破り、最後の最後まで見苦しい振る舞いだった。

 T氏に限らず政治家は平気で嘘をつける人間ばかりのような気がしてならない。その点、小心で取越苦労しやすい神経質人間は、恥をかくことを極度に恐れ、こんなことを言ったら人がどう思うだろうかと常に心配し、人から疑いをかけられないように気を配っているから、そのようなことはない。ただ、神経質人間ではなかなか政治家になることは難しい。

 

2025年12月14日 (日)

神経質礼賛 2416.体験発表

 医療サイトでは製薬会社が自社の製品の解説をする動画を公開している。最近、抗うつ薬の動画の中に元バレーボール日本代表としてオリンピックにも出場したことのある大山加奈さんがかつて現役選手時代にうつになって治療を受けて回復した体験を語っておられているものがあった。抑うつ気分、不眠、動悸、めまいなどの症状に悩まされたが、なかなか家族や友人やチームに相談できなかった。心配をかけたくないということだけでなく、自分が弱いことを認めてしまうと代表選手に選んでもらえなくなってしまうのではないかという思いもあったという。多くのトップアスリートたちの診療にあたっているナショナルトレーニングセンターの医師から「同じ症状で悩んでいるアスリートはたくさんいるよ」と言われて救われ、薬で症状はだんだんよくなっていったという。自分と同じような悩みを持っている人の助けになれば、という気持ちから御自分の体験を発表されたのだと思う。

 森田療法では体験発表の場がある。浜松医大や三島森田病院では退院間近の入院患者さんが茶話会の場で体験発表を行っていた。症状が出て苦しんでから森田療法を受け、症状はあっても行動していく生活習慣が身に付くにつれ、薄皮を剝がすように症状自体も気にならなくなっていく。総まとめをしておくことで、もし症状が再発したとしても入院中のことを思い出して自分で治していけるという効用もある。また、治療を受けている他の人たちにとっても、自分だけが苦しいと思っていたけれど、あの人も苦しんでいたんだなということが理解できるし、良くなっていくお手本が示されるというわけである。犠牲心(1200話)について書いたことがあるが、そこでも紹介した森田正馬先生の話を再掲しておこう。

 

既に治った人は、その喜びとともに、同病相憐れむの情から自分の症状を告白・発表して、他の人の参考にもし、同病を治したいという情が切になってくる。これがすなわち懺悔の情にもなれば、犠牲心ともなるのである。これと反対に、まだ治らない人も、自分で努めて懺悔し、犠牲心を出せば、これが治る機会となるのであります。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.124)

 

2025年12月13日 (土)

神経質礼賛 2415.長い眉毛が一本

 床屋で髪をカットしてもらっている最中に、「眉毛が一本長く伸びていますね。切っておきましょうか?」と言われる。以前にも同じことを言われている。あれ、また伸びていたのか、と不思議に思う。左眉に太くて長い黒々した毛が一本飛び出ていて目立っている。若い頃はそんなことはなかったから、加齢現象なのだろうか。気が付いたら自分で切っているけれども、伸びてくるのが早い。別に害があるわけではないから、まあいいだろうと思っている。今では髪はすっかり白髪となり薄くなってきているから、その分を少しでも回してほしいところである。

 私の場合は黒い毛であるが、これが白や透明や金色で長くて細いと福毛とか宝毛などと呼ばれ、それに気が付くと幸運に恵まれるとか願いが叶うなどと言われている。さらには右眉に生えると金運が上昇、左眉に生えると人間関係が良好になる、というような話もある。これは仏像や仏画の額や眉間にみられる白毫(びゃくごう)が知恵や慈悲を表すことから出てきた発想らしい。神経質、特に強迫的な傾向のある人はそういった迷信にとらわれやすい。森田先生も若い頃は占いやまじないなどに傾倒した時もあって、森田正馬全集にはそれについて書きまとめた項もある。あまり深入りせず、そんな話もあるのかなあ、くらいに留めておくのがよい。

 

2025年12月11日 (木)

神経質礼賛 2414.なぜ生きる

 母親の遺品整理はなかなか進まない。施設を引き上げる際の所持品の中に高森顕徹監修『なぜ生きる』(1万年出版)があった。元々家にあった本ではないから職員さんに頼んで買ったものに違いない。転倒・骨折を繰り返して足が不自由になって施設での生活を余儀なくされ、生活のあらゆる面で介助を受ける身になって、生きている意味は何だろうかと考えて買って読んだのだろう。

 この本では、親鸞によれば、万人共通の生きる目的は、苦悩の根元を破り、「よくぞこの世に生まれたものぞ」の生命の大歓喜(だいかんぎ)を得て、永遠の幸福に生かされることである、としている。仏教、特に浄土真宗を信奉している人にとっては当然の結論なのかもしれないが、そうでない人にとっては、「そうか」「そうだね」と納得できるものではないだろう。死後に阿弥陀仏がお迎えに来て下さる、と確信できるのであれば、現世では何の不安もなくひたすら「南無阿弥陀仏」を唱えていればよいのはわかるのだが。母がもし生きていたならば、この本を読んだ感想を聞きたかった。

 私は「なぜ生きる」「なぜ死んではいけないのか」に対する明確な答えを持っていないし、多分その答えは見つからないだろう、と20年近く前の記事に書いた(134話)。やはり、今になっても答えは出せないでいる。ひたすら生きるだけである。

   以前にも紹介したように、神経質者からの手紙に対して森田先生は次のように回答されている。
 「自分は何故に生存するか、如何に生きれば人生を最もよく完ふする事が出来るか」といふ事は、古今の詩人哲学者の考へ悩んだ事であり、小生も少年時から長い半生を苦しんだ事です。しかしそれは「自分は」といふ主観のみに閉ぢこもる時に、全く論理のたゝぬ矛盾に墜るといふ事に氣がつかない。之は実は不可能の努力であるといふ事は、自分の心で自分の心を見やうとする事で、自分の眼で自分の眼を見やうとすると同様です。
 禅では之を「一波を以て一波を消さんと欲す。千波萬波交々(こもごも)起る」といつて心の葛藤の益々激しくなる事にたとへてあります。(白揚社:森田正馬全集 第4巻 p.582)

 

2025年12月 7日 (日)

神経質礼賛 2413.うつ病と診断されるためのマニュアル

 最近、国民生活センターに寄せられる相談に「失業サポート業者」の問題が急増しているという。サポートを受けると失業保険の受給額や受給期間が増えるとうたっている。サポート費用として20~30万円ほど要求される。業者からは「うつ病と診断されるためのマニュアル」が送付され、退職日までに指定のオンライン診療のメンタルクリニックを受診し、うつ病のためすぐに仕事ができないという書類をハローワークに提出する、という流れだという。契約してしまって、「詐欺ではないか」とか「解約を拒否された」などといった相談が寄せられている。このマニュアルを実際に見たわけではないけれども、内容はあらかた想像できる。

 もしもオンライン診察のメンタルクリニックが悪徳業者と結託していたら恐ろしいことである。病気でない人をうつ病に仕立てて診断書や意見書を書いてしまったら、詐欺の片棒を担ぐことになって、精神医療の信頼を失墜させてしまうことになる。精神科外来には「働けなくてお金がないから市役所に相談したら精神科を受診して障害年金診断書を書いてもらうように言われたから書いて欲しい」などと言って来るような人もいて、該当しないことを理由にお断りすることが時々ある。初診の時に詳しく問診するとともに、表情・態度・口調・動作などをよく観察していれば、シャーロック・ホームズでなくても詐病は見極めがつくことが多い。しかしながら、オンライン診療では対面診療に比べて得られる情報が少なく、ましてや病気と診断されるためのマニュアルを読んで演技されたら見破ることは困難だと思われる。会社を退職するための代行業者が話題になったが、今度はこれである。とんでもない時代になったものである。

 

2025年12月 4日 (木)

神経質礼賛 2412.家康公の立ち上がり石

 小國神社の境内にある「家康公の立ち上がり石」を撮った写真の看板を拡大して見ると石の由来が書かれていた。それによれば、元亀二年(1572年)九月、家康は小國神社の神力に頼ろうと願文と名刀2本を奉納して戦勝と開運を祈願した。さらに、天正二年(1574年)、犬居城攻略の途中で再び参拝して、この石に腰掛けて休んだという。それ以来、運が開け、戦勝を重ねた。縁起がよいということから立ち上がり石の名で呼ばれるようになったそうである。

 ここで犬居(いぬい)城とは今川氏の国衆から武田氏に帰属した天野氏が居城とする山城であり、現在の浜松市春野町に城跡が残っている。看板には記載がないが、この二度の参拝の間には家康にとって大事件があった。元亀三年(1573年)十二月の三方原の戦いである。武田信玄の侵攻に対して家臣の多くが浜松城での籠城戦を進言したのに反して神経質な家康にしては珍しく強気に武田軍への攻撃を指令した。結果は惨敗。多くの家臣を失い、家康は命からがら浜松城に戻っている。以後も武田軍とは遠州の各地で戦いを繰り返し、小國神社も武田軍に占拠されそうになり、当時の神主さんが御神体を移して社殿に火を放ち、神社が武田軍に利用されるのを阻止したということもあったそうだ。三方原の戦いは家康にとって大きなトラウマだったはずだが、あえてまた同じ小國神社に参拝したところに諦めない家康の粘りが示されていると思う。二度目参拝の翌年の天正三年(1575年)、長篠の戦いで織田・徳川連合軍は武田勝頼軍に勝利し、大きく流れが変わった。同じ年、家康は神社を再建している。神頼みだけでは勝てない。神経質の特性を生かして無謀な戦いは避けて十分に準備を行い、家臣の意見にも耳を傾け、粘り強く事に当たるようになって勝ちが転がり込むようになったのである。

2025年12月 1日 (月)

神経質礼賛 2411.小國(おくに)神社の紅葉

 昨日は日帰りバスツアーで小國神社へ行ってきた。小國神社は周智郡森町にある。掛川の病院に勤務していた頃、外来患者さんたちが小國神社の紅葉がきれいだ、とよく言っておられたので一度行ってみたいと思っていた。ただし路線バスが廃止になっていて交通が不便である。最近、試験的にまたバスを復活させているという話が新聞には出ていたが、最寄りの天浜線の駅まで行くのにも時間がかかる。そこで、バスツアーを予約したのだった。

 ツアーのバスは9:15に静岡駅前を出発。すでに清水駅前から乗車してきた人たちもいる。好天に恵まれ道路も順調に流れていた。しかし神社に近くなると駐車場に入る車で大渋滞が発生していて、予定より20分ほど遅れて到着した。境内の紅葉はちょうど見頃を迎えていた。深紅に染まっている所あり、まだ黄色から赤色に移行しつつある所もあって、なかなかよい。本殿近くに徳川家康が戦勝を祈願しに訪れた際に腰掛けたという「家康公の立ち上がり石」があって、私も座ってみた。なかなか座り心地のよい石である。本殿前の舞台では雅楽に合わせて舞が奉納されていた。本殿横を流れる宮川沿いには紅葉の木々が立ち並んでいて、夜間はライトアップが行われている。七五三の着物を着た女の子がポーズを取り親たちがせっせと写真を撮っていた。こういう平和な時代がずっと続いてほしいと思う。

 ツアーは浜名湖近くで昼食を摂ってから、うなぎパイファクトリーへ。製造過程を見学できるはずだったが、残念ながら日曜日のため生産ラインは止まっていて、ビデオで見た。うなぎパイは静岡土産の代表と言えるメジャーな菓子であるが、パイ生地を作り上げるまでは職人さんたちによる手作りであることを知った。温度や湿度などの条件に応じて最適な作り方をしているとのことで、一人前の職人になるまでの修行もなかなか大変なようである。うなぎパイには神経質が詰まっているのだ。

 

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