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2026年1月29日 (木)

神経質礼賛 2430.台湾ラーメン

 1月下旬になってから厳しい寒さが続いている。今年は手指のしもやけが重症で何カ所もあかぎれを併発していて軟膏や絆創膏での対応も追いつかない。これだけ寒いとやはり体を温めてくれる食べ物が欲しくなる。頭の中には鍋物、あんかけ系の丼物や麺類が浮かんでくる。そして激辛はとても食べられないけれどもチョイ辛ものも食べたくなる。週一回昼食を食べている町中華に前回行った時、隣のテーブルの男性が台湾ラーメンを注文していた。店員さんに「かなり辛いですか」と聞いたら「そんなに辛くはないですよ」と答えていたのを思い出した。台湾ラーメンと台湾チャーハンのセットを頼んでみた。

 台湾ラーメンといっても台湾料理をヒントにして日本で発祥したものらしい。具の挽肉には唐辛子とニンニクで味付けされ、さらに刻んだ野菜が載っている。いかにもスタミナが出そうである。まず、スープを飲んでみる。旨味が口に広がる、が、少し遅れて辛味がツーンと広がってくる。やっぱり辛い。そういえば、台湾チャーハンもセットで頼んでいたのだった。これまた同じような具だから、卵が入っているだけ若干マイルドながら似たり寄ったりだ。しまった、神経質が足りなかった、せめて普通のチャーハンにしておけばよかったと後悔する。赤い唐辛子を注意深く避けながら食べて行った。ラーメンのスープはとても飲み切れなかった。塩分摂り過ぎにならなかったのが救いである。

 外で食べる美味しい暖か物もよいが、最強の暖か物は森田先生の歌にあるような身も心も温めてくれる手料理であろう。
  我妹が 設けて待ちつる 湯豆腐に 一日の疲れ 忘れ果てゝき
 (白揚社:森田正馬全集第7巻p.445)

 

2026年1月25日 (日)

神経質礼賛 2429.無宗教の葬儀

 私の父は病気のため56歳の時に他界しているが、男6人女4人の10人兄弟の次男である。存命だった叔父・叔母たちもみな80歳以上になって、ぼつぼつ亡くなる人が出ている。今週、叔母から五男の叔父の訃報が入った。享年83。通夜はなく、いわゆる一日葬で、一昨日が葬儀の日だった。電車と徒歩で郊外の斎場に向かう。

   どちらかと言うと今はやりの家族葬向け葬儀会館という印象を受けた。駐車場はやけに広い。確か叔父の奥さんは天理教の信者さんだったはずだけれど、葬儀は無宗教で行いますと係員から聞いた。子供さんが4人いてそれぞれ結婚して2人ずつ孫がいるから直系の家族だけで大人数だ。後は親族が私を含めて5人と息子さんの会社関係の人が若干参列していた。係員のアナウンスで式は進行。会場の後ろにアルバイトと思われるキーボードを弾く女性がいて、主に歌謡曲を弾き続けていた。僧侶の読経もなければ焼香もない。一人ずつメッセージを書いた紙を添えて生花をお棺に手向けていった。そして、お酒が大好きだった叔父のために綿棒に日本酒を浸して唇を湿らせていった。これは故人のために良いアイデアだったと思う。最後に施主の息子さんがごく簡単な挨拶をされて、出棺となった。無宗教の葬儀に参列するのは初めてのことで面食らってしまった。シンプルでいいけれども、正直言ってちょっと間が持たず、45分間が長く感じられた。コロナ流行を境に葬儀は小規模化・簡略化の方向にある。これを読まれた方も今後ご家族の葬儀を行わなければならない状況に遭遇されるかも知れない。無宗教で葬儀を行う場合には形式がない分、少々工夫が必要かと思う。

 

2026年1月22日 (木)

神経質礼賛 2428.五十円玉手芸の亀

 現在の三島森田病院は山の中腹にあるが、私が勤務し始めた頃は三島から裾野・御殿場へと向かう街道に近い所にあった。病院の建物はすでに老朽化していて、勤務している人たちも他の病院を定年になってから就職した方が多く、看護職員の平均年齢はかなり高かった。車の運転をしない人が多いため、通勤の路線バスにはいつも10人前後の看護婦(女性看護師)さんたちが乗っていた。ある時、その中の一人、もう80歳近い方が退職の挨拶に来られ、「お世話になりました」と趣味で作っているという五十円玉手芸の亀を手渡された。五円玉を紐で組上げて宝船とか亀など縁起のよい飾りものを作る五円玉手芸であるが、奮発して五十円玉で作ってくれたようだ。赤色と金色の紐で組上げられている。固辞したけれど、そばにいた臨床心理士さんから「みんなもらってますよ」と言われて受け取った。

   この亀は魔除けだと思って、長年、病院の机の引き出しに入れていた。6年前に三島森田病院を退職した際に自宅に持ち帰ってそのまま忘れていたのが出てきた。長年の御利益に感謝しつつ、この際、解体させてもらうことにした。古いセロテープが密着して取り切れない部分があって、紐を切ってバラしていくのには手間取った。果たして何枚の五十円玉が使われているだろうか。全部で19枚だった。一番新しい物が平成元年、他はすべて昭和の鋳造年が刻まれている。14枚はそのままで使用可能と思われる。5枚はセロテープの破片がへばりついていて簡単にははがせない。処置をしないと使用不能だ。きれいにして有効利用させていただくとしよう。

 

2026年1月18日 (日)

神経質礼賛 2427.町内会の役員

 私が住んでいる所では町内を大きく4つの区域に分けて、順番に2年交代で町内会(自治会)の町内会長・副会長・会計の三役を出すことになっている。町内で商店や会社を自営している人がいると率先して役員を引き受けてくれたりするのだが、あいにく私のいるブロックはサラリーマンばかりで、そういう奇特な人はいない。以前も役決めの時に何度集まってもなかなか決まらず、困ったことがあった。そのため、公平を期すため年代順に義務として役を受けることになっていた。うっかりそのことを忘れていて、今年は何の演奏をしようかと友人とのんきに相談していたのだが、今年は我が家が会計を担当する番だったのだ。会合や行事など何かと出て行く用事が多くなり、演奏どころではなくなりそうだ。そして、8年・9年後に生きていれば私が町内会長あるいは副会長をやることになる。

 精神科の外来には「PTAうつ」と同様に「町内会うつ」のような人も来られる。役の間は薬の助けを借りて乗り越えたいという人もいれば、絶対にムリだからそういう診断書を書いてほしいと来院される人もいる。どこの町も少子高齢化・人口減のため、昔と同じようにお祭り・運動会・盆踊りなどの行事を続けて行くのは困難になってきている。サラリーマンが56歳で定年を迎えて年金で悠々自適に余生を送れる時代だったら手の空いた人もいただろうが、現代は65歳を過ぎても働き続ける必要がある時代である。今までのような町内会を持続していくことは難しい。コロナ流行の時はそれを理由に祭りなどの行事を中止した所も多かったがコロナ終息に合わせてまた再開している。町内会の役割を防災・防犯・衛生などの生活安全面に絞って、役員の負担を減らしてはどうかと思う。

 

2026年1月15日 (木)

神経質礼賛 2426.逆さ馬(左馬)

 今年は午年。頂いた年賀状の図柄はサラブレットのような駿馬の絵だったりのんびり温泉に浸かっているユーモラスな馬のイラストだったりする。私が「馬」で連想するのは、将棋の駒に「馬」を裏返しにした文字を刻んだ(あるいは盛り上げた)「逆さ馬(左馬)」の置物である。江戸時代から武士の内職として将棋の駒作りや盤作りが行われていた山形の天童で生まれたものだ。これが縁起物とされる由縁がいくつか言われている。「うま」の逆さまは「まう」→舞うということで、おめでたい。馬の字の下の部分が巾着袋の形に似ていることから金運を呼ぶ。馬は左側から乗るもので右側からだと落ちてしまうということで左馬が縁起がよい。というようなことが言われている。どれが本当かはわからない。将棋で馬と言えば角行が敵陣に入って成った龍馬のことを言う。「王将」の歌や小説で有名な坂田三𠮷(1870-1946)は文盲のため食堂のメニューが読めなかったというが、「三」「𠮷」「馬」の三文字だけは書けたという。坂田が書いた「馬」の字体は今でも将棋の扇子でとても人気が高い。逆さ馬の字体にも使われている。

 森田先生のお名前にも馬の字が入っている。森田先生が生れた土佐ではその時代、子供の健康長寿を願って馬、牛、熊、虎、亀、鶴などの動物の字を入れることがよくあったそうである。森田先生は形外会の場で次のように述べておられる。
 私の名は、本当はショウマでなく、マサタケと読みます。馬の一字名もあるが、その時はタケシと読みます。土佐には馬のつく名前が多いが、普通にはマといいます。
(白揚社:森田正馬全集第5巻p.673)
 周囲の人々はマサタケよりも読みやすく言いやすいショウマと音読みで呼ぶことが多かったらしいが、本人もまた、同郷の偉人・坂本龍馬にあこがれ、リョウマになぞらえたショウマと呼ばれることを好んだようである。
 僕は子供の時、寝小便をした。十くらいになっても時々あったように覚えている。これはもとより変質兆候であるが、坂本竜馬も子供の時、寝小便をしたという事を知って、大いに意を強くした事がある。(笑)竜馬も偉くなったから、自分も偉くならないとは限らないと思った。
(白揚社:森田正馬全集第5巻 p.735)
 森田先生と坂本龍馬には共通点があったのである。

2026年1月11日 (日)

神経質礼賛 2425.神経質川柳(3)

 森田療法を活用する自助グループ・生活の発見会の協力医をしているので、毎月「生活の発見」誌を送っていただいている。例年、1月号には会員の投稿による発見会川柳のコーナーがあって、4ページにわたり、優秀作品や佳作が掲示され、イラストレーターのタナカサダユキさんによるイラストが付いていて楽しく読ませていただいていた(743話・2303話)。神経症や森田療法ネタばかりでなく、時事ネタ・加齢ネタもあって実に面白い。雑誌類の気に入った記事はスキャンして保存していて、この発見会川柳のページも2000年から昨年の2025年まで取ってある。

 今回の1月号を見ると、あれれ、いつもの発見会川柳のページがない。それに代わるものとして「幸せ体験お年玉」の投稿記事コーナーがあり、日常生活の中でのちょっといい話が掲載されていた。これは新しい試みで良い事だと思う。川柳だと誰でも投稿するのは難しい面があるし、過去の投稿とかぶってしまう可能性もある。その点、今回の企画ならば気軽に投稿できて、幅広い層の会員からの投稿が期待できる。そして、従来からの川柳ファンのために過去の秀作を紹介したWeb版・発見会川柳タナカサダユキ20選というものが用意されていた。

 神経質の人は自分ばかりが「症状」のために苦しい思いをしている、と考えがちである。川柳には、「症状」を笑い飛ばして「思想の矛盾」から脱却させるすばらしい効能がある。川柳をひねり出す人にも、それを読んだ人にも御利益があるのだ。不定期でよいから、また発見会川柳の登場を期待している。

2026年1月 8日 (木)

神経質礼賛 2424.「京都人の密かな愉しみ」を密かに愉しむ

 先月、BSで「京都人の密かな愉しみ」という番組があるのに気が付いてビデオに録っておいて見て行った。2015年から2年あまり不定期に放送されていた第1シリーズをまとめて再放送したものだ。その後、第2シリーズ「Blue修行中」も放送されたようだが今回の再放送にはなかった。ドラマとドキュメンタリーがミックスされたような作りで、普段公開されていない寺院がドラマの舞台になっていたりしていて興味深い。何代も続いている老舗や寺、京都ならではの古くからある職業の跡取り息子や娘が古いしきたりの中で自分らしい生き方を模索する様が描かれる。美しい情景・季節の移ろいと京都に伝わる生活文化が地元の人目線で紹介されている。大原千鶴さんによる季節の京料理の教室もある。とても魅力的な番組だった。番組の最後に表示される字幕には「このドラマはフィクションどす 実在する京都人とは関係おへん おおきに」と京言葉で書かれている。テーマ曲は武田カオリさんがカバーした「京都慕情」でピアノとストリングスによる伴奏がとても雰囲気があって良かった。

 第1シリーズで重要な役割を果たしていた文化人類学者ヒースロー教授を演じた団時朗さんが亡くなってしまったため、この1月から放送が始まった続編の第3シリーズ「Rouge継承」では渡辺謙さんが代わりの立場を担うようである。ヒースロー教授が番組の中で「本当に京都人はわからない」とつぶやく場面が何度かあったが、古くからの伝統やしきたりを守りつつ周囲に気を配ってバランスを取りながら生きて行く京都人は、かなり神経質度が高いのではないかと私は思っている。一般の人から見たら「本当に神経質人間はわからない」のと同様だろう。この番組の中で京都人の神経質を見つけるのが私の密かな愉しみである。

 

2026年1月 7日 (水)

神経質礼賛 2423.門松は冥途の旅の一里塚

 誰もが正月のお祝い気分に浸っている中、「門松は冥途の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」と歌い、髑髏を杖の頭に付けて「御用心 御用心」と叫びながら街を練り歩いたのが風狂の人・一休(1394-1481)である。縁起でもない、と反発するする人もいただろうけれども、人はいつ死ぬかわからないのだから浮かれ過ぎないように、という警告だったと考えられる。一休の生きた時代は戦乱・病疫・天災・飢饉などでいつ命を落とすかわからなかった。かつては正月で歳が一つ増えるとしていたからめでたいけれども、死に近づいている、ということでもある。一休より少し前の時代を生きた吉田兼好の徒然草にも死が突然やってくることを記した第155段「世に従はん人は~」がある。「死は前よりしも来らず。かねて後に迫れり。人皆死あることを知りて、待つことしかも急ならざるに、覚えずして来る」と書かれている。西洋でもラテン語で「メメント モリ」(死を忘るるなかれ)という言葉があって、古くから絵画の題材に用いられてきた。戦争が繰り返され、ペストのような感染症の大流行のために一気に多くの人々が命を落とした出来事があった。幸いにして現代の日本では戦乱はないけれども、急病や不慮の事故で生活が一変して死と向き合わなければならなくなる可能性は誰にでもある。死は突然にやってきて恐ろしいけれども、だからこそ今この時を大切にして生き尽くそう、ということにもなってくる。

   年末年始休みが終わり、昨日あたりから会社や学校が始まっていて、今朝の電車は通常ダイヤに戻り普段通り会社員や高校生たちが大勢乗っていた。正月の一日も普段の一日も同じ一日である。日々是好日。充実した一日が送れるように過ごして行こう。毎日、できることを積み重ねて行きたい。

2026年1月 4日 (日)

神経質礼賛 2422.山茶花(さざんか)

 12月の中旬あたりから近くの公園の横を通ると赤い花が咲いていて、椿(ツバキ)かな、それにしては早く咲くものだ、と思っていた。ところが、よく見ると「サザンカ」と書かれた札が付いているのに気が付いた。山茶花(サザンカ)と言えば、童謡「たきび」の2番の歌詞「♪さざんかさざんか咲いた道 たき火だたき火だ落ち葉たき・・・」に出てくる名前しか知らず、実際にどんな花か意識したこともなかった。

 サザンカもツバキの仲間であり、ツバキ科ツバキ属に分類されている。中国名の山茶花・・・サンサカが訛ってサザンカと呼ばれるようになったそうである。花の咲く時期はサザンカが10月から3月頃、ツバキが12月から4月頃で重なる時期があって、花の色や形が似ているからちょっと紛らわしい。しかし、外見から区別は可能なようだ。ツバキの花の中央の黄色い花糸(おしべ)は花糸同士が接着していて全体で円筒状に見えるのに対してサザンカでは花糸は一本一本離れている。そして、花が散る時、ツバキは全体がポトリと落下するが、サザンカでは花びらが一枚ずつ落ちて行く。なお、ツバキの花はほとんど香りがないのに対してサザンカは香りが強い。ツバキの葉は艶があり、ギザギザが目立たないのに対して、サザンカの葉は小ぶりで表面に艶がなくギザギザが目立つ。どちらか迷ったら、これらの特徴をチェックしてみよう。冬場に赤い花を見たらツバキかサザンカのどちらだろうかと観察すると、散歩中の楽しみが増えそうである。

 急に冷え込んで空気が乾燥するこの季節、「たきび」の歌詞にあるように手指のしもやけ(2313話)や、ひび・あかぎれ(1825話)に悩まされやすい。私も加齢に従い、年々重症化してきている。悪化してしまう前から早めの皮膚ケアをお忘れなく。

 

2026年1月 1日 (木)

神経質礼賛 2421.新調したもの

 私は普段から衣類や靴など身に付ける物にはあまりこだわりがなく、使えればいいという人間である。珍しく新年に合わせて3点新調したものがある。

   まずは、仕事に行く時に使っているナイロン製のショルダーバッグ。ちょうどA4の文書が入るサイズで、ペットボトル1本と折り畳み傘も横にして収まり、1泊の当直勤務でも何とか使えて重宝していた。2年半にわたりヘビーユーズに耐えてきたが拭いても汚れが落ちにくくなりそろそろ限界かと思い、年末に同じ製品を買って新調した。色も全く同じだが、仕様が変わっていて、フタの部分を止める2カ所のプラスチック製のラッチがなくなり、マグネットで止めるようになっていて、開いてしまいやすい。また、内面のポケットもだいぶ変更されていた。ちょっと使い慣れるまで時間がかかりそうだ。

   靴は黒革靴とこげ茶色のウォーキングシューズの2足しか持っていない。黒革靴は履く機会がめっきり減って、もっぱらウォーキングシューズばかり履いている。一時はファスナー付きのものにしたことがあったけれど、ファスナーなしでも脱着が容易なDUNLOP製のものを見つけて定番買いしている。今回は新年に合わせて新しいものを下した。

   そして、常用している二つ折りの財布。イトーヨーカドーの紳士服売場のワゴンで売られていたものをかれこれ20年位使っていた。だいぶ皮が剥げてきて気にはなっていて次に使うつもりで同じようなものを買っておいてあったけれどもまだ使えるからとずっとそのままにしていた。これも交換する。3点の総額約1万円。安上りな新春リニューアル。気持ちを新たに、日新又日新(141・1290・1463話、『神経質礼賛』p.126)の心がけで毎日を過ごして行こうと思う。

 

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