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2026年4月12日 (日)

神経質礼賛 2455.健康血圧手帳

 通院している循環器内科から健康血圧手帳というものを渡され、朝と眠前の2回血圧を測って記録するように言われて3か月になる。目立つ黄色の表紙で1年分記録できるようになっている。測り忘れないように机の上に置いている。神経質ゆえ、忘れるはずもなく、1日2回だけでは物足りず、何か変だなと思うとつい測って欄外にメモしてしまうのだ。朝の血圧は仕事に行く日はやや高くなりやすい。薬の効きもあって昼過ぎあたりにかなり下がっていることがある。寝る前は収縮期が100未満のことが多い。ちょっと下げ過ぎではないかという気がする。夏場はさらに下がりそうなので、その時には薬の減量が必要になるかも知れない。

 婦人科クリニックに通院している外来患者さんに年齢が私と同じくらいの方がいる。不眠症で以前から内科医院で睡眠薬を処方してもらっていた。寝つきが悪い神経症性不眠である。この人はクリニックの自動血圧計で血圧を測ると収縮期血圧が180以上になることが多く、緊張すると上がりやすい。内科医院受診時も同様である。ところが家で測ると120~130なのだそうだ。「白衣高血圧」といって病医院で上がってしまう人がいて、まさにそれである。血圧が高かったらどうしよう、何か薬を処方されてずっと飲まなくてはいけなくなるのでは、といったことを心配して緊張するのが原因と考えられる。しかし、白衣高血圧ではあっても、その後に持続高血圧に移行することもあるので、油断せずに自宅での血圧測定を続けていただくようお願いしている。

2026年4月 9日 (木)

神経質礼賛 2454.ADHDを活かした似鳥さん

 4月5日(日)・6日(月)にわたって毎日新聞にニトリHD・似鳥昭雄会長に関する記事が大きく取り上げられていた。見出しは、「ADHD」診断に納得・発達障害でよかった、とある。現在82歳の似鳥さんは74歳の時にテレビ番組で発達障害の特集を見て自分もそうではないかと病院を受診してADHD注意欠陥・多動症と診断されたそうである。子供の時から忘れ物が多く、じっとしていられず、飽きやすく、いろいろな思考が駆け巡る・・・まさにADHDの特徴通りだった。失敗続きで落ち込むことが多く挫折を味わい続けたが、好奇心や発想力そして思い切りの良さを活かして大成することができた。

 記事を読んでいると、ADHDだけではない他の性格特性も持っておられるのではないかという気がする。大学を卒業して住み込みで働ける会社を探してバスの広告枠の営業の仕事に就いたが、いざ営業先を前にすると緊張で汗が止まらなくなり、雑談すらできなくなった。8人目のお見合いでやっと現在の奥さんと出会って自分にない接客能力で店の売り上げが伸びたという。これらのエピソードからは対人関係においては引込思案で神経質な面も見え隠れするようにも思えてくる。

 神経質人間の場合、いろいろ考えて行動が伴わずチャンスを逃しがちである。逆にADHDの人だと後先のことを考えずに行動してうまくいけば突破力が生きる半面、失敗も多くなる。この相反する両方の特徴を持った人はいるのだろうか。森田正馬先生がまさにそれかもしれない。高弟の高良武久先生は森田先生のことを「完成された神経質」と評していたが、私の師の大原健士郎教授は御著書の中で純粋な神経質とは言い難いのではないかとたびたび疑問符を投げかけておられた。好奇心が強くて気が多くオッチョコチョイな点は森田先生が自認しておられ、数々の奇妙なエピソードもADHDの特性から説明できるものが少なくないように思われる(1988話・2045話)。画期的な森田療法を編み出すことができた背景にはそうした性格特性があったのではないだろうか。

 

2026年4月 6日 (月)

神経質礼賛 2453.大山崎山荘美術館

 前話の続き。JR山科駅で京都方面への新快速に乗ったが動かない。どんどん人が乗ってきて満員状態である。湖西線の朝の倒木による不通の影響が残っている。ようやく「運転を再開します」のアナウンスがあって発車する。京都駅で降りて次の各駅停車を待つ。ホームは人であふれている。15分ほど乗って山崎駅で降りる。明智光秀の軍と中国大返しの秀吉軍とが衝突した山崎の合戦場は近い。クロード・モネの企画展を見にアサヒグループ大山崎山荘美術館へ向かう。ホームページには駅からは徒歩10分とあった。線路沿いの道を歩いて踏切を渡るといきなり急勾配の上り坂が待っていた。コンクリート道路には「Oリング」と呼ばれる滑り止めのためのドーナツ型をした丸い溝が並んでいる。これは手強そうだ。時折雨の降り方も強くなる。息切れがしてなかなか前に足が出て行かない。仕方なしに息を整えながら小刻みに歩いていく。WC・コインロッカーと表示された建物があったので美術館入口に通じているのかなと思い込んで入ったところ休憩用の椅子が並んでいるばかりでどこにも繋がっていない。ここはレストハウスだった。結局、入口はもう少し上がった所にあった。

 受付を済ませて階段を下りて建築家・安藤忠雄の設計による円柱型の「地中の宝石箱」という展示室に入っていく。通路のガラス窓からは庭の緑が見えるようになっていて、階段通路の写真を撮っている人がいた。展示室には美術館所蔵のモネ8点のうち6点が展示されていた。2点は前期と後期で展示替えが行われるらしい。睡蓮の絵が4点とアイリスの絵が1点、日本風太鼓橋の絵が1点。これだけモネが並んだ展示はめったに見られないだろう。なかなか見ごたえがあった。見終わって再び地上の展示室に上がって行き、もう一つの企画展で河井寛次郎と浜田庄司の陶芸作品を見た。美術品として飾るのを目的としたものではなく、日常生活で使う器に美を追求した作品であり、興味深かった。人気の喫茶室は順番待ちの人が多かった。そこからテラスに出た所からは遠景が望める。雨でなかったらよかったろうに。天気が良くて時間があれば庭の散策も良さそうである。

 帰りは下り坂だから歩くのはだいぶ楽だ。もっとも膝や足を痛めやすいから慎重に歩かなくては。マンホールの蓋など金属板の上は雨でとても滑りやすくなっていて注意が必要だった。山崎駅では列車の遅れはほぼ解消していて、順調に京都駅に戻ることができた。

2026年4月 5日 (日)

神経質礼賛 2452.毘沙門堂門跡

 昨日は日帰りで京都へ。桜の咲く時期に京都を訪れるのは初めてである。混雑しそうな中心部は避け、大山崎山荘美術館と山科に行くことにした。しかしあいにくの雨。それも午後に雨脚が強まりそうなので、順番を入れ替えて先に山科へ行くことにした。

 山科まではJR線で京都から一駅5分である。湖西線が強風による倒木で運休や遅れが出ているとのことだったが、新快速は動いていた。毘沙門堂門跡を目指す。寺のホームページからプリントアウトした案内マップに従って歩いていく。洛東高校グランド横の道を歩いていくと桜が満開で強い風に花吹雪が舞う。右に曲がって疎水沿いを歩くと頭上の見事な桜と足元の菜の花のハーモニーを満喫できる。翌日が桜まつりでかなりの人出が予想されるが、前日でまだそれほど人は多くない。ドラマ「京都人の密かな愉しみRouge継承」第七話「幕の引き方」では毘沙門堂の紅葉まつりと義士祭の模様がエンディングに流れていた。映像で見た通りの石段を登る。本殿を拝み、霊殿の八方睨みの天井龍図を見る。宸殿の狩野派による襖絵は左右に動いて見ると変わって見えて面白い。和製だまし絵とも言えるだろう。そして、何といっても見どころは宸殿前の枝垂れ桜だ。樹齢百年を超える巨樹がちょうど満開だった。境内を拝観してまた石段を下りて行くと境内入口正面中央の石柱の裏側に「平常心是道」(480話)と刻まれているのに気が付いた。南泉禅師の言葉で森田療法ではお馴染みの言葉、はからいのない素直な気持ちが取りも直さず人の求める道である、という意味である。

 次の目的地は安祥寺。疎水に沿って歩いていく。4月は土日の特別拝観日が4回ある。重要文化財の十一面観音と国宝の五智如来坐像が目当てである。十一面観音は美しい御顔を拝むことができた。五智如来坐像は残念ながら京都国立博物館に寄託中とのことでお目にかかれなかった。だんだん雨風が強くなってきた。山科駅に戻り、近くで昼食を摂った。

2026年4月 2日 (木)

神経質礼賛 2451.ラジオ放送再編

 今週の月曜日朝6時頃、いつものようにFMラジオをつけて古楽の楽しみという番組を聴こうと思ったら、英会話が始まってビックリした。そうか、ラジオ放送再編の話がTVで流れていたことを思い出した。それも4月になってからだろうと思っていたら3月30日からそうなっていたのだ。

私は中学1年の時に貯めた小遣いであこがれだったSONYのFMラジオを買った。さらに翌年には同社のカセットテープレコーダーを買って気に入った曲を録音するためにFM番組雑誌でクラシック番組を調べるようになった。いつも平日の朝はバロック音楽のたのしみ(バロックの森)という番組を聴いていた。そこで流れた曲から知った名曲も数多い。案内役はレコードの解説文でおなじみの服部幸三・菅野浩和・皆川達夫といった音楽学者であり、その語りから得た知識も多い。番組名は15年前から古楽の楽しみに変わった。英会話などの教育番組を放送していた中波のNHK第二がなくなり、FM放送に移行したため、今週から古楽の楽しみは1時間早い朝5時からの時間帯に移動したのだ。実際には4年前から2年前にもその時間帯に移動していたことがあったらしいが、その頃は掛川の病院に通勤していて朝の6時過ぎには家を出てしまっていたので気が付かなかった。

 現在ではパソコンやスマホでもネット経由でラジオ番組が楽しめるし「聞き逃し配信」もあって、自由な時間帯に聞けるようにもなっている。ラジオの役割は減少してしまったように思われるかもしれない。しかし、いつでもネットが使えるとは限らない。災害時や不測の事態の時にはラジオからの情報が貴重になる。それに、決まった時間に決まった放送を聞くのが生活リズムを安定させるのにも役立つ。ラジオ放送の価値はまだまだある。

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