フォト
無料ブログはココログ

« 2026年6月 | トップページ | 2026年8月 »

2026年7月30日 (木)

神経質礼賛 2490.真夏の雹(ひょう)

 日曜日の夕方、雷の音がだんだん近くなってきた。そのうち、激しい大雨になる。ところが雨音が普段と違う。カーンとかキーンというような硬いものが屋根やベランダに当たっているような音が混ざっている。窓からベランダを見ると、氷の塊が散乱しているではないか。大きいもので直径2cm位ありそうだ。5分か10分ほどで普通の雨に戻った。雹(ひょう)を見るのは初めてである。それも7月の終わり、真夏に見るとは。霰(あられ)は何度か見たことがあり、小さいからパラパラと音も軽いし路面やベランダでピョコピョコ跳ね上がってかわいらしい。全国ニュースでは、各地の酷暑の状況とともに、当地の雷雨と雹も取り上げられ、手掌に5cm近い大きさの氷塊を乗せている人が写った。この大きさだと、家や車のフロントガラスにヒビが入る恐れがあるし、ビニールハウスに穴が開いたりするだろう。もっと大きければ人がケガをすることもあるかもしれない。幸いにして被害の報道はなかった。

   空から降る氷で大きさが5mm以上のものを雹(ひょう)、それより小さいものを霰(あられ)と呼んでいる。かつては大きな雹が降って、農作物や家畜の被害だけでなく人が死傷するような被害の記録も残っている。雹も油断はできない。もっとも、落雷により死亡する人は国内で年10~20人程度と言われていて、まずはそちらの心配からだ。広いグラウンドでスポーツ中やゴルフ中などに大木の下で一時的に雨宿りをしていて被害に遭うケースも目立つ。いずれにせよ、雷が鳴り始めたら「雨雲レーダー」で雷雲の動きをチェックし、いち早く安全な屋内に逃げ込み、雷雲が通り過ぎるのを待つのが正解である。

2026年7月26日 (日)

神経質礼賛 2489.その「不眠」ホント?

   精神科外来には不眠を主訴とする人が多く訪れる。森田正馬先生の時代も不眠を訴える人は多かった。当時、眠らないと死んでしまうという学説が流布され、特に神経症性不眠の人々は極度に不眠を恐れた。それに付け込んだ種々のインチキ療法も跋扈していた。森田先生のもと月1回開かれた形外会の会長・香取修平氏は貿易会社の社長だった。不眠症を治すために種々の療法を受け別荘を買って転地療養までしたが良くならず、森田先生の「眠れなくてよい」という教えで治っている。森田先生は次のように述べておられる。

 ○○博士のいった不眠の事は机上論である。学者の空論である。昔から餓死という事はよく聞く事であるが、不眠死という事は我等薄聞にしてまだ聞いたことがない。飢餓に迫った人は土でも食うとかいう事であるが、実際に食物がなければ、どうする事もできない。これに反して睡眠はどこでもできる。強行軍では歩きながらでも眠る。拷問でもあまり疲るれば眠らないとも限らない。(白揚社:森田正馬全集 第5巻p.60)

 「全然眠れない」「一睡もできない」と訴える方がいる。睡眠薬を飲んでも眠れないというが、どこかで眠りに落ちていて、それに気づかないだけの可能性がある(1127話・2070話)。本人は起きているつもりでも、睡眠脳波が出ていて実質的には眠っている場合もあるのだ。朝早く目が覚めてしまい、まだ時間があるからもうちょっと横になっていようか、とすると眠ったつもりはなくても気が付いたらいつのまにか1~2時間経っていて驚くという経験はどなたにもあるのではないだろうか。

 睡眠時間が0時間から3時間で家事もこなして働き続けているとアピールしまくっている政治家さんがいる。それが本当ならば国会の最中に睡眠脳波が出ているかも知れないし、正しい判断ができない可能性がある。芸能人ならいざ知らず、重大な責任のある政治家がそれでは困る。

2026年7月23日 (木)

神経質礼賛 2488.プラスαの散歩

 私は散歩に出かけるということはほとんどない。通勤、買物、通院、外食の際に歩いて行くので、それが結果的に散歩になっている。よく言えば目的本位ながら、面白みに欠けるきらいはある。いつも同じコースになりがちだが、桜やツツジやアジサイや紅葉の時期は少し遠回りしてそれが楽しめる公園や学校の横を歩くこともある。街の中からでも富士山が見えるポイントがあるので、そこを通ることもある。そして立ち止まって写真を撮る。最近では体の負担を考えて歩き過ぎないように気を付けているので、1日6~7千歩のことが多い。

 外来患者さんで昼夜逆転がちの人にはたとえ5分でも10分でもいいから朝のうちに家の近くを散歩することを勧めている。そしてついでに新聞を取り込んでパラパラ眺めてみれば一日の順調なスタートになること請け合いである。

 私の師の大原健士郎教授は教授回診の際、患者さんに「どうだね」と声を掛けられていた。「外泊してきました」と言うと「何をしてきたかね」とさらに突っ込まれる。その患者さんは森田療法で入院している中年男性だが、仕事に戻るのを回避して退院をズルズル先送りしている人だった。病院では作業療法やいろいろな当番の仕事があるが、外泊中は自宅でゴロゴロしてTVを見てのんびり過ごしていた。その辺はすべてお見通しだった。何もしなかったと言うと叱られるのは目に見えているので「散歩しました」と言うと、「ただ散歩してたってしょうがないんだよ。ゴミを拾って街を綺麗にするくらいのボランティア精神があったっていいじゃないか」と厳しいお言葉が返ってきた。森田療法では神経質を活かしてより意義のある行動、人の役に立つ行動が求められる。そうした行動ができるようになった時にはすでに治っているのである。

2026年7月19日 (日)

神経質礼賛 2487.動物を飼うことの効用(2)

 朝5時頃になると犬の鳴き声が聞こえてくる。犬を連れて散歩する人たちが通り、それに近所の飼い犬が反応して鳴き声バトルが始まる。新聞を取り込みに玄関を出ると、犬と散歩している人と目が合うこともある。このところ厳しい暑さのため日中のアスファルトやコンクリート道路の温度は50℃前後に上昇しているから、犬の散歩は早朝に集中するのだろう。かつては犬の糞が路上に落ちて片付けなくてはいけないことがあったが、最近は飼い主のマナーが向上して糞は持ち帰るようになり、処理の必要はほとんどなくなった。

   通院患者さんでひきこもりがちの人がいるが、犬を飼っているから朝の散歩だけは欠かさず出かけるという話を聞く。動物を飼うことの効用は以前に書いている(1084話)。注意が外に向くことで症状へのこだわりが軽減して健康的になるのだ。だから入院森田療法を行っていた施設では畑の作業だけでなく、小動物の世話という仕事もあった。生き物の世話は神経質の絶好の使いどころである。

 森田正馬先生の診療所では、ニワトリとウサギそしてサルが飼われていた。ニワトリは森田先生の好物の卵を得るためであり、ウサギは毛皮を得る、そしてサルは研究用であった。子犬を捨てようとしたエピソードは以前紹介した通りである(2041話)。

 森田先生の最後の直弟子でのちに湘南病院院長となった竹山恒寿が熱帯魚を持参したところ、「君はこんな物を持ってきて、私が喜ぶと思っているのか。熱帯魚は世話が大変だし、すぐに死ぬのではないか」と周囲の人が竹山に同情するほど、厳しく叱責した、という話が残っている。森田先生の場合、動物はペットではなくあくまでも実用本位であった。

2026年7月16日 (木)

神経質礼賛 2486.ここに泉あり

 105歳のピアニスト室井摩耶子さんの訃報記事を新聞で読んだ。ピアノ雑誌「月刊ショパン」に原稿を書き続けてこられ、今月号に最後の記事が掲載されるというから驚嘆に値する。まさに生涯現役を貫かれたのだ。室井さんは映画「ここに泉あり」に作曲家で指揮者の山田耕筰とともに特別出演されていたと知り、YouTubeで映画を見てみた。

 映画「ここに泉あり」は1955年の作品。創始期の群馬交響楽団の実話を基にしている。主演の岸恵子は音楽学校を卒業したばかりのピアニストでただ一人の女性団員役。山田耕筰の東京フィルと合同演奏をすることになる。山田の指揮でソリストは室井摩耶子さん。チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番を演奏していた。室井さんの演奏はすばらしく、迫力満点だ。それを目の当たりにして団員たちは演奏レベルの差を思い知らされる。オーケストラといっても仕事は小学校での演奏や療養所の慰問くらいで収入はほとんどなく給料は未払い。管楽器の団員はチンドン屋のアルバイトをし、夜になるとヤケ酒を煽っては喧嘩し、楽器はしばしば質屋に行ってしまうような有様。見切りをつけて次々と団員が辞めて行く。経済的なメドが立たず、ピアノもなくなり、練習場所も追われ、楽団を解散することになるが、最後に山奥の分校から依頼された演奏会をやってからにしようという話になる。メンバーたちは楽器や荷物を抱えて山道を歩いて行く。分校の子供たちの前でオーケストラの楽器紹介をするが、木管楽器奏者たちは辞めてしまっていて不在である。子供たちは熱心に聞き入る。何曲か演奏して最後は「赤とんぼ」を演奏し子供たちにも歌ってもらう。山道を歩いて去っていく楽団員に大勢の子供たちが遠くから手を振る。感動的な場面である。しかしその直後、自宅を抵当に入れ私財を投げ打って楽団を支え、この日も病を押して参加していたマネージャーがついに倒れる。これで万事休すか。それから数年後、山田耕筰は軽井沢に向かう列車の中で「次は高崎です」という車掌の案内を聞いて、「あそこにあった楽団は今どうしているの?」と言い出す。隣席の東京フィルのマネージャーから「潰れたって話を聞きました」と言われるが、高崎で途中下車して練習所に立ち寄ってみる。すると、グリーグのピアノ協奏曲を練習している最中で、山田は飛び入りで指揮を始める。ようやく県から補助金が出るようになって、団員も増え、演奏レベルも大幅に向上していた。東京フィルとまた合同演奏会をすることになり、山田の指揮でベートーヴェンの交響曲第9番を演奏する場面で映画は完結している。室井さんの新聞記事が縁となって、すばらしい映画を見ることができた。室井さんに感謝である。

2026年7月12日 (日)

神経質礼賛 2485.花火の季節(2)

 7月9日は自宅近くの(駿府)清水寺の縁日。朝から花火の音が鳴り響いていた。一週間ほど前に「きよみずさんの花火」(2004話)の広告が新聞の折り込みチラシの中に入っていた。花火の寄付金を出した会社の名前が掲載されていて、その中心は市内の大手不動産会社だ。鉄道会社、ローカルTV局、生命保険、信用金庫、自動車販売店、建設会社、に混ざって近隣の飲食店の名前も並ぶ。かつて徳川家康がこの清水寺を参詣したことを記念して、三河から瓦職人として駿府に移ってきた渥美氏が手筒花火を上げたのが起源とされ、約400年続いている。

 花火は19:30スタート。例年は雨のことが多く打ち上げ時の煙が低く停留して見にくいこともあるが、今年は珍しく晴天に恵まれた。屋上に出て眺める。風が涼しい。近所の家々でもベランダや屋上に家族が集まって見物している。浴衣を着た家族連れが道路を歩いているのが見え、賑やかである。毎分1~2本散発的に打ち上げられる。15分に一度連発花火スターマインの打ち上げがあって華やかであり、この時は大きな歓声が上がる。21:00少し前に最後のスターマインが上がって終わりとなる。動画に撮って、離れて暮らす子供に送る。

 これからは花火の季節。梅雨が明ければ本格的な真夏が待っている。熱帯夜のために寝苦しくもなる。熱中症、紫外線による皮膚や眼のトラブルに気を付けて長い夏を凌いでいこう。

 

2026年7月 9日 (木)

神経質礼賛 2484.ひきこもりとAI

 ニュース番組でAIのChatGPTと結婚したという女性の話を見て、とうとうここまで来たかと驚いた。もちろん、法律上の結婚が認められるわけではなく、御本人の認識上でのことである。AI利用は急速に広がっている。学生のレポート作成は以前から話題になっていた。研究者が論文作成に秘かに使用して問題となることもある。最近ではスマホを使用する高齢者も増えていて、話相手や相談相手にAIを利用する人もみられるようで、これなどは寂しさを癒してくれるとともに認知機能の衰えを補ってくれそうである。私はまだAIを積極的に使ったことがないが、何か検索するとAIが調べて答えるような選択肢も表示されてくる。試しに選択してみると、そのまま発表できそうなまとまった答えが表示され、レポートや論文作成に利用されるのも無理ないなあと感心するばかりである。もっとも、AIは嘘をつくこともあるので、丸写しは考えものである。

 外来通院患者さんで家にひきこもって何もしていない、という人がいる。一日の過ごし方を聞いてみると、ボーっとしている、スマホをいじっているという答えが返ってくる。スマホでどんなことをしているかとさらに尋ねると、何となくゲームをしたり動画を見たりしているとのこと。こうした人たちがAIを利用したらどうなるだろうか。先述の高齢者のように、よき相談相手になる可能性はある。本人を否定するような発言はなく耳障りのよい答えが返ってくるから感情の安定が図れるかもしれない。もしかするとAIを利用して直接他人と接することなく働く手段を見つける人も出る可能性もある。しかし、AIとの会話にのめり込んでAIに依存してますます実生活で人との交流を避けてしまう恐れもある。AI利用がひきこもりの人にどのような影響を及ぼすか注視していこうと思う。

 

2026年7月 5日 (日)

神経質礼賛 2483.優良運転者表彰?

 静岡中央警察署内交通安全協会から封書が届いた。「警察」の文字にちょっとドッキリしながら、何だろうと思って開封すると、優良運転者表彰候補者選考通知という文書が入っていた。「あなたは優良運転青銅賞候補者として選考されました。つきましては同封の申請書に必要事項をご記入の上、ご返送いただきたくお願い申し上げます」とある。切手を貼った返信用封筒も入っている。別に希望したわけでもない。なぜ「選考」されたのか不明である。

   私の場合はホームセンターやスーパーで買い物をするために週1回運転するのがせいぜいである。ガソリンスタンドに行くのは3~4か月に一度で走行距離は年1000km未満であり、車を点検に出すたびに「もう少し運転してあげないとかえって車が傷みますよ」と言われてしまう。無事故無違反も単に運転機会が少ないからに過ぎないからであって、優良運転者とは言えないだろう。警察を名乗る詐欺もある御時世である。もしかして、何か高額な記念グッズを買うように要求する悪質商法ではないかと勘繰ってしまうが、ネットで調べると現金を要求されるようなことはなくまっとうな賞らしい。正直言って、終活しなくてはならないこの時期に表彰状とか記念メダルを頂いても困ってしまうし、授賞式が勤務日と重なると勤務先に迷惑をかけることになる。そこで、申請書には「表彰を希望しない」のボックスにチェックを付けた。その場合、理由を書かなくてはならず、ちょっと困った。「業務多忙のため申し訳ありません」と大人の言い訳を書いて返送する。

2026年7月 2日 (木)

神経質礼賛 2482.サッカーW杯

 今週の月曜日、昼食を食べに定食屋さんへ向かう。いつも遅い時刻に行くので、「売切」の看板が出て、ドアにCLOSEDの札がかかっていることがある。ここの食事にありつける「勝率」は6~7割といったところ。この場所まで来てダメだと吉野家一択になってしまう。OPENの札を見て安心して入店する。早くできる豚生姜焼き定食を頼む。揚げ物だと注文を受けて揚げてくれるがちょっと時間がかかる。小鉢とセルフでよそう味噌汁が付いて700円はありがたい。店のオニイサンがカウンターの常連客と大声で話をしている。話題はサッカーワールドカップの日本対ブラジル戦。厳しい戦いだが、勝てる可能性もあると期待しているようで、翌日午前2時からの中継放送は絶対に見るとのこと。ニュースで街の人々のインタビューでも日本の勝利を期待する声が強かった。深夜なので翌日の仕事の心配をする人もいたが、高齢男性は「いつも夜中にトイレに起きるので見れます」と。

 私もそうだ。午前3時頃目が覚めてトイレに行ったついでにTVをつけると後半戦が始まる直前、1-0で日本がリードしていた。これはもしかして勝てるかも知れない、と期待してまた横になる。朝6時に起きて1-2で逆転負けとなったことを知った。

 私の世代ではサッカーよりも野球になじみが強い。スポーツ漫画・アニメも「巨人の星」「ドカベン」など野球物が多かった。自分の子供世代では逆にサッカーの方がメジャーになった。子供もサッカーをやっていたから、地元のJリーグの試合を一緒に見に行ったり、家族で東京に出かけた時には御茶ノ水のサッカーミュージアムに寄ったりした。その頃はまだ海外のプロチームで活躍する選手は少なく、世界とのレベル差は大きかった。現在では世界中で活躍する日本人選手が増え、今回のチームを見れば強豪国チームに引けを取らないメンバーになっていた。結果は残念だったが立派な戦いぶりだった。このまま着々と地力を伸ばして行けばいつかW杯優勝も夢ではない。

2026年7月 1日 (水)

神経質礼賛 2481.富士山噴火の心配

 先週はダブル台風7号・8号が到来したが、その前に山梨県を震源とする地震があった。震源地に近い町では震度6弱を記録し首都圏では震度4だった。私は自宅の1階にいて揺れを感じた。当地の震度は3。妻は入浴中で全く気が付かなかったという。山梨県が震源だと聞いて、「富士山が噴火しない?」「火山灰が降った時の防塵マスクを買っておいてよ」などと言い出す。騒ぎ過ぎだとは思うが、全く荒唐無稽とも言い切れない。

 私が小学生の頃、富士山は休火山と教えられた。現在は活火山とされている。最後に噴火があったのは江戸時代の宝永4年(1707年)。今から300年以上前のことである。噴火は2週間続き、火砕流を発生させ、大量の火山灰を降らせた。それらが火災や急な堆積を引き起こして甚大な被害をもたらした。現在の小山町周辺が壊滅的な打撃を受けた他、火山灰は江戸にまで降って、人々の生活に大きな障害をきたした。活火山である以上、いつ再噴火してもおかしくはない。火山灰は東側に流れやすいと考えられるが、富士山の西側斜面で噴火が起きないとも限らない。その場合には当地もかなり影響を受ける可能性はある。通常の地震対策として水や食料や生活備品の買い置きはあり、今でもマスクは仕事中や外出時は常用していて買い置きがあるけれども、火山灰対策のマスクまでは買っていない。感染症対策の医療用N95マスクならば防塵マスクとしても使えそうなので、少し用意しておこうと思う。備えあれば憂いなしである。

« 2026年6月 | トップページ | 2026年8月 »

最近のトラックバック

2026年8月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31