神経質礼賛 2488.プラスαの散歩
私は散歩に出かけるということはほとんどない。通勤、買物、通院、外食の際に歩いて行くので、それが結果的に散歩になっている。よく言えば目的本位ながら、面白みに欠けるきらいはある。いつも同じコースになりがちだが、桜やツツジやアジサイや紅葉の時期は少し遠回りしてそれが楽しめる公園や学校の横を歩くこともある。街の中からでも富士山が見えるポイントがあるので、そこを通ることもある。そして立ち止まって写真を撮る。最近では体の負担を考えて歩き過ぎないように気を付けているので、1日6~7千歩のことが多い。
外来患者さんで昼夜逆転がちの人にはたとえ5分でも10分でもいいから朝のうちに家の近くを散歩することを勧めている。そしてついでに新聞を取り込んでパラパラ眺めてみれば一日の順調なスタートになること請け合いである。
私の師の大原健士郎教授は教授回診の際、患者さんに「どうだね」と声を掛けられていた。「外泊してきました」と言うと「何をしてきたかね」とさらに突っ込まれる。その患者さんは森田療法で入院している中年男性だが、仕事に戻るのを回避して退院をズルズル先送りしている人だった。病院では作業療法やいろいろな当番の仕事があるが、外泊中は自宅でゴロゴロしてTVを見てのんびり過ごしていた。その辺はすべてお見通しだった。何もしなかったと言うと叱られるのは目に見えているので「散歩しました」と言うと、「ただ散歩してたってしょうがないんだよ。ゴミを拾って街を綺麗にするくらいのボランティア精神があったっていいじゃないか」と厳しいお言葉が返ってきた。森田療法では神経質を活かしてより意義のある行動、人の役に立つ行動が求められる。そうした行動ができるようになった時にはすでに治っているのである。
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