フォト
無料ブログはココログ

« 神経質礼賛 2500.変わる歴史の常識 | トップページ | 神経質礼賛 2502.動き始めればしめたもの »

2026年9月 1日 (火)

神経質礼賛 2501.現代アート展

 前話の犀が崖から浜松市美術館までは近いが、暑さが厳しいし、バス停のバス接近ランプが点いていたので、来たバスに乗った。運転席すぐ後ろの席に座ってあらかじめ両替をしておくのが神経質のなせる業だ。

 浜松城公園に入ってすぐ、木立の中に美術館が見えてくる。「いま、私は現代アートと出会う」というテーマで草間彌生、奈良美智、村上隆、ウォーホル、バンクシーなどの作品が展示されていた。会場に入ると草間彌生の水玉模様が印象的なPumpkin(カボチャ)が出迎えてくれる。草間作品が6点並んでいた。草間さんは先月97歳で亡くなられている。アニッシュ・カプーアのEclipseは不思議な作品だ。凹面鏡2枚が直角に配置され、室内が映されるが、見る位置によっては鏡と鏡の間に膜のような虚像が映し出される。どうしてこんな虚像ができるのか、ちょっと考えても思いつかない。美術作品というより科学館に展示した方が良いのではという気もする。チケットにも印刷されている奈良美智の「Ash Night」に描かれた女の子のイメージは強烈である。頭に焼き付いてしまう。石田徹也の「無題(2)」にも目を引き付けられた。大きな作品であり、8人ほどの自分が描かれ、同じ表情でコンビニで買った物を食べながらいろいろなことをしているが他の「自分」には無関心そうである。石田徹也の作品は静岡県立美術館が所蔵しているものが多く、代表作「飛べなくなった人」にみられるように自己不全感や疎外感が漂っていて、見る者の心に刺さってくる。バンクシーの「Avon and Somerset Constabulary」は双眼鏡で何かを探している警官2人。落書きに目を光らせる警察への批判だと言われている。夏休みの最後とあって、小中学生たちで賑わっていた。しばし非日常の世界に浸ることができた。

« 神経質礼賛 2500.変わる歴史の常識 | トップページ | 神経質礼賛 2502.動き始めればしめたもの »

コメント

四分休符先生

このやかましい時代、時折、美術館を訪れて、絵画や彫刻などと静かに向き合うのは精神衛生的にも良いように思います。
ふだん私たちを縛っている言葉から少し離れて、言葉にならない「何か」を感じる時間を意識的に持つのは大切なことかもしれませんね。

石田徹也は、文字通りすべてを絵に捧げ、身を削って制作に打ち込んだ人でした。これからますます評価が高まるでしょう(でもその生き様はちょっと痛々しい。彼の作品と同じように)。

それにしても、この頃は展覧会の入場料もだんだん値上がりして(大阪中之島美術館の「フェルメール 真珠の耳飾りの少女展」は実に¥3,000です!)、気軽に美術鑑賞もできなくなってきました。つらいです(涙)

ちなみに、僕もバスに乗ったらすぐに小銭を用意してずっと握りしめています。だから、降りる間際になって運転席の横で両替を始める人の気持ちがわかりません(関西のバスはたいてい降車時に料金を払います)。そういう人は、後続の乗客の邪魔になったり発車を送らせたりして迷惑をかけているのにわりと平然としています。もっと神経質になってほしいものだといつも思います。

kunu 様

 コメントいただきありがとうございます。

 時々、「美術館浴」を愉しみたいものです。
 仰るように、料金の高騰は気になります。
 特に海外の人気作品の企画展だとお高い
ものが多くなっていますね。

 地元でバスに乗る時はチャージしてあるIC
カードをタッチして払いますが、他の市のバス
だと現金になってしまいます。あらかじめ小銭
を用意してはいますが、今回のように何度も
乗ると不足してしまうので、それを見越して早
めに両替して、迷惑をかけないように気をつけ
ています。神経質の生かしどころです。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 神経質礼賛 2500.変わる歴史の常識 | トップページ | 神経質礼賛 2502.動き始めればしめたもの »

最近のトラックバック

2026年9月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30