神経質礼賛 2497.生命(いのち)のメッセージ展
空を見上げると時々秋のようなうろこ雲・すじ雲を見かけるようになった。しかし日中は強烈な日差しで、日傘では防ぎきれない腕や手の甲がヒリヒリ痛くなる。街でいくつか用事を済ませ、ちょっと時間が空いた。県庁別館の前を通ると展望ロビー開放中の表示が出ていたので、久しぶりに行ってみることにした。『家康その一言』の原稿を書いていた頃は本に載せる富士山の写真を撮るために何度か通った所である。
エレベータで21階まで上がると、たまたまフロアで「生命のメッセージ展」の展示があった。3日間限定の展示で、各地を巡回しているのだろう。全国で起きた交通死亡事故で亡くなられた被害者20人の等身大の白いパネルには元気だった時の写真とともに事故の状況が書かれていて、足元には事故時に履いていた靴が置かれていた。残された御家族の悲憤を伝えるメッセージもある。柔道の練習から帰宅の途中、飲酒運転の車にはねられて死亡した県内の19歳の男性。「今は合宿に行っているんだね。帰っておいで」という母親のメッセージが胸に突き刺さってくる。
交通事故だけでなく先日の熊本地震の際のガス爆発のような種々の事故、そして犯罪被害に巻き込まれて突然に理不尽な形で命を奪われてしまった人の御家族の悲しみや苦痛は年月が経ってもなかなか癒えるものではないだろう。命を大切に、当たり前のことだけれども、誰もが自分のこととしてとらえ、事故や事件を少しでも減らしていく工夫を尽くしていくことが必要である。「ちょっとくらいいいや」ではなく生命の安全には神経質であるに越したことはない。
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