神経質礼賛 2495.カモフラージュ
8月13日付毎日新聞の「くらしナビ」というコーナーに「カモフラージュ」頻度減少という見出しの記事があった。「となりの発達障害」というカラー見出しもついている。大学時代、グループワークになじめず友達の輪に入れず発達障害ではないかと気になっていた学生さんが就職。仕事は自分に向いていて職場の雰囲気も良いが、電話対応が苦痛で会社の飲み会にもなじめず、溶け込むために無理をしてふるまっているうちにストレスがたまり、心療内科で自閉スペクトラム症、ASD・注意欠陥多動症ADHDという診断を受けた。自分の特性を理解するプログラムを受け、上司にも理解してもらい、カモフラージュの頻度は減ったという。ここでは、発達障害の人が無理して過剰適応することをカモフラージュと表現しているようである。
しかし、程度の差こそあれ、誰しも社会集団の中で生活しなければならない以上、自分を抑えて周りに合わせて行動していかざるを得ない。人格personalityの語源はラテン語のペルソナPersonaと言われ、これはギリシャ語で俳優たちが用いた仮面のことである。一人前の社会人たちは仮面を被り、場面に応じて仮面を使い分け、自分の欠点を隠しながら行動しているとも言えよう。
元来、神経症(不安症)の治療法である森田療法では「外相整いて内相自(おの)ずから熟す」「健康人らしくすれば健康になれる」とし、症状や気分はそのままにしてその時その時必要な行動を取っていくようにと説いている。森田正馬先生は次のように言っておられる。
仕事に熱がない。興味の起らない時には、ただ規則に示された通りに、他人の真似なり仕事のふりをしていてもよい。ただ規則に従っていさえすれば従順である。また腹はへらなくとも、イリ豆をちょいちょいつまんでいるうちに食欲がそそり出されるように、仕事でも素直に、いやいやながらやっているうちに、ツイツイ身が入って、興に乗ってくるようになる。この辺の気合を体得してもらわなければならない。(白揚社:森田正馬全集 第5巻P.396)
入院中の患者が、初めは仕事がいやでも、その心のままに、これを否定・抑圧しようとせずに、ボツボツやっておれば、心は自然に、外向きに流転して、いつの間にか、いわゆる仕事三昧になるという事は、容易に体験のできる事であります。(同 第5巻 p.397)
気が乗らないままに少し手を出してみるとそれが「呼び水」となって行動の連鎖が起こり結果的には症状はあってなきが状態となるのだ。指導者の中には健康人を装うようにと言う人もいるが、自分が持っている健康的な部分を最大限発揮して伸ばしていくのが森田療法であり、意識的にカモフラージュする必要はないように思う。


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