フォト
無料ブログはココログ

2024年2月22日 (木)

神経質礼賛 2198.うるめいわし

 月に一度は行く蕎麦屋さんに春の山菜の天ぷらが登場するようになった。当分の間、楽しめることになりそうだ。それとともにマイブームとなっているのが「うるめいわし」である。行くたびに注文している。長さ6~7cmでとても細い。かっちり焼いてあって硬いけれども噛むと旨味がじわーんと口の中に広がる。ちょっぴりほろ苦いのもいい感じだ。イワシの目刺しの旨味をぎゅっと凝縮したような感じである。日本酒でも焼酎にでもよく合う。その後で食べる蕎麦もよりおいしく頂けるというものだ。うるめいわしは普通のイワシ(マイワシ)とどう違うのだろうか。頭が小さく、目が大きく潤んでいるように見えることからその名前が付けられているという。そしてマイワシのような黒い斑点がない、という外見上の違いがある。脂肪分が少なく、鮮度が落ちるのが極めて早いため、生では出回らず、干物向きだそうである。

 以前、食卓によく登場したサンマはすっかり不漁で貴重品になり、近海魚のアジやサバも安価とは言えなくなってきた。イワシの仲間はまだ大丈夫そうである。子供の頃はイワシの目刺しを食べたものだ。尿酸値が髙い方は控える必要があるだろうけれど、丸ごと食べてカルシウムが豊富に摂れるイワシは栄養面で優れている。もう少し食べられてもよいのではないだろうか。

 

2024年2月18日 (日)

神経質礼賛 2197.第二の人生

 4年ぶりに高校の同期会があった。すでに皆さん定年退職を迎えている。近況報告を聞いていると悠々自適の年金生活を送っているのは1~2割程度といったところか。全国百名山に挑戦しているとかゴルフ三昧という人もいる。多くの人たちは再雇用で働き続けたり今までとは別のところで嘱託やパートで働いたり、といった状況である。まだフルタイムで働いているのは私を含めて医療系の人である。普段、歯の治療でお世話になっている歯科クリニックの女医さんは、「もう体力的にきついからやめたいけれど70歳まではクリニックを続けます」と言う。「この中にも3人ほど診ている人がいるからやめられないです(笑)」と。そのうちの一人は私である。同じテーブルの横の席に座っていた女性もその歯科クリニックに通院していると知った。病院の薬剤師さんをしていたが、定年になってクルーズの旅を楽しもうと思っていたらコロナの流行で行けなくなり親の介護も発生して、結局いくつかの調剤薬局でパート勤務をしているという。教員だった人たちも学校・塾などでまだまだ働いている。   定年になったら今まで行けなかった旅行に行こうとか趣味に時間をかけようとかいろいろ考えている人は多いと思うが、いざそうなってみるとなかなか思うようにいかないものである。それに、老後の蓄えを大きく取り崩すのも心配である。男性の場合、定年になって家にゴロゴロしていると妻に嫌がられるという話はよく聞くところである。名刺の肩書がなくなってしまうと寂しいものである。今までの経験を生かして、細々でも働き続けるのが無難であるし、良い意味での緊張感・生活の張りを持ち続けるのにも役立つ。それは老化を遅らせることにもなるはずである。八十代・九十代になっても店を続けている人や職人をしている人たちを見れば仕事の効果は明らかである。お金を稼ぐ仕事ばかりでなくボランティアもよい。自分らしくあり続けるためにも働いて人と関わりを持ち続けていきたいものだ。

2024年2月15日 (木)

神経質礼賛 2196.抗ヒスタミン剤の眠気

 2月も中旬に入り、暖かい日が多くなった。それまで「少ない」だった花粉予報が昨日は今年初めて「多い」になった。いよいよスギ花粉シーズン到来である。クシャミ、鼻汁、目のかゆみといった症状が出る前から抗ヒスタミン剤を飲み始めると効果が大きいから、2月になってからは毎日服用している。前の勤務先ではビラノアという眠気が出にくい薬があったが、今の勤務先ではそれがなく、やむなくザイザルという薬のジェネリック薬・レボセチリジンを服用している。これはジルテックという薬の改良型で眠気は少なくなっているということだが、どうも眠くていけない。普段は睡眠時間が短いのが、爆睡して朝寝過ごしそうになることがある。当分は半錠に減らしてみようかと思っている。眠気は脳内H1レセプターの占拠率が低いほど少ないはずだけれども、必ずしも公表されているデータの順番通りにはいかない。代謝の速さの個人差も影響しているのだろうか。

 

 「2月は逃げる」「3月は去る」の言葉通り、何かと行事が入り、忙しくてバタバタしやすい時期である。そろそろ確定申告も始まる。来週になったら申告書を作って提出しに行くつもりだ。落ちがないように一つずつ片づけて行くことにしよう。

 

2024年2月11日 (日)

神経質礼賛 2195.小澤征爾さん逝去

 世界的な名指揮者の小澤征爾さん逝去というとても残念なニュースが入ってきた。近頃TVで見る小澤さんは大型車椅子上の人になっていたけれども音楽への情熱は失われていなかわった。斎藤秀雄から学び、若くして国際指揮者コンクールで1位となりカラヤンに認められた。しかし、日本ではNHK交響楽団が小澤さんの指揮をボイコットした。そういえば、小澤さんがN響を振っている番組は見た記憶がない。トロント交響楽団やボストン交響楽団の音楽監督を務め、世界のオザワとして活躍してこられた。素晴らしい名演奏の数々はCDなどで聴き継がれていくことになるだろうけれど、私が小澤さんの指揮した音楽の中で一番だと思うのは、サイトウ・キネン・オーケストラで演奏されたモーツァルト作曲ディヴェルティメントニ長調K.136である。小澤さんの師匠の斎藤秀雄から教えを受けた演奏家たちが集まっての密度の高い演奏をした中でも特にずば抜けている。それもそのはず、斎藤秀雄が亡くなる直前にもう動きにくい手を使って命がけで学生たちを指揮した曲がこの曲だったという。世界中でソリストとして活躍している弦楽器奏者たちが競いあってそれでいてピッシリと一つにまとまった演奏の迫力は特筆すべきである。斎藤秀雄は高い集中力を弟子たちに求めていた。それが小澤さんにも受け継がれ、さらには次の世代に続いていくのだろう。

 余談になるが、斎藤秀雄は元々チェロ奏者だった。チェーンスモーカーで、ニコチンが切れると機嫌が悪くなり当たり散らしたというし、普段のレッスン中もタバコを吸いながらチェロを弾いていたという。小澤さんも斎藤秀雄から指揮棒で叩かれたりスコアを投げつけられたりということがあったらしい。チェロを修理に出したら、タバコの灰がチェロの中に溜まっていたというから、相当体にも悪かっただろうと思う。一流の指揮者で教育者だった斎藤秀雄だが、実は大変なあがり症だったという話もある。あがり症であっても、人前で一流の仕事はできるものである。

 

2024年2月 9日 (金)

神経質礼賛 2194.再スタート

 今週の火曜日、10日ぶりの出勤。医師になってからというもの風邪で休んだことは一度もなかったし、11年前に急性硬膜外血種でICUに入院した時もまだ血種はそのままだったが5日後には強引に退院して眩暈でふらふらしながら出勤していた。しかし、今の勤務先はコロナやインフルの場合の業務停止基準が明確に決められていて、勝手なことはできないので規定通りに休んだ。その間、当直や外来は他の先生たちがカバーしてくれていた。病棟の受け持ち患者さんの病状変化にも他の先生が対応してくれてあった。御家族との面談予定日はケースワーカーさんが延期してくれてあった。さあ、再スタートである。いつも通り5時に起きて6時10分には、雨の中、当直カバンを肩に掛けて出勤である。

 まず、電子カルテを開けてびっくり。ある程度予想していたとはいえ、報告事項が溜まっていて、201件と表示されていた。201件を超えるともはやカウントされない、という噂は聞いていた。実質300件位ありそうだ。そして、書かなければならない書類の山も待っていた。外来患者さんについて他の医療機関からの照会、年金診断書、精神保健福祉手帳診断書、自立支援医療診断書、ハローワークに提出する診断書、生活保護の医療要否意見書、介護認定のための主治医意見書、傷病手当金意見書など気が遠くなりそうだが、仕方なしだ。急を要するものから一つ一つ処理していく。とにかく外来担当日なので、外来診察を午後1時位までに何とか済ませて病棟へ。こちらも処理しなくてはないことだらけだ。病棟で同年配の看護師さんから「痩せちゃったねー、大丈夫?」と声を掛けられる。当直中は幸い大きなできごとはなく、書類の処理を進めていった。2日がかりでようやく「借金完済」となった。今回、初めてインフルエンザに罹ってしまったのは抵抗力が弱っている証拠である。もう少し栄養と休養を増やして潰れないように気を付けたい。

 

2024年2月 4日 (日)

神経質礼賛 2193.オポチュニティー(好機)の後ろはツルツルの禿頭

 先月、一般向けの森田療法セミナーの講師を依頼された。講演時間は合計80~90分間。会場で話すのではなくビデオ録画してYouTubeで流すのだそうである。初めてのことであるし、以前、BS-TBSの歴史番組に少しだけビデオ録画で出演した際にひどく緊張した記憶があって躊躇(ちゅうちょ)したが、せっかくのオファーなので引き受けることにした。次のような森田先生のオポチュニティー談義を思い出した。

 人から何か物を頼まれるとか、仕事の口を授けてくれるとかいう時に、もしイエスかノーかに迷って決し難い時は、さしあたりまずイエスと答えておく事にする。私も昔からこのやり方をいろいろと経験してきた。私の大学助手時代、私の先輩の一人に、丁度私と反対の人があった。当然イエスの明瞭な事柄にも、なかなか容易にイエスといわない。多くの人は、このイエスの答をいたずらに躊躇逡巡するために、得難い機会・オポチュニティーを取り逃がしてしまう。天から降ってきた運命を、自ら切り開く事ができない。
 ある人のたとえ話に、オポチュニティーというものは、長い髪が前にばかり生えていて、後ろはツルツルの禿頭である。至るところに飛び回り窓からでも出たり入ったりしている。これを前からつかまえれば、容易にとらえられるが、後ろからは決して、つかまえる事はできないというのである。このイエスも同様で、その時期を失えば、後からいくら頼んでも、思うようにならぬ事はいくらでもある。
 私が今日まで得て来た奉公口でも、原稿や講演を頼まれる時でも、私はいつでもなるたけ早くイエスと答える。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.535)

 さて、引き受けたはいいが、スライドや原稿の作成で慌てている。4月のビデオ撮りまで演奏会以上に準備に追われ緊張することになりそうだ。

 

2024年2月 3日 (土)

神経質礼賛 2192.静岡マラソンの交通規制

 昨年末に母の一周忌をお寺に予約しておいた。2月の終わりか3月前半ということになるが、温かくなってからの方がいいだろうということで3月10日の11時にしたのだった。親戚に声を掛けるのはやめて家族だけで行うことにした。集まるのは私と妻、弟、それに都合がついたら子供ということで、3~5人である。弟から連絡があり、前夜にホテルを予約しようと思ったら、どこも満室で、たまに空いているところはとんでもない高値になっているというのだ。結局、前泊はあきらめて新幹線で日帰りすることになった。その時期、大きなイベントはないはずなのにおかしいと思って調べてみると、5年ぶりに静岡マラソンが3月10日に開催されることになっているそうで、これは全く頭になかった。そうなると、市内、特に駿府城公園周辺は早朝から大々的に交通規制が敷かれる。交通規制エリアは路線バスも通れなくなってしまう。お寺へ行けなくなってしまうのでは、と心配になる。静岡マラソンのホームページから交通規制の情報をプリントアウトしてよく調べてみる。多分、10時半頃にはお寺へ向かう県道の規制は解除されそうなので、渋滞で少し遅刻しそうな時はお寺に電話を入れて待ってもらうようにすれば何とかなるだろう。あとは、花屋さんに予約して花を当日の出発前に取りに行く。お供えの菓子には母が好きだった虎屋の羊羹を用意することにしようと思う。

2024年2月 1日 (木)

神経質礼賛 2191.インフルエンザ恐るべし

 一昨日未明、体熱感を感じた。出勤準備をするがどうもおかしい。体温を測ると38℃だった。コロナ・インフル対策のためこれでは出勤できない。朝7時になるのを待って、勤務先に一報を入れる。ネットで発熱外来をしている医療機関を調べる。徒歩5分位のところにある内科医院はかかりつけ患者でなくても対応してくれそうなので、予約の電話を入れる。一番早くて10時になるとのことだった。同じ時間帯に予約した人が4人いた。駐車場の入口に作られた3畳位の小屋に「発熱外来」の看板があった。その前で順番を待つ。ストーブは用意してくれてあったが、少々寒い。順番が来て、問診と鼻腔の検査。15分待って、「コロナは陰性でしたが、インフルA型が陽性でした。薬を出しておきます」との宣告だった。「LINEの登録もして下さい」と言われて、登録すると、それが診察券になっていた。近くの調剤薬局もやはり発熱者用に外にストーブが用意されていた。インフルエンザ治療薬タミフルのジェネリック薬5日分と解熱剤を受け取る。早速勤務先に結果を報告。1週間業務停止である。患者さんの御家族との面談予定は組み直しになるし、他の先生たちに迷惑をかけてしまうし、仕事が溜まってしまうのが痛い。

 インフルエンザともなると妻に伝染してしまうのが心配だ。普段から不潔には厳しい妻なので、家の中でもマスク着用、「あちこち触らないで頂戴」ということでビニール手袋を渡される。インフルエンザの予防接種は受けているし、外ではマスク常用していたが、それでも感染してしまうとは・・・。インフルエンザ恐るべしである。

 

2024年1月28日 (日)

神経質礼賛 2190.冗談音楽

 先週の日曜日、FMの「×(かける)クラシック」という番組をかけたら、いきなり栗コーダーカルテットによるベートーヴェンの交響曲第5番「運命」が流れてきた。以前、TVの「らららクラシック」という番組で紹介されたグループの演奏である。リコーダーの合奏というだけでもかわいらしいのに加えて調子が外れていて力が抜けてしまう。笑うしかないという演奏だ。そう言えば、このグループによるダース・ベーダーのテーマがバラエティ番組のBGMによく使われているなあ、と思って検索してみると、YouTubeで確認できた。重厚な原曲との落差が大きすぎて本当に可笑しい。もしこのグループがショスタコーヴィチの交響曲第5番「革命」の第4楽章を演奏して緊迫感を脱力感に変えてしまったらどういう演奏になるだろうかと想像する。

 演奏による冗談ではなく元々の曲がパロディになっているものがある。サン=サーンスの「動物の謝肉祭」はその典型だろう。第4曲「亀」はオッフェンバックの「天国と地獄」の旋律を超スローモーションにしている。第5曲「象」もベルリオーズの「ファウストの劫罰」とメンデルスゾーンの「真夏の夜の夢」を引用。第11曲「ピアニスト」は有名な練習曲をわざと下手に弾くというもので、皮肉たっぷりである。サン=サーンスの存命中は第13曲のチェロの名曲「白鳥」以外は出版されず、仲間内だけで演奏を楽しんでいたようだ。

 その名も「音楽の冗談」K.522という弦楽合奏+ホルン2本の構成のモーツァルトの曲がある。医大オーケストラで弾いたことがある。常識的な作曲技法から外れた曲で、ここぞという所で不協和音が鳴り響く。第3楽章にはヴァイオリンのカデンツァまでついていて、だんだん音程が上ずっていく様を描いている。第4楽章の最後は無茶苦茶な和音だ。下手な作曲家と田舎の演奏家を揶揄した作品になっている。たまにはこういった音楽で硬くなった頭と体を和らげるのもいいことかも知れない。

 

2024年1月25日 (木)

神経質礼賛 2189.多死社会

 昨年末から妻の親類などの葬儀が相次いでいる。私の親世代は90代くらいで、その世代は兄弟姉妹が多いから伯父(叔父)・伯母(叔母)の葬式が続きやすいのはやむをえないと思っていたら、今週になって弟の義父が亡くなったという連絡をもらった。私の母の時に御香典も頂いているから、参列できなくても御香典と生花を送ろうと思い、日取りを聞いて驚いた。火葬場の順番待ちのために葬儀は亡くなってから何と10日後になってしまったというのだ。最近、首都圏では火葬待ち日数が長くなって深刻な問題になっているという。

 以前から多死社会ということが言われていて、一昨年の2022年あたりからすでに突入しているという説がある。多死社会では高齢化によって死亡数が増大して総人口が減少していく。縁起でもないと思われるだろうけれど、これが現実である。少子化も一層進み、労働人口は減少の一途をたどる。現在のような医療・介護システムが継続できなくなるのは目に見えている。医療・介護分野でのロボットやAIの利用は必須となるだろう。

 それでも私たちは生き延びていかなくてはならない。自分の健康維持に気を配って健康寿命を延ばしていこう。仙厓さんの「老人六歌仙」の画にあるように、心身の老化はあっても、自分なりの楽しみを見つけて生き尽くしていきたい。体が衰弱しても乳母車にちょこんと座って散歩を楽しまれた森田先生を見習って「生の欲望」を燃やし続けたいものだ。

 

より以前の記事一覧

その他のカテゴリー

最近のトラックバック

2024年2月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29