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2018年1月19日 (金)

神経質礼賛 1467.人を見て法を説け

 森田療法に限らず、すべての精神療法はその人に合った使い方をしなければ効果がないばかりか有害になる可能性もある。同じ症状であっても人の性格特性や能力には個人差があるから、森田療法にしても金科玉条のごとく「あるがまま」「行動本位」を振り回してもうまくいかないことがある。状態によっては薬物療法が必要なこともあるだろうし、症状の辛さに共感して支えながら適度な作業を選択するようアドバイスすることが必要な場合もあるだろう。その時のその人の状態に合わせた診立てが精神療法家には求められるのである。まさに「人を見て法を説け」である。森田先生は次のように言っておられる。


 さて、前に話したように山野井君には、字が全く書けないのに、会社を辞職してはいけないといい、今また、早川君には本人が病気が治らないと思っているのを、家へ帰って家人には治ったといわなければならないというのは、常識からいえば、なんと考えても、無理で、身勝手で、言語道断というよりほかない。しかるに山野井君は、その無理が通って、たちまちにして心機一転して治り、早川君は充分に実行ができなかったがために、全治する事ができなかった。私がこれらの人に対して、無理な要求をするのは、いわゆる「人を見て法を説け」であって、この人ならば、これで治ると思うからであって、こんな事を普通の人にいったら、それこそ全く馬鹿にされてしまうのでありましょう。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 
p.144


 症状の有無にかかわらず健康人らしく行動するよう導いていくのが森田療法の特徴である。恐怖突入
(212)で突破できれば大きな進展となる。機が熟したタイミングを見計らって背中を押すわけであるが、本人が頑として動かなければ効果が出ないのは言うまでもない。素直な人ほど治りが早い。

2018年1月15日 (月)

神経質礼賛 1466.ファイル誤消去

 現在自宅で使っているノートパソコンは買ってから6年になる。マウスと同じ働きをする部分の具合がだんだん悪くなってきた。ボタンを押しても利かなかったり、逆に押し続け状態になったり。その結果、一つのファイルを移動とか削除したいのに複数のファイルが選択されてしまうことがある。インターネットのブラウザも勝手にボタンが押されて次のページに進んでしまって危険である。文書を打っていると、突然カーソルがとんでもない所に移動して打ち直す手間がかかる。スイッチの接触が不安定になっているのと、ポインティングデバイスが過敏になっていて、ごくわずかな振動に反応してしまうのが原因のようだ。昔の機種はコントロールパネルからポインティングデバイスの感度調整ができたが、現在の機種ではできず、仕方なく、ガマンして使っている。外付マウスを使えばいいじゃないか、と言われそうだが、外付マウスは場所を取るしUSBポートを1個占有してしまうから使っていないのである。

 この問題のために、2カ月前、マイドキュメント内の多くのファイルを誤消去してしまった。その中にoutlookファイルが含まれていたから、プロバイダメールが使用不能になってしまった。あれこれ設定し直して、先週ようやくメール送受信できるようになったけれども、消去してしまったメールはどうにもならない。普段、「ごみ箱」の中を空にする時には内容をチェックしているから、もし必要なファイルまでごみ箱に入れていたら元に戻すことができたのだが、たまたま急いでいてチェックを忘れた時に消去してしまったのである。神経質が足りないとひどいことになる。忙しくてもごみ箱を空にする時には必ず確認するのが鉄則である。

2018年1月12日 (金)

神経質礼賛 1465.一枚の年賀状

 4年ぶりにAさんから病院に年賀状が届いた。消印は1月9日付。52円で送れる限度の7日を過ぎているため十円切手が貼ってある。かつて、双子で生まれたお子さんたちを抱いた写真の年賀状をもらったが、それから二十年。大学生になり大人びた二人が写っていて、近況が細かい字でびっしりと書き込まれていた。強迫の確認行為のため、何をするにも時間がかかる人であるから、年賀状が届くのはいつも1月中旬だったなあと思い出す。お元気そうだし、お子さん方も立派に成長している様子で安心した。こちらも十円切手を貼った年賀状を送る。

 Aさんは私が研修医の頃、浜松医大に入院した人である。森田療法を受けていたが、感情のコントロールが困難な人で、大爆発を起こして治療半ばで退院して行った。その後、主治医が転勤になり、私が引き継いだ。Aさんの行く先々では様々なトラブルが起き、外来に来るAさんの感情の嵐をただ受け流すほかなかった。私が大学の助手を辞めて現在の病院に転勤になってからは他のいくつかの病院に通院していたがどこも中断し、遠路はるばる御主人と子供さんたちを連れて私の外来に来ることが何度かあった。訴えの主題は日常生活でいかに自分が苦労しているか、夫がいかにズボラで非協力的かという2点であり、そのうち夫を非難して夫婦喧嘩を始めるのだった。一旦診察が終わっても、何度も診察室に入ってきては確認を求めていた。やがて、受診することはなくなった。

強迫は今もあるけれども、子育てをしていく中でだんだんと感情のコントロールができるようになっていったのだろうと推測する。ある意味、子供に育てられて親も成長する。そして、医者も患者さんに育てられて成長するのである。

2018年1月 3日 (水)

神経質礼賛 1463.日新又日新(3)

 元日の分厚い新聞には大企業の全面広告がいくつも載っている。最後のページには創業100周年を迎えるパナソニックの広告があった。パナソニックの前身・松下電器産業の創業者にして「経営の神様」と呼ばれた松下幸之助(121話・1378)の詩が書かれている。四書『大学』の中にある日新又日新(141話・1290)という言葉を踏まえた「日に新た」と題する詩だ。後半の一部を紹介しよう。


 
 万物は日に新た。

 人の営みもまた、天地とともに

 日に新たでなければいけない。

 憂き事の感慨はしばしにとどめ、

 去りし日の喜びは、

 これをさらに大きな喜びに変えよう。

 立ちどまってはならない。

 きょうの営みの上に明日の工夫を、

 明日の工夫の上に、あさっての新たな思いを。

 そんな新鮮な心を持ちつづけたい。

 そんな思いで、この日この朝を迎えたい。


 
 あくなき「生の欲望」に沿って前へ前へと進もうという姿勢が示された詩である。松下幸之助の生き方がよく表れている。


  しかしながら、若いうちは明日があるさ、とがんばりやすいけれども、歳を重ねるにつれ、「憂き事」は増えるし、それを跳ね返すパワーも衰えていく。諸行無常であって、老・病・死は如何ともしがたい。それでも森田正馬先生は生の欲望に沿って行動することを身をもって示された。体調不良を抱えながらも講演旅行に行かれたのである。西に行かれる時はたいてい京都の三聖病院に立ち寄られ患者さんたちの前で話をされていた。


  僕は死ぬるのはいやである。しかし今は大きなことをいっているが、明日でも死ぬかも知れない状態にある。それで古閑君が注射器を持ってついて来ているのである。しかし僕は死ぬまで神経質の研究を続けたい。それがありのままの僕の生命である。

 仏教では、涅槃という事をいうが、涅槃とは、死ぬることである。死ぬるとは生き尽くすということである。あの人は三年たって死んだといえば、三年生きたということになる。よく生きるということは、よく死ぬるということである。いま僕は九州へ立つ前のあわただしい四十分の時間に、諸君に話をしている。あわただしいということも事実であれば、諸君に話をしたいということも事実である。すなわち、こうして話している事が、ありのままの僕の生命である。筑波山で一足一足と下へ向かわずに、上向きに歩いたのと同じ事で、私の生命の目途(もくと)が、私をそちらに向かわせるのであります。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.160


  たとえ老いても重病を抱えてもできることはある。森田先生にあやかって一歩でも上向きに歩を進めよう。

2018年1月 2日 (火)

神経質礼賛 1462.AI(人工知能)面接

 一昨日、大晦日の毎日新聞第一面の「縮む日本の先に AIと生きる」というテーマの記事を読んで愕然とした。就職面接にAIが使われ始めたという話題だった。学生は自宅で面接が受けられるので、何社も走り回って疲弊することもないし、面接者の好き嫌いが入らず公平でいいという意見もあるようだ。企業側は面接要員や会場の確保が不要になって採用コスト削減できるし、統計データを元に離職する可能性の高い人物を排除して離職率を低減させることが可能になる。さらに社会面には、ある病院での定期的な職員に対するAI面接の様子が書かれていた。

 記事を読んで、ここまで来ているのかと驚いた。AIはものすごい勢いで進歩し、普及しつつある。AIが将棋や囲碁のトップ棋士に勝ったというのはつい最近の話だ。おそらく5年後、10年後には私たちの日常生活のあちこちにAIが入り込んでいるのは間違いない。

医療の世界も例外ではない。画像診断、検査データの判断は今すぐAIに置き換わってもおかしくない。最初は診察補助のような形でAIが入ってきて、最後はAIによる診断・治療というようになっていくだろう。精神科でもすでに行政の強い「指導」によりICD(WHOによる診断基準)による操作的診断法が主流になっているから、AI面接で診断し、ガイドラインに従った薬を処方するようになる。難治例は遺伝子診断からその人に適合した薬剤選択をする。認知行動療法もAI化しやすいだろう。

最後までAI化できずに残るのは森田療法の根本部分(生き方を含んだ教育的な面)だろうか。神経質を活かしている指導者の薫陶を受けて精神的に成長し、生き尽くす・・・生を全うできるようにするのが、森田療法の隠された最終目標だと私は考えている。こればかりは生身の人間でなければできない。もっとも、現代の森田療法ではこの部分はすっかり形骸化してしまった。形外(こころ)を忘れては、認知行動療法と一緒くたにされてAIに埋没してしまうのは時間の問題である。

2018年1月 1日 (月)

神経質礼賛 1461.雑念はあってよい

 今年も例年通り、洋風のおせち(741話)とそれとは別の店で調達した和風おせちを妻の実家に持って行き、皆で食べる。正月用の祝箸だとちょっと食べにくいのが煮豆である。割箸のように断面が四角形の箸だと掴みやすいが、祝箸のような丸箸だと、掴んだつもりがスルリと逃げてしまうことがある。


 前話の井上常七氏は雑念恐怖に悩んで森田先生の門を叩いた。先生は煮豆を例に説明されたという。


  私が初めて診察を受けたとき「雑念があって、勉強ができない」といったところが、先生から「君は煮豆を箸ではさむ時に、左の手の茶碗をひっくり返すか」といわれた事があります。その後、心は同時に、一方のみでなく多方面に働いているという事がわかり、一方には、雑念が沢山にわきながら、かえって読書でも、仕事でも、はかどるものであるという事を知ったのであります。 (白揚社:森田正馬全集 第5巻 
p.309


 私も雑念は気になるたちである。しかし、雑念を振り払って集中しようとすればするほど、ますます雑念が増大して集中できないという悪循環に陥る。そもそも、雑念を完全になくそうということ自体、不可能なのである。雑念が浮かんでも、それはそのままに放っておいて、目の前の仕事をしていれば、雑念はいつしか薄れて消えていく。もちろん、また新たな雑念が浮かんでくるけれども、それもまたいつしか自然に消えていく。空の雲のようなものである。放っておけば雑念はあってもないも同然となる。これが雑念即無想
(230)である。座禅修行を積んで雑念がわかないようにしようという人もいるかも知れないが、森田式では難しい修行は不要。雑念は浮かぶままに放置して、手足を動かして目の前の仕事をしていくだけなのでよいのだ。

2017年12月29日 (金)

神経質礼賛 1460.神経質は偉いもんだよ

 森田正馬先生の治療を受けて全快した後も先生の教えを受け続け形外会幹事を務めた人の中に井上常七(1909-2010)氏がいる。森田先生がある患者さんの親族に泣きつかれて購入した森田旅館の支配人を任され、のちに熱海呉竹学園の教員となった。百歳を超える御長寿で、亡くなる少し前まで講演されたり、「生活の発見」誌に寄稿されたりして、森田療法の生き証人と呼ばれていた人である。その井上氏が形外会で次のように述べた記録がある。

昔は私は他人から神経質と見られるのを恐れて、神経質の本を包みの内に隠していましたが、今では神経質は偉いという事を吹聴するようになりました。この頃は学校でも神経質という事が大分流行するようになりました。先日も学校で、雨が降り出した時に、ある男は傘の用意をしていまして、神経質は偉いもんだよといっていたような事があります。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.97


 
 自分が神経質である、と公言することは躊躇する人が多いだろうと思う。かくいう私も神経質であることを公言するようになったのは40代になってからである。万事につけ心配性の神経質はワーストケースを考えていろいろと準備する。そして失敗や事故を未然に防ぐことができるのである。これは優れた資質であり、偉いものだよ、と言ってよいだろう。たまにネット通販などで、商品へのクレームを恐れてか、「神経質な方の注文は御遠慮ください」などと書いてあるのを見かけることがあるが、神経質は善良であって金払いも間違いない。不当なクレームは、神経質が足りない人間のやることである。全く馬鹿げた但し書きであり、「神経質が足りない方の注文は御遠慮ください」と書くのが本当だと思う。


 
 今年も当ブログをお読みいただきありがとうございました。神経質礼賛の旗印を掲げてまもなく12年目になります。まだ続きそうです。(四分休符)

2017年12月25日 (月)

神経質礼賛 1459.年末の仕事

 今年も残り少なくなってきた。年末は何かとやらなくてはならない仕事や雑事が多い。大晦日の一日で片付けるわけにもいかないので、週末がチャンスだった。いろいろな掃除、年賀状書き、買い出しなど、とあれこれあって、手間を考えると面倒だなあ、ということで気が重くなりがちだ。特に神経質人間はその傾向が強い。しかし、あれこれ考えていても、どっちみちやらなくてはならないのだから、気分は乗らなくても少しでもよいから早く手を付けるに限る。森田正馬先生が「神経質は重い車」と言われたように、神経質人間は考え過ぎて動き始めるまでに時間がかかる。しかし一旦動き始めたら今度は簡単には止まらない。

 一昨日は寒いけれども朝一番にお寺へ行って墓掃除を済ませ、買い出し、母の家の掃除。夜はたまの外食で寛ぐ。昨日はとりあえず年賀状に取り掛かる。昼過ぎ、暖かい時間を見計らって大きなサッシ窓の拭き掃除をする。ついでに車の窓も拭いておく。木の枝が隣家の方まで伸びているのを見つけてカットする。納戸の蛍光灯が点くまで時間がかかるのに気が付いてグローランプを交換する。「見た所に仕事あり」だ。ちょっと休憩してから最近弾いていなかったヴィオラを弾く。それから残った年賀状を書き上げる。こんなに早く年賀状を終わらせた年は近年なかった。「あれこれ気の張っている時、最も仕事ができる」(1374)の通り、仕事が連鎖的に好循環していくのである。

2017年12月22日 (金)

神経質礼賛 1458.冬至のかぼちゃ

 今日は冬至。冬至にはかぼちゃを食べるのが良い、と言われている。「冬至の七種(ななくさ)」という言葉がある。南瓜(なんきん→かぼちゃ)、蓮根、人参、銀杏、金柑、寒天、饂飩、といった「ん」で終わる食物を食べると縁起が良いということだ。迷信と言ってしまえばそれまでだが、ビタミンAやCなど栄養豊かなかぼちゃ・人参、そして古くから民間薬としても使われてきた金柑は、風邪をひきやすい季節を乗り切るのには適した食べ物であり、古人の知恵とも言えるだろう。

 私の母はかぼちゃが大好きだ。子供の頃はかぼちゃの煮物が食卓によく出てきた記憶がある。今でもかぼちゃがあったら半切れや4分の1カットではなく1個で買ってくれ、と言われるが、スーパーではカットされているものしか買えないことが多い。本来は夏の産物だから、この時期、国産の貯蔵かぼちゃの他、メキシコ産、ニュージーランド産、トンガ産など国際色豊かなかぼちゃが並んでいる。1個売りのかぼちゃを手に入れるには昔風の八百屋がある太田町市場という店に行って買ってくる。この店は店頭に野菜や果物を並べて売っている。西日が当たっていてもお構いなし。値段はスーパーより安いが、傷んだハズレ品もあるので、神経質人間としては、よく見て買うようにしている。丸ごとかぼちゃの他、りんご、柿、みかんなどを買うとずっしり重くなる。それを手に母の家に向かう。

 冬至は
1年で1番昼間が短い。ということは、明日からは少しずつ日が長くなっていくということでもある。そして、やがて春がやってくるのだ。今が最悪だ、最低だ、と嘆いている方々もおられるかも知れない。今が底ならば明日は必ずもう少し良くなる、そして良くなるようにやってみよう、というように見方を変えてもらえればと思う。

2017年12月18日 (月)

神経質礼賛 1457.ハイケンスのセレナーデ

 一昨日には病院のクリスマス会があった。私は前座のトップバッターである。持ち時間は20分間。クリスマスソングは後で真打の「森田バンド」(職員によるギター・キーボード・ドラムなどのグループ)がやってくれるので、今回はあえてクリスマスソングを外した。1曲目はパッヘルベルのカノン。TV番組やCMBGMに多用されていて、一日に何度も聞くことがある曲だ。かなりゆったりしたテンポで演奏されるのが普通だけれども楽譜に指定されているテンポは結構速い。そこで速目のテンポにし、第2ヴァイオリンのパートはオーボエ音、第3ヴァイオリンのパートはフルート音にして違いをハッキリさせた伴奏音源を作った。2曲目は以前書いたクライスラー編曲版のヴォルガの舟唄(1437話)、3曲目はサラサーテ作曲ツィゴイネルワイゼン(短縮版)、4曲目目はハイケンスのセレナーデ、アンコール曲はいつものサティ作曲ジュ・トゥ・ヴというプログラムである。ハイケンスのセレナーデというと馴染みのない方も多いかもしれないが、心が軽くなるような名曲である。戦時中はNHKラジオ番組「前線へ送る夕(ゆうべ)」のテーマ曲として流れていたので80代以上の方は耳にしていたはずであり、私の母も好きな曲である。作曲者のハイケンスはナチスに協力したとして捕らえられて獄死しており、残っている曲は少ない。この曲は現在ではJRの寝台列車などで車内チャイム音に使われているらしい。もっと演奏されてもよい曲だと思う。

 午後の外来診察を30分ほどストップするため、その旨を外来に掲示しておいてもらう。伴奏音は大音量が出る私物のCDラジオのUSBモードで再生。トラブル発生時には病院にあるラジカセで再生できるようにCD-RWを用意、心配性なので念には念を入れ、マイクロSDが再生できるポータブルのスピーカーも用意した。万一、ヴァイオリンにトラブルが発生した場合にはサイレントヴァイオリンにスピーカーを繋いで弾ける準備も怠りない。そして昼休みに現場で音を出して最終確認した。

 さて、幕が開くと暗い会場は患者さんたちやクリスマス衣装に身を包んだ職員さんたちで会場は一杯、ライトが当たり緊張感が高まる。曲目説明はしどろもどろ気味である。1曲目と2曲目の演奏は無難に終える。3曲目は短縮版にしたとはいえ難曲である。最後の速弾きのところで左手ピチカート(弦を指ではじく奏法)が何カ所か落ち、曲の最後の右手ピチカートも外してしまうという有様だった。とにかくホッとして4曲目のセレナーデは気分よく弾いていたら、緊張が抜けてコーダ(終わり)部分への入りを間違える。やはり緊張は必要である。緊張が足りないと失敗する。アンコール曲は会場を歩き回りながら弾く。大きな拍手に応えて2回弾くことになった。

 翌日、病棟を回っていると、自分の担当ではない患者さんたちからも「良かったよ」と声をかけてもらった。そして、担当している90歳近い認知症の患者さんから「ヴァイオリンお上手ですね」と言われ、覚えていてくれたんだとうれしく思った。

 

 

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