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2019年9月20日 (金)

神経質礼賛 1667.森田療法セミナーの講師

 昨夜は森田療法セミナーの講師を依頼されていた。お題はリクエストにより「徳川家康と神経質」というテーマだ。参加者は森田療法を勉強している医師や看護師やカウンセラーさんたち。心配症なので、パワーポイントデータが入ったUSBメモリを3本用意した。

 会場は代々木の家庭クラブ会館でその近辺は全く不案内である。心配だから、まず開始の2時間以上前に場所を確認に行く。その後は新宿界隈の歩いて行ける立ち寄りスポットとして中村屋サロン美術館を選んだ。入口を見落としてかなり先まで行ってしまい、戻って見つけた。開館5周年記念ということで荻原守衛展だった。31歳の若さで亡くなった荻原の代表作「女」が展示されていたけれども、「文覚」に引き込まれた。文覚は北面の武士だったが同僚の妻に横恋慕して誤って殺してしまい出家する。平家物語では、源頼朝に父・義朝の髑髏を見せて平家討伐を促す怪僧として描かれている。かっと見開いた眼と葛藤を内在させた顔の表情が大迫力である。彫刻家として知られる荻原のデッサン・油彩画・水彩画・手紙類も展示されていて興味深かった。新宿の中村屋は荻原ら多くの芸術家たちを支援していて、その歴史も面白い。新宿の喧騒とは別世界で一時を過ごす。腹ごしらえをして再び会場へと向かう。

 パワーポイントの資料は、以前の出版記念講演会の時のものに手を加えている。まず、私自身を神経症の症例として自己紹介してしまおう、という算段である。後は師の大原健士郎教授の教えを紹介して、それから本題に入る。1時間前に会場に戻ると、まだ誰もいないので、電気を点けエアコンを入れる。最初に来られたのは精神科クリニックを開業している先生で、当ブログを読んで下さっているとのことだ。有難いことだ。だんだん人が集まってきて参加者は十人を超える。2時間のうち前半は私の話、後半は病院勤務の看護師さんによるパニック障害の患者さんの症例報告と意見交換会だった。ふと気がつけば終了予定時刻を過ぎている。帰り際に、やはり当ブログをお読みいただている方から、プレミアムベビーチーズのゴルゴンゾーラ入りを頂いた。プレミアムは私が行く店にはないのでうれしくなる。包装フィルムが金色なのがプレミアム感を出している。どうもありがとうございました。

2019年9月15日 (日)

神経質礼賛 1666.ハイドンの「告別」

 以前、398話に書いたオーストリアの作曲家フランツ・ヨーゼフ・ハイドン(1732-1809)104曲にものぼる交響曲を作曲し、「交響曲の父」と呼ばれているが、そのうち何曲を聴いているか、と問われたら、恥ずかしいほど少ない。かつてハイドン作曲とされていた有名な「おもちゃの交響曲」はアマデウス・モーツァルトの父親であるレオポルト・モーツァルトの作曲だということになったが、さらに現在ではオーストリアの神父で作曲家のエトムント・アンゲラーの作品であるということに落ち着いている。

 ハイドンの交響曲の思い出というと、高校生の時に弦楽合奏部と吹奏楽部と合同でハイドンの交響曲第94番「驚愕」・・・いわゆる「びっくりシンフォニー」を演奏したこと位だろうか。わが弦楽合奏部は少人数で吹奏楽部は大人数だから音量がアンバランスでそれだけでも「びっくりシンフォニー」だった。当時の吹奏楽部のフルート奏者は、つい最近まで長く財務官としてTVニュースによく出ていたA君だったなあと思い出す。医大オケではベートーヴェン、モーツァルトの交響曲はよく演奏したが、ハイドンはトランペット協奏曲だけで交響曲は一曲も弾いていない。

 ハイドンは気配り上手の人で、穏やかな循環気質、メランコリー親和型と考えらるが、神経質と見て取れる面もある。彼は長年にわたり大貴族エステルハージ家に楽長として仕えた。その仕事は作曲ばかりでなくお抱え楽団維持に関する雑用が多く大変であったらしいが、ソツなくこなしている。家族と離れて生活する楽団員たちが休暇をもらえず不満がくすぶっていたのを察知したハイドンは主人の前で交響曲第45番「告別」を演奏した。第4楽章では、十二人の奏者が順々にロウソクを消して退場していき、ついにはヴァイオン二重奏になり、その二人もロウソクを消して退場して終わる。エステルハージ侯爵は、楽団員たちの思いを知って休暇を与えたということだ。一人、二人と消えていくのを見ても何も感じない・神経質が足りない雇い主では話にならないが。

 「ハイドン 告別 動画」で検索すれば、2009年のウィーンフィルのニューイヤーコンサートから告別の第4楽章をYouTubeで見ることができる。8分ほどの曲で、その半分位から団員が立ち去り始める。指揮者のバレンボイムはおやおや、という表情で指揮の手を止めるが気を取り直してまた振り始める。大オーケストラの団員が次々と舞台から姿を消していくのだから聴衆から笑いが漏れる。最後に残った奏者の楽譜をのぞき込み頭をナデナデしてあげたりするのだが、その二人も姿を消し、無人となったオケを指揮しても音はなく、唖然とするバレンボイム。なかなかの役者ぶりである。

2019年9月12日 (木)

神経質礼賛 1665.サライ

 少なくとも年に1、2回は買う雑誌がある。小学館のサライである。新聞広告を見て興味を引く内容だと買いに行く。文学・美術関係や京都関係のものはよく買う。読みたいな、と思っても、書店に行きそびれて売り切れてしまうこともある。今、売られている10月号は「京都 日本の美の原点へ」というテーマだ。まず「庭の美の秘密」ということで、名庭園の掃除や手入れに関する記事があった。石庭の代表、龍安寺庭園の美しい砂紋は一体どうやって作り出すのかとても興味深い。朝6時から担当の副住職さんが2種類の熊手を使って1時間かけて手入れするのだそうだ。一度始めたら気になるところがあってもやり直しはきかない。そして、同じ砂紋は二度と作れない。大徳寺瑞峯院では、79歳の老師が鉄板の歯が付いた重い熊手で彫りの深い砂紋を引いているのだそうだ。50年間も続けておられるというから大偉業である。

 サライは平成元年に創刊され、ちょうど30周年なのだそうだ。出版不況で雑誌が次々と廃刊になる中、よく健闘している。どう見ても愛読者は中高年男性たちと思われる。今回はウェストポーチとして使えるバッグが付録として付いていた。色は臙脂がかった赤なので、私にはちょっと抵抗がある。私のバッグはどれも地味な黒か濃いモスグリーンである。そして、心配性の神経質ゆえ、ついついあれこれ詰め込んで重くなる。折り畳み傘、スマホ、MP3プレーヤー、筆記用具、三文判、買物用のエコバッグ二つ、財布を落とした時に備えての現金、サングラス、ティッシュペーパー、ウエットティッシュ、虫刺され用の軟膏、風邪薬・・・。もしも警官に職務質問されて荷物を調べられたら警官が呆れるのではないか、と妄想する。それに、どこへ行くにもあれこれ調べては欲張った計画を立てる。たまにはこの付録のような小さなバッグ一つで、ふらっと気ままな旅に出てみようか。

2019年9月 8日 (日)

神経質礼賛 1664.音楽の泉

 日曜日の今朝、いつものようにラジオをつける。8時過ぎからNHKラジオ第一放送で「音楽の泉」が始まる。子供の頃からずっと聴いてきた番組である。テーマ曲のシューベルト作曲「楽興の時第3番」は不変である。曲目解説があり、演奏者名もしっかり言ってくれるのがありがたい。この番組で聴いて初めて知った名曲がずいぶんある。今日は70周年記念番組だった。1949年9月11日に始まった超長寿番組であり、解説者は現在3代目の音楽学者・皆川達夫さんである。初代は作曲・作詞家の堀内敬三さん、2代目は音楽評論家の村田武雄さんだった。初回放送のプログラムから、ハイフェッツ演奏のサラサーテ作曲ツィゴネルワイゼンが流される。初期の放送は生放送であり、音源も片面5分程度のSPレコードの場合があったから、2台のプレーヤーを切り替えてかけるような苦労もあったらしい。70年ということは年50回として、3500回位放送されたことになる。ラジオの音楽番組はFM放送に移り、CDやネット配信のMP3さらにはネット動画から簡単に音楽が聴ける時代にはなったけれども、ぜひこれからもAM放送で続いて欲しい番組である。

 長続き、ということでは神経質のする行動も長続きである。森田正馬先生が「神経質は重い車」と言われたように、なかなか動き出さないが一旦動き出したら簡単には止まらない。まだブログというものがそれほど一般的ではなかった頃、手探り状態で始めた当ブログもいつの間にか14年目を走っている。月10話と決めているけれども、書きたいことがいくつもある時と正直言ってネタ切れで困ったなあというような時がある。それでも、森田療法の指導で使う言葉「見たところに仕事あり」ではないが、「見たところにブログネタあり」であって、何とか途切れずに続いているのである。

2019年9月 5日 (木)

神経質礼賛 1663.鎂(マグネシウム)

 昨夜、夕食を食べながら録りためたビデオを見ようと思ったら、妻がNHKの「ガッテン」を見たいというので付き合うことになった。「心疾患&糖尿病をダブルで予防!すごさ発見“あの栄養素”とは!?」というお題。いかにも健康番組好きの奥様方が飛びつきそうな話である。
  マグネシウムという漢字「鎂」(金偏に美)があるとは初めて知った。マグネシウムは体重60kgのヒトが約30g持っている重要な成分だ。骨や歯の材料であるとともに、体内酵素の活性化作用がある。最近の疫学調査により、マグネシウムを多く含んだ食品を摂っている人では、心疾患発症リスクが3割減ったとか糖尿病の発症率が4割減ったというような発表が出ているという。とはいえ、薬の治験のように純粋にマグネシウム投与群と非投与群を二重盲検法で比較したデータではないので、マグネシウムだけの効果だとは言い切れないのではないだろうか。マグネシウムを多く含む食品は、豆腐や納豆などの大豆製品、海藻、魚介類、ほうれん草、玄米など、和食の食材たちであり、これまでも健康に良いとされてきているものばかりであるから、マグネシウム以外の成分が病気の予防に関与していることも十分に考えられる。現代の若い人では和食を食べなくなっているためマグネシウムが不足していて、さらにストレスが加わるとマグネシウムは尿から排出されやすくなってますます不足しがちになる。マグネシウム不足が2型糖尿病の一因になることは言われている。だからマグネシウムをもっと摂りましょう、という番組の主張はまあわかるが、安易にサプリや緩下剤(酸化マグネシウム)で摂るのは問題である。最近は、常用性がない安全な下剤として酸化マグネシウムのTV-CMが流れているが、639話「マグネシウムの摂り過ぎは危険」に書いたように、緩下剤の酸化マグネシウムを常用していてマグネシウム中毒に陥り死亡した例が報告されている。また、「にがり健康法」でにがりを多量に飲んでマグネシウム中毒のために死亡した事例もある。何でもほどほどが大切なのである。こういう健康番組に早合点してはいけない。

2019年8月29日 (木)

神経質礼賛 1660.竜巻発生?

 昨日の朝、病院に着いてしばらくして、豪雨と突風に見舞われた。病院の前の坂道は一時、川のような状態となった。1時間ほどで一旦収まったが、そのうちまた激しい雨になる。外来の患者さんたちの中には傘が役立たず、ずぶ濡れになってしまった人たちがいた。車のない人は、三島駅から1時間に1本しかない路線バスに乗り、バス停から5分ほど歩かなければならないからお気の毒である。ある患者さんから、「今、TVのニュースでこの辺が竜巻らしい突風で屋根や壁が飛ばされたと言っているけれどここは大丈夫ですか?」と聞かれた。午前外来を終えて、昼のニュースを見ると、病院と同じ住所地である三島市徳倉で突風のため民家の屋根や壁が飛ばされ、マンションのガラスが割れてけが人が出て、日大三島高校のテニス場の屋根も一部がはがれ飛んでいる映像が流れていた。自動車が横転して、運転中していた人がけがをしたとの情報もある。竜巻だったのだろうか。気象台が調査したところによると、被害が出たのは1㎞あまりの帯状の地域で、推定風速は50m。竜巻だった可能性はあるが、断定はできないとのことだった。秋雨前線が居座り、南からは暑い湿った空気が入り込み、大気の状態が不安定になっている。九州では豪雨による大きな被害が報じられているが、はるか離れた当地で突然にこんなことが起こるとは全く予想しなかった。

 もしも竜巻が来たら、いち早く安全な建物に逃げ込むしかない。そして、ガラス窓から離れよう。自動車に乗っていても危険である。雲行きが怪しい時や、突風や竜巻の予報が出ている時には、スマホの雨雲レーダーやアメダス降雨予測などを見てチェックし、危険が予測される時には不要不急の外出は控えるのが一番である。「ちょっとくらい大丈夫さ」が命を落とす原因になりうる。心配性の神経質が命を守るのだ。

2019年8月25日 (日)

神経質礼賛 1659.だらだら・ごろごろ(2)

 8月21日付毎日新聞夕刊の特集ワイドは音楽家・加藤和彦さん(478話)と北山修さん(571話・577話)の話だった。加藤さんが自殺してちょうど10年。そして、精神神経学会の講演で拝見することもある九大大学院教授だった北山修さんもすでに73歳である。私が小学校4年生の時に大流行したザ・フォーク・クルセダーズの「帰って来たヨッパライ」は280万枚を売り上げた大ヒット曲だ。はしだのりひこさんとの三人グループで、北山さんは当時、京都府立医大の学生だった。グループは1年間限定のプロ活動の後解散。その後、「戦争を知らない子供たち」「あの素晴らしい愛をもう一度」「花嫁」の名曲が生まれた。

 今も精神科臨床にたずさわる北山さんは、「この年になると、医療のお世話にならずに生きているのは難しい。そういう状態でも、だらだら生きていくことが大事なんです。負けないで、だらだらと生きていくことが」と語っておられる。その通りである。別に勝てなくて良い。どんな状況であれ、生きている、それだけで価値があるのだ。そこを原点として少し積み上げが図れたらさらに良い。とりあえず、だらだら・ごろごろでも良いから、辛くても今日一日を生きて行こう。山頭火(887話)の俳句のように「だまって今日の草鞋(わらじ)穿く」である。明日には明日の風が吹く。

2019年8月22日 (木)

神経質礼賛 1658.だらだら・ごろごろ(1)

 外来患者さんで、「何にもしないでだらだら過ごしてしまう」「やる気が出ないんです。一日中ごろごろしてしまう」と訴える中高年女性をよく見かける。本人としては、「だらだら」「ごろごろ」に対する罪悪感が強く、自分が許せないのだろう。しかし、付添の夫や娘さんから話を聞くと、洗濯は毎日やっているし、時々掃除機もかける。確かに料理はあまりせずに買ってきた惣菜で済ませてしまうことも多いけれども御飯は炊いて味噌汁は作っているという。365日休まずにそれなりに必要なことはやっているのだ。たとえ惣菜を利用するにせよ、毎日の献立を考えるのは結構大変なことだと思う。主婦には、こまごまとした仕事は多いし、家をきれいにしておかなくてはならないというプレッシャーも大きい。全く休みがないことを考えれば、主婦業も見た目以上に大変なのである。だから、「現状でも十分に合格点です」「もう少し、何か楽しめることを探してみましょう」というメッセージを私は送るようにしている。

 そんなことを言うと、「え?おかしいじゃないか。行動本位・目的本位に休まずに仕事をしていくのが森田のやり方のはずだ」と仰る方が必ずおられるだろう。それは短絡的な見方である。行動本位・目的本位というのは、あくまでも、屁理屈ばかり言って、やればできるのに「できない」と言い張ってやるべきことをやらず、症状を可愛がる気分本位の神経症の人に対する指導の言葉なのである。病状や体調さらには周囲の状況によっては、無理は禁物ということもある。適度な休みも必要だし、本来は仕事と遊びとバランスが取れているのがベストなのである。

2019年8月18日 (日)

神経質礼賛 1657.ドミンゴとプッチーニ

 先週、世界的なオペラ歌手のプラシド・ドミンゴ氏が9人の女性歌手やダンサーたちから過去のセクシャル・ハラスメントを告発された、というニュースがあった。ドミンゴ氏の公演予定は中止になったという。スポーツ界、映画界などあちこちで自分も被害者だと声を上げる人々が増えている。その点、小心者の神経質人間ではセクシャル・ハラスメントを起こす可能性は低い。元来、人がどう思うか過度に気にするため、そうしたニュースに接すると「こんなことをしたら(言ったら)セクハラと思われはしまいか」と心配して、ますます口が重くなり、行動も委縮しがちになるのである。

  ドミンゴ氏はルチアーノ・パヴァロッティ氏(故人)、ホセ・カレーラス氏とともに三大テノールと称賛されてきた。極めて広いレパートリーを持っているが、特にプッチーニの歌劇「トスカ」での出演が最多なのだそうで、プッチーニの全作品の録音も果たしているという。「トスカ」の他「ラ・ボエーム」「蝶々夫人」「トゥーランドット」などの作曲で有名なジャコモ・プッチーニ(1858-1924)はパニック障害にかかったと言われているが、神経質ではなくヒステリーであると以前書いた通りであり(374話)、その実生活はオペラさながらであった。音楽之友社から出ている南條年章著『プッチーニ』は作品を追いながらの伝記となっていて、最後の作品篇に主要オペラのあらすじと解説が紹介されている。「トスカ」の項を見ると、物語の残虐性のために近年まで非常に毀誉褒貶の激しい作品だったそうである。大変な名作ながら、拷問・強姦・刺殺・自殺といった場面が続き、発表当時の聴衆には衝撃的だったようだ。神経質には作れない作品である。

2019年8月15日 (木)

神経質礼賛 1656.デジタルタイムレコーダー

 今日は変則勤務で当直から入るパターンだ。台風の影響が心配になる。義父が月1回病院受診の日なので、朝6時半に家を出て藤枝の病院に送っていく。時々、バラバラと大雨になる。帰りは妻に任せてバスと電車で一旦帰宅。今度は自分の母の用事である。動きついでに自宅にも掃除機をかける。ニュースを見ると新幹線は新大阪で折り返し運転とのこと。こだまは平常ダイヤで動いているらしいが遅れが心配なので、30分早い電車に乗っていき、駅の待合室で時間を潰す。約束の時刻の10分前に駅前に出てみると、病院送迎車がもう来てくれていた。「(三島の)お祭りで駅前が混んでいたら困ると思って早めに来たんですよ」と気配り上手の運転手さんが言う。神経質同士だと万事うまくいく。

 職員通用口から入ったところにタイムカードが置かれている。来週からはデジタルタイムレコーダーに切り替わる。職員全員に白いICカードがすでに配布された。今までは、家を出る時に、定期券と病院のマスターキーを忘れていないか確認していたのが、今度からは一品増えてICカードも確認しなくてはならない。試しに「出勤」ボタンを押してICカードをタッチしてみると、画面に自分の名前が表示され、「おはようございます」と音声が出た。芸能界でもあるまいし、夕方に「おはようございます」はないだろう、時刻によって「こんにちは」「こんばんは」に変える位のことができないのか、と内心思う。

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