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2017年10月16日 (月)

神経質礼賛 1435.大腿骨骨折リスク

 13日のニュースで大腿骨骨折の発生率が「西高東低」であるという骨粗鬆財団の研究発表が紹介されていた。高齢者では転倒した際に大腿骨頸部骨折をきたしやすく、手術が必要になったり、それが原因で寝たきりになってしまったりすることがある。勤務先の病院の入院患者さんでも、年に1人か2人、転倒して大腿骨頸部骨折をきたして転院する人がいる。最も発生率が高いのは男性の場合1位沖縄県・2位長崎県・3位和歌山県、女性の場合1位兵庫県・2位和歌山県・3位沖縄県であり、逆に発生率が低いのは男女とも1位秋田県・2位青森県・3位岩手県なのだそうである。高い県と低い県では2倍前後の違いがある。これだけ大きな差が出ている原因は食生活にある可能性があり、発生率が低い地域では骨を作るのを助けるビタミンKを含む納豆の消費が多いのも影響しているのではないか、とのことだ。納豆信者の人たちをますます喜ばせる話であるけれども、納豆だけでこれほど大差が出るとも考えにくい。魚などからのカルシウム摂取量、普段の歩行量などいろいろな要素も関係しているような気もする。

 かつて健康長寿を誇った沖縄県が最近では寿命も短くなり今回の研究でも大腿骨骨折発生率が高いという結果になってしまったのは残念である。海藻・魚・野菜・豆腐を多く摂る伝統食が健康長寿の源だったようだが、最近では肉食が多く魚を食べなくなり、どこへ行くにも車で移動のため歩行量不足、というあたりに問題がありそうだ。

 食べ物に気をつけ、こまめに歩き回っている神経質は低リスクかもしれない。

2017年10月13日 (金)

神経質礼賛 1434.コーヒーの香り

 朝、出勤すると通路にコーヒーのいい香りが漂っている。先月、本格的なコーヒーの自動販売機が設置されたためである。豆を挽いて作る機械で、エスプレッソやカプチーノなどが楽しめる。朝の仕事前に1杯飲んで気合いを入れる人もいれば、昼食後に飲んで休息する人もいる。1杯50円ながら原価は90円するそうで、不足分は福利厚生費で賄っているらしい。私はそれほどコーヒー党ではないけれども、香りに誘われて時々飲んでいる。カプチーノやカフェラテを選ぶと、最初にミルクだけが出てくるので、ちょっと心配になるが、その後おもむろに濃いコーヒーが注がれて出来上がる。味も香りもなかなかである。100円玉が使えない機械なので、いつでも飲めるように50円玉を集めて用意しているのは神経質ならではである。

 私はコーヒーの味にはさほどこだわらない。少し酸味を感じる方がいいかな、という程度だ。ただ、香りはしっかりしているのがよい。だから、喫茶店で頼むのは夏でも冬でもホットのブレンドコーヒーである。コーヒーの香りを意識したのは3歳の頃だ。街のヤマハ音楽教室に通っていて、その近くに確か「ラ・メール」という名前の喫茶店があって、いつも前を通るといい香りがして、子供心に「何の匂いなんだろうか」と気になった。この記憶は、ラヴェル作曲「ボレロ」の冒頭のフルートの旋律となぜか一体になっていて、これから素敵なことが起こるのではないか、というあこがれの気持ちを呼び起こす。もっとも初めて飲んだのはインスタントコーヒーで小学校4年の時。喫茶店のコーヒーに至っては高校生になって弦楽合奏部の先輩に連れられて名曲喫茶「白鳥」に行ったのが最初であるから、かなりオクテである。

 コーヒーの香りには、気分をリラックスさせる効果と集中力を高める効果がある。ただし、豆の種類によって差異があるそうで、豆の種類と脳波の変化の関係を調べている研究者もいる。私にとっては、どれもいい香りに思える。換気扇からタバコの煙の臭いがするような喫茶店には絶対に入らない。せっかくのコーヒーの香りが台無しである。

2017年10月 9日 (月)

神経質礼賛 1433.ザクロ

 休日には母の所へ食材を買って届けたり、清掃をしたりしている。昨日は、とても天気が良かったので、タオルケットなどを自宅に持ってきて洗濯して、夕方、届けに行った。母は何度か路上で転倒してケガをしてから、近頃は全く外出しなくなってしまっている。その分、私の仕事が増えているわけである。

 現在の母の住居までは歩いて5分。途中の公園にはススキが生えている。急に秋らしくなってきた。近くの古い民家の石塀の上に鮮やかな赤や黄色のボール状の実を付けた木があってとても目立つ。一体、何の木だろうか。スマホのカメラに撮っておき、母に見せる。「ああ、これはザクロ。私もまだボケちゃいないよ」と。口だけは達者である。

 店で売られている果物のザクロは赤黒いような色の印象がある。庭木のザクロは観賞用で、実は酸味が多く、食用のザクロはカリフォルニアやイランから輸入されているらしい。ひと頃、女性の更年期障害に良いなどと言われて流行った時期があったが、エストロゲンは微量であり効果は期待できないとわかってブームは下火になっている。

 街中でも、公園のススキや鮮やかな色のザクロの実を見て秋を感じることができる。スマホを手に「下を向いて歩こう」の人が増えているが、実にもったいないと思う。神経質も一つのことにこだわり始めると他に目が行かなくなる。四方八方に気を配って神経質を活かして行こう。

2017年10月 6日 (金)

神経質礼賛 1432.ジャケットのベンツ

 朝、駅の上りエスカレータで私の前にいた男性が突然、一段後に下りてきた。間を二段空けていたから実害はなかったけれどもちょっとヒヤッとした。30代位の人でスマホに夢中になっていたのだろうか。後姿を見ると、ジャケットの後ろのベンツの「しつけ糸」が付いたままである。よほどウッカリ者なのだろうと可笑しくなる。電車に乗ってから、ハテ、よく言われるベンツってどういう意味なのだろうかと気になり始める。まさか、車のベンツと関係ないだろうなあ、などとどうでもよい考えが浮かぶ。知りたがりの神経質ゆえ調べてみる。

 ジャケットの裾の後ろに切れ込みが入っているとセンターベンツ、両側に入っているとサイドベンツと呼ばれている。vent(s)はフランス語で風(通気)を意味するのだそうで、元は、乗馬服から始まったらしい。切れ込みが入ることで、乗馬時に裾が突っ張らず見た目もきれいになる。剣を抜きやすくするためという説もある。日本の武将の鎧の腰回りも、草摺(くさずり)という部分が前後左右の4パーツからできていて、前後の最下部はさらに二つに分かれていて、馬に乗った時、降りた時、どちらでもフィットするようにできている。これもベンツなんだと妙に感心する。

 ventを英和辞典で引いてみると、①(気体・液体などの)穴、通気孔 ②(感情・精力などの)はけ口などとあり、さらに動詞としては、(怒りなど)を人や動物に向けて爆発させる・発散させる・ぶちまける、といった意味が書かれている。通気を良くしておくことはいいが、怒りを人にぶつけたり怒りにまかせて物に当たったりするのはよろしくない。ますます怒りの連鎖を招きかねないし、後で自分にはね返ってくることになる。森田先生が言われた感情の法則(442話・拙著p.187)にあるように、時間が経てば嫌な感情は自然に薄れていく。感情はそのままにして、目の前のやるべきことをやっていれば、流れゆく雲のように、気が付いたら見えなくなっているものだ。

2017年10月 2日 (月)

神経質礼賛 1431.赤オクラ(紅オクラ)

 買物から帰って来た妻が「面白いものがあった」と上機嫌である。珍しい赤いオクラを買ったのだという。さて、夕食に出てきたのは茹でて刻んだオクラの上に削り節がのった「いつものアレ」なのだが、色は、と言うと「?!」である。くすんだ緑色。これでは、かえって普通のオクラの鮮やかな緑の方がきれいである。「茹でたら色が変わっちゃった」とすっかり御機嫌斜めである。表面の赤い色素が熱で変性してしまったのだろう。元の赤い状態を見せてもらわなかったのは残念だ。

 赤オクラ(紅オクラ)についてネットでしらべてみると、やはり、茹でると変色してしまうと書かれている。生食用だということだ。ちなみに普通の緑色のオクラも生食可能なのだそうである。サラダに赤と緑の両方のオクラを入れると面白いかもしれない。

 私のような神経質人間だと、新しい物を見てもすぐには飛びつかない。「今だけ千円」とか「今ならもう一つお付けします」といった殺し文句の通販CM商品にも手を出さない。よく調べ、周囲の評判を聞いて情報を集めて、どうしようかと考えてから、オズオズと手を出すのが常である。だから、面白味に欠けるかもしれないが、大ハズレを引くことは少ないのである。

2017年9月29日 (金)

神経質礼賛 1430.人情の事実

 外来に新患で来られる方の中には、誰にでもありそうな仕事や勉強や人との付き合いといった日常生活の問題に悩み、診察というよりは、話を聞いて欲しい、といった方が時々いる。心配性の神経質の人が多く、大抵、薬の処方は希望されない。そういう方が来られた時は、ここは医療機関ですから、と説明した上で、現在の困りごとに加えて、一通り、既往歴、家族歴、生活歴、現在の生活状況をお聞きする。時には簡単な心理検査をしてすぐに結果を見せて説明することもある。そして、カウンセリング的な対応をして、不安を感じたり心配になってドキドキしたり眠れなかったりするのは誰にも起きうることである、とも話している。森田正馬先生は「人情の事実」ということを、そうした「患者さん」に話をされていた。


 
 私は迷いに悩む患者が来る時に、「自分もまた、同じ悩みを持つ弱い人間である」という事を話して、妥協をする場合が多い。この点、親鸞が、「自分は悪人であり、罪人である。人を裁く力はない」というような事をいったのと、幾分似たところがありはしないかと思う。

 多くの患者が「肺尖カタル(肺結核の初期症状)を心配して、不眠になり・食欲不振になる」とか、「人前でオドオドして、思う事の半分もいえない」とかいって相談にくる。これに対して、私は「自分も同様である。病気を気にし、人前で気が小さくなる。いろいろ迷う事があるが、それは人情の事実であるから、どうにもしかたがない。この人情を捨てる事はできないから、問題はただ、いかにして人にも愛せられ、よりよく生きて行く事ができるかを、ひたすら心配し・工夫する事である」という風にいいます。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.509


 
 一般的によく言われる「気にするな、心配するな」ではなく、人情の事実のままに「よりよく生きていけるよう、ひたすら心配し・工夫する」よう説くのが、森田療法の画期的なところである。

2017年9月25日 (月)

神経質礼賛 1429.「井伊直虎から直政へ」展

 現在、静岡県立美術館では「戦国!井伊直虎から直政へ」と題する企画展が開催されている。秋分の日に見に行ってきた。暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので、美術館前駅から歩いて坂を上って行っても、さほど汗ばむこともない。キンモクセイの香りが心地よい。県立美術館の企画展はスタンプカード5回分で1回無料入場できる。年1-2回は来ているのだが、カードをなくしてしまったり、うっかり持ってくるのを忘れたりしてしまうことがある。神経質のくせにこれではいけない。今回は5回分のスタンプがたまったカードで無料入場できた。

 井伊直虎と直政については以前書いている(13041305)。今年のNHK大河ドラマ「おんな城主直虎」で取り上げられ、視聴率で苦戦しがちな女性が主人公のドラマとしては善戦しているようだ。浜松市では「出世大名家康くん」に次いで「出世法師直虎ちゃん」というゆるキャラを繰り出して観光PRに余念がない。今回、直虎の書いた文書が展示されていた。直虎に関しては極めて史料が少なく、女性だったことを示す証拠もない。大河ドラマの放送が始まってから、男性説も言われるようになっている。もっとも、史実がハッキリしない点が多いだけに、自由に面白くドラマが作れるメリットもあるだろう。関ヶ原の戦の際に使われたという赤地に金で「井」の字をかたどった旗や直政以来の赤備と呼ばれる赤を基調とした甲冑は見ごたえがあった。

 会場には井伊直政とともに徳川四天王と呼ばれた酒井忠次・榊原康政・本多忠勝が使用した甲冑や武具なども展示されていた。家康の第一の功臣であり、家康より15歳年上の兄貴分だった酒井忠次の軍配はとても面白かった。形は相撲の行司が持つような普通の形ながら、先には磁石が付いていて、レンズも2個付いている。夜襲や奇襲を得意とした忠次にとって、磁石は山の中を進軍する時に役立ったのだろう。晩年に秀吉の招きで京に隠居した時には失明寸前だったというから、おそらく白内障や強い老眼があって、老眼鏡機能のある軍配でもあったのかな、と勝手に想像した。また、めざましい武功を上げながら、かすり傷一つも負ったことがなかった本多忠勝は蜻蛉切と呼ばれる大槍の名手だった。その槍の先端部分が展示されていたが、これがとても大きい。そして「八幡大菩薩」の文字が刻まれている。遠く離れた敵にもこの槍が放つ光が見えたことだろう。小牧・長久手の戦の際、秀吉の大軍の前に一人立ちはだかり、馬を川に入れて悠然と口を洗わせたため、秀吉が攻撃をためらった、という話も理解できる。メインでない展示物にもいろいろと面白味があるものだ。

2017年9月22日 (金)

神経質礼賛 1428.逃げずに目の前のことを一生懸命やる

 3日前、パソコンのブラウザのスタート画面に興味を引くニュース記事があったので読んでみた。記事の出所は週刊女性PRIME。京菓子の老舗・笹屋伊織の女将の田丸みゆきさんの話である。嫁いだ時、店は傾きかけていたが、今では売上は当時の7倍、従業員数も3倍になったという。その田丸さん、中学時代は極度の「あがり症」で、授業中に先生からさされただけで冷汗が出てパニックになっていたそうである。しかし、周囲からはできる子と評価されていた。これは自己評価が低い神経質人間にはよくあることだ。心配性の田丸さんは「受験で失敗したらどうしよう」と極度に心配してランクの低い高校を選んでしまった。高校入学後、そんな自分を不甲斐なく思っていたが、周囲からは、明るくスポーツが得意で勉強もよくできる子と見られていた。ある時、ラグビー部の男子部員と話をしていて、その子は勉強ができなかったけれど、ラグビーの強豪校に入りたくて一生懸命勉強して今の高校に合格できたと聞いて、自分は卑怯で逃げていて、不満ばかり言い、先生や親のせいにして被害者ぶっていた、と気付いた。それからは、逃げずに今、目の前にあること・できることを一生懸命やろうと決心したそうである。あがり症を克服しようと、短大時代にはラジオ番組やTV番組のアルバイトに挑戦した。証券会社に就職し、その後いくつかの仕事を経験しているうちに、あがり症はどこかに行ってしまったようだ。最初の証券会社の縁で、現在の夫と知り合い、老舗の京菓子店に嫁いだ。決して順風満帆に事が進んだわけではなく、失敗や挫折も少なくなかったが、ピンチの際には逃げずにできることを一生懸命にやる、という方針を貫き通した。今では商売がうまくいっているばかりでなく、TV番組のコメンテーター、講演会の講師として引っ張りだこになっているという。

 以前、俳優の竹中直人さんが、恥ずかしがりだったことを書いた(484)し、萩本欽一さんも極度のあがり症だったことも書いた(1061)。対人恐怖の人は自分ばかりが苦しい、と思いがちだが、実はTV番組で大活躍しているような人の中にも対人恐怖の苦しみにさいなまれていた人はいるのである。大事なことは、苦手な場面で退却せずに、苦しいまま仕方なしにできることをやっていく。それを積み重ねていくことである。失敗や挫折はあっていい。行動を続けていれば、失敗や挫折は逆に肥やしになる。そして、成功しても思い上がらないのが神経質の美点であり、完全欲を活かして、ますます発展できるのだ。

2017年9月19日 (火)

神経質礼賛 1427.肘外に曲がらず

 拙著を希望されたWさんからお手紙をいただいた。Wさんはかつて鈴木知準診療所で入院森田療法を受けた御経験があるそうで、その際、知準先生から言われた「肘外に曲がらず」という言葉の通り、どうにもならないと観念し今を夢中になってやっているうちに、症状のあるなしを問わない生き方が身についていったとのことである。この言葉は、日本の禅文化を世界に紹介した仏教学者の鈴木大拙師(1870-1966)が見性(けんしょう:自己に備わっている本性を見究めること)体験した時の言葉ということだ。知準先生の治療を受けた、いわゆる「鈴木学校」経験者の方々からは、いろいろと貴重な御経験を聞かせていただき、大変ありがたい。

 肘外に曲がらず、当たり前じゃないか、と言われるかもしれない。その通り。正常な人間の場合、肘を外に曲げることはできない。もし外に曲げることができて自由自在に動かせれば便利かもしれないが、それはかなわないのだ。この言葉は森田療法の「あるがまま」に通じると思う。神経質者は、人前で緊張せず赤面もしないことを望んだり、どんな日でも熟睡することを望んだり、不安をすっかりなくしたいことを望んだり、と、ないものねだりをしがちである。そして不可能の努力をするのであるが、それは肘を外に曲げようとするのと同じことであり、不可能なことなのだ。不安も緊張も自然なことであって、どうにも仕方がないものとあきらめて、目の前のやるべきことに取り組んでいくのが森田療法である。そして行動を積み重ねていくうちに、結果として、いつしか不安も緊張も気にはならなくなっているのだ。

2017年9月18日 (月)

神経質礼賛 1426.優性遺伝・劣性遺伝の呼称変更

 日本遺伝学会が従来の優性遺伝・劣性遺伝という呼称を顕性遺伝・潜性遺伝に変更したという新聞記事を読んだ。また、「変異」を「多様性」と言い換えるそうである。学校で学ぶメンデルの遺伝学ではエンドウの例を挙げていて、種子が緑色と黄色、シワのないものとあるものを交配すると、それぞれ3:1の比で現れるというあたりは覚えていらっしゃる方も多いだろう。形質として現われやすい方を優性、現われにくい方を劣性と呼んでいる。しかし、ヒトの遺伝について優性とか劣性とか言ってしまうと、あたかも優れた人、劣った人というような誤った印象を与えてしまう。

 小学校3・4年の時の同級生に血友病の子がいた。体育の授業の時に転んで膝をすりむいたり、鼻血が出たりすると、なかなか血が止まりにくかった。時々学校を休むこともあったから、学校から配布されるプリントなどを家に届けてあげた。学校の先生から彼は血友病という血が止まりにくい病気だと聞いていた。事典を見るとイギリスのヴィクトリア女王の家系の例とともに、伴性劣性遺伝について書かれていたけれども、「劣性」という言葉がとても嫌な感じがした覚えがある。一方、医学部に入って学んだ数多くの病気の中には優性遺伝するものもある。名称は「優性」でも、子孫に影響が大きいので、当事者にとっては大変深刻である。

 優性・劣性は直訳から出てきた言葉なのだろうが、こと病気に関しては、当事者や関係者の身になって考えたら、思いやりに欠けた不適切な言葉である。その点、顕性・潜性という言葉は優性・劣性という言葉以上に実態がよくわかるし、誤ったイメージを与えにくい。今回の呼称変更は「ものそのもの」になった良いことだと思う。


 呼称変更という点では、神経症の対人恐怖や赤面恐怖の人の多くが該当する
DSM(アメリカ精神医学会の診断基準)やICDWHOの診断基準)の病名social anxiety disorderの訳が社会不安障害→社交不安障害→社交不安症とコロコロ変更されるのはどうかと思う。著名な教授の講演でもスライドは社交不安症になっているのに社会不安障害と口演していることがある。この変更は「ものそのもの」になっておらず、混乱を招くだけである。いつもICD病名と一字一句同じ病名で自立支援医療や障がい手帳の診断書を書くことを県のお役人様から要求されているので、そろそろ「社会不安障害」と書いた書類が付き返されるようになるのかなあ、と内心思うこの頃である。

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