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2019年11月17日 (日)

神経質礼賛 1687.石焼き芋

 昨日は、私が担当している病棟のレクリエーションとして焼き芋会が病院中庭行われた。準備や片付けには森田療法の患者さんたちも手伝ってくれた。濡らした新聞紙で芋を巻き、その上からアルミホイルを巻く。芋が焼けるのを待っている間、手押し相撲のレクリエーションが行われる。二人が向き合って行司の掛け声に合わせて手のひらで押し合い、足が動いてしまった方が負けになる。小学校でも行われる簡単なゲームだけれども、案外、面白いものだ。もちろん、患者さんが倒れてケガをしないように、すぐ後ろには職員が控えて安全面には気を配っている。手押し相撲には職員も参加して大げさな動作で笑いを集める。焼き芋ができると順次配られる。高齢の方など、喉に詰まらせるおそれのある人には小さく割って、職員が様子を観察しながら少しずつ食べてもらう。焼きたての芋はホクホク甘くておいしかったようで大好評だった。

  石焼き芋が蒸した芋に比べて甘いのはどうしてだろうか。焼き芋に適した「紅あずま「」「鳴門金時」「べにはるか」「安納芋」などの銘柄芋を使うということもあるかもしれないが、加熱の仕方で違いが出るらしい。熱せられた石が発する遠赤外線により、芋表面は高温になって水分は飛ばされるが、内部は水分を保ったままゆっくり温度が上がる。そしてデンプン分解酵素がデンプンを麦芽糖に変え、甘さが出るのだそうだ。

 患者さんたちがおいしそうに食べているのを見ると、自分も食べたくなってしまう。最近は軽トラックで売りに来る石焼き芋屋を見かけなくなった。焼芋は俳句の世界では冬の季語になっている。季節の風物詩が減っていくのは寂しい。私の出身高校近くに「大やきいも」という名の100年続く店がある。焼き芋・大学芋・静岡おでんがメインの店だ。もう少し寒くなったら買いに行ってみよう。

2019年11月14日 (木)

神経質礼賛 1686.其前を謀らず、其後ろを慮(おもんぱか)らず

 私たち神経質人間は過去の失敗を思い返して、ああしていればよかったのにとか、こうしておけば今頃は違った結果になっていたのになどと悔しがる。そして、先のことをクヨクヨ考えて、もうダメになってしまうのではないか、悪い事ばかりが待ち受けているなどと取越苦労する。過去のことをあれこれ考えても、もはやどうにもならないし、未来のことは自分がベストだと思った行動を取ったならば、後はなるようになるしかないのであるから、これまたいくら考えても仕方がない。そこで、森田療法では「現在になりきる」「今を生きる」ことを説いている。森田正馬先生は、現在になりきるということは、前を謀らず、後ろを慮らず、ということだ、と言っておられる。

 いわゆる「現在になりきる」とか、達磨大師の仏性論で「故に至人は、其前を謀らず、其後ろを慮らず」という言葉について、私が最近に体験した事をお話しします。この「現在になりきる」ことによって神経質は治るのである。
(筑波山のケーブルカーの駅から妻ともう一人の同行者が頂上に登っていき、森田先生はそこで待つことにしたが、一歩一歩歩いているうちに頂上に着いてしまったという話、さらに家族旅行で富士登山をした時に体調不良で一人引き返した話をされて)
 霧雨は降る。息は苦しい。山を降りるかと思えば、なかなか登る事が多い。ついにすべての想像・予想を絶って、この後、幾万歩あるか、永久に歩く心構えで、足元ばかりを見て、歩数を数えて行った。何千歩であったか忘れたけれども、ふと窟室のところへ到着した。それが目的の(富士山)五合目の宿であった。この時にはなんの苦痛をも既に忘れていた。ただ永久に、足にまかせて歩くという気合があるのみであった。
 これが私の「現在になった」という事の体験である。その時には、自分が病気であるから、どんな大変が起こるかも知れぬとか、「其前を謀る」という既往の持前の事を苦にやみ、嘆くというような繰り言・世迷い言がなく、また「後に慮る」といって、頂上に登れないのが残念だとか、この病気が大変になるのではないか、とかいうような取越苦労や予期恐怖とかいうものはない。ただその現在になりきっているという心境である。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.139-140)

 しかしながら、「前を謀る」ことも「後を慮る」こともまるきり悪いことではない。ある程度は必要である。徳川家康の「しかみ像」(209話)のように、過去を反省して同じ失敗を繰り返さないよう気を引き締めることや、これから起こるかもしれない不慮の出来事を心配し、それに備えて貯金をしたり安全面に投資したり保険をかけたりしてリスクを軽減するのは、神経質の特技であり美点でもある。ただし、あまりにも前を謀り過ぎ後ろを慮り過ぎて頭の中を空転させ、行動が止まってしまうようではいけないから、前を謀らず、後を慮らず、という指導になってくるのである。

2019年11月10日 (日)

神経質礼賛 1685.音読

 社会人になってから音読することはほとんど皆無である。思えば、小学校の頃は国語の授業中に指名されて教科書を読まされることがあって、これはとても苦手だった。うまくできないと笑われたり冷やかされたりする。それを恐れるとますます緊張して声が震えたり途中で引っかかったり一行飛ばして読んだりしてしまう。終わってしまえばどうということもないのだが、当てられたらどうしよう、とひどく恐れていたものだ。音読恐怖と言ってもよい。中学、高校、大学では、英語の授業の音読がある。発音のわからない単語をあらかじめ調べておかなくてはならないし、さらに読んだ部分の日本語訳も要求されるから、予習をしておかないと恥をかくことになっていた。ただ、中学高校で、平家物語の最初の部分や百人一首を暗記して声に出す、ということは緊張しながらも心地よさも感じていたものである。

 入院の森田療法では週1回集団精神療法がある。その中で、前任の先生から引き継いだ『自覚と悟りへの道』(白揚社)の輪読を行っている。これは、形外会の記録を水谷啓二さんが編集されたダイジェスト版である。患者さんだけでなく参加している医師や看護スタッフも順番に音読していくのである。形外会の全記録を収録した森田正馬全集第5巻は何度も読み直しているけれども、音読してみると意外と読み飛ばしている箇所に気付いたり、ここはどういう意味だろうかと考えさせられる部分も出てきて、とてもためになる。そして、何よりも音読した後には一種の爽快感が得られるのである。

 音読の効果はいろいろと言われている。脳の前頭前野を活性化するというような話もあるようだ。ただし、こうした輪読会ではなく一人で音読する時には、周囲への配慮が必要なのは言うまでもない。

2019年11月 7日 (木)

神経質礼賛 1684.親の介護問題

 早い人で40代、遅い人でも60代になってくると必ず直面するのが親の介護問題である。最近では介護のために仕事を辞める介護離職が大きな問題となっている。介護を優先するため仕事を辞めてしまうと収入は大幅ダウンして困窮にあえぐことになりやすい。また、介護が一段落して再就職することになっても、退職した時より年齢が上がっているから、思うような仕事に就くことはむずかしくなってしまう。

 特に、うつ病・うつ状態で長く外来に通院している人には、介護が大きくのしかかっていることが少なくない。結婚せず親と同居しているうちに親が弱ってきて一人で親の世話をしなくてはならなくなった、というケースも目立つ。「デイサービスへ行くのを嫌がるから家でみなくてはいけない」「仕事中も些細なことで親から電話がかかってくる」「夜、親がトイレに行く時は起きて付いて行くけれど、自分が眠れなくて昼夜逆転になってしまっている」といった話を聞く。こうなると、一種の共依存関係と言ってもいいかもしれない。がんばって自分のやりたいことを我慢して親のためだと思って世話をすることに生きがいを感じる。そのこと自体、悪いことではないが、度を過ぎた自己犠牲・過剰な援助は疲弊やうつの悪化を招くだけでなく、親のためにもよろしくない。さらに、家を出ている兄弟姉妹がいる場合、兄弟姉妹間の軋轢が生じやすい。本人からすれば家を出て行った人たちは自分に全てを押しつけている・自分はこんなに頑張っているのに理解されていないという思いが出やすいし、兄弟姉妹からすれば本人が自分一人で介護している苦労を過度にアピールしているようにも見えやすい。案外、離れて住んでいる兄弟姉妹の方が客観的に見ている部分もあるものだ。

 介護は長丁場である。やみくもに突っ走ったら続かない。適度な休みや遊びも必要である。「がんばりすぎない」(706話)ことが大切だと思う。

2019年11月 4日 (月)

神経質礼賛 1683.振替休日

 今日は文化の日の振替休日である。とは言っても、私は今年度の月曜日は祝日・振替休日もすべて出勤し当直もすることになっているので、平日同然である。違いは外来が休みというところだけだ。成人の日や敬老の日や体育の日のように月曜指定の祝日が増えたし、日曜日が祝日のため月曜日が振替休日になることもある。その結果、月曜日に受診している患者さんは、思うように受診できず、うっかり薬を切らして困ることもあるし、祝日だった翌週は込み合って大変なことになる。月曜休みが多いのは医療側にとってもありがたくない。以前にも書いたように(1558話)、日本の祝日は先進国では最多クラスだ。それに外国には振替休日がない国だってある。それでも日本人は働きすぎだという。有給休暇や育児休暇は「絵に描いた餅」になっている。そもそも、第〇月曜日というような祝日は存在意義が怪しい。もっと祝日を整理して、その分、各自が有給休暇を取りやすいシステムにしたらどうかと思う。

 今日の午前中は病棟の仕事が詰まっていた。午後になって空いた時に、外来待合室に面した白砂の庭を見ると、枯葉がたまり、細かい雑草が生えて見苦しいと感じた。そこで、しばらくぶりに枯葉拾いと草取りである。大きな雑草はないが、カイワレ大根の五分の一位の大きさのスプラウト状の草がびっしり生えている。しゃがんで丁寧に取っていく。夢中になってやっていたら、「先生が草むしりをするんですか?!」と声を掛けられる。振り向くと、うつ病で入院している患者さんに面会に来たその奥さんだった。義務感からではなく、気が付いたら行動していくのが森田式である。

2019年11月 3日 (日)

神経質礼賛 1682.災害用非常食

 我が家では、地震などの災害時に備えて水とともにレトルト食品や缶詰の非常食を用意している。神経質な私が賞味期限を時々チェックしていて、古いものは食べて新しいものを買って補充している。病院でも災害時用に御飯やレトルト総菜などを患者さんと職員の分を合わせて250人分備蓄している。毎年、炊き出し訓練をして古い御飯は職員食として供される。レトルト総菜は賞味期限が迫ってくると1個10円などの価格で職員の希望者に販売されている。今回は賞味期限を少し過ぎてしまった長期保存用レトルト二種類が希望者に配布されたので(食べるのはあくまでも自己責任ということで)、私もいただいた。少し期限が過ぎただけで廃棄するのはもったいない。

 一つはアルファフーズの「美味しい防災食 肉じゃが」である。5年間保存できるもので、1個130g、166kcal、塩分1.5gである。レトルトゆえ、じゃがいもはあまり大きくはできないが、普通のレトルトカレーに比べれば大きめである。牛肉は粉々になってしまっているけれど、それらしい味がして悪くない。巻いた糸こんにゃくが一つ入っているのもいい。病院の場合、高齢や病気のために嚥下が悪くて軟菜食、キザミ食の人もいるから、そうした人も食べることを考えるとこの位が無難なところである。災害時、アルファ米の白飯に梅干だけでは寂しい。こういうものが付けば食事を摂ったという実感が得られるだろう。心細い被災時こそ、おいしいもので元気を補充したいものだ。

 もう一つはKAGOMEの「野菜たっぷり かぼちゃスープ」である。1個160g、81kcal、塩分0.9g。かぼちゃ、人参、豆類が豊富に入っている。カップに入れると7-8分目の量だ。電子レンジで1分半ほど温めるとおいしく食べられた。具材は小さく柔らかいので高齢者でも安心である。避難時はただでさえ動きが少なくなるところにもってきて、援助物資のおにぎりや菓子パンばかり食べていると便秘になりやすい。野菜不足の時には貴重な存在になるだろう。自宅にある保存食は野菜系が少ない。こうした物も買ってみようかと思う。

2019年11月 2日 (土)

神経質礼賛 1681.主観的事実と客観的事実(2)

 神経質に悩む人にとっては、とにかくこの辛い症状がなくなって欲しい、これさえなければいいのに、と思うことだろう。しかし、森田療法でいうところの治った、というのは、症状が消えてしまうことを意味しない。症状があるとかないとかを問題にせず、日常生活でやるべきことができるようになれば、それが「治った」なのである。森田先生は次のように言っておられる。

 たいていの人は、主観的に気持の上でよくなるよりは、客観的に事実においてよくなる。本人が気付くのは、ずっと遅い。

(某氏:それでは、自分で治ったと思うのはどうですか。)

 ここでは一切、自分の気分や想像で、「よくなった」とか、「わかった」とかいう事は問題にならない。ただ治ったという事実が大切です。体重が増したとか、終日よく働く・気転が利くようになったとかいう事実を観察して、初めて治ったという事が、決まるのであります。

 (白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.448

 本人とっては症状がよくなっていないように思えても、たとえ辛いままであっても、仕事や勉強や家事ができる状態になっている、そして、周囲に気を配って行動できるようになっている、という客観的事実があるのならば、すでに治っているのである。「気分は後からついてくるもの」と患者さんたちには説明している。そして、いつかは主観的事実においても治っているのだ。神経症は、いつ治ったかわからないが、気がついたら治っていた、という治り方をするのである。

2019年10月31日 (木)

神経質礼賛 1680.主観的事実と客観的事実(1)

 神経症の人が訴える症状は本人にとっては非常に苦しい事実なのだが、客観性がないことが多い。不眠症で「全然眠れない」と訴えても、家族から話を聞くと「結構、眠ってますよ」ということはよくある。神経症の人が言う「不眠症」の正体は「不眠恐怖」なのであって、眠れないと体に障るからとても心配である、家族が眠っていると言っても、自分としては眠れていないから、そのせいで頭がスッキリしなくて仕事や勉強ができない、というようなものである。対人恐怖のため人前で激しく緊張して赤面し頭の中が真っ白になってしまうと訴える人でも、はたから見れば本人が思っているほど緊張しているようには見えず、やらせれば人前で話すことも何とかできるのである。それでも本人にとって人前で話すことはやはり恐ろしい。このように神経症の人にありがちな「事実」の乖離を森田正馬先生は、主観的事実と客観的事実という言葉で説明しておられる。

 例えば心臓麻痺恐怖の人があるとする。医者が心臓は大丈夫だという。それは、客観的事実である。しかし本人はやはり怖い、これは主観的事実である。このとき患者は大丈夫だという客観的事実と、自分は怖がる者であるという主観的事実とを認めなければならない。それがありのままである。(白揚社:森田正馬全集 第5巻 p.159-160)

 素直に客観的事実を認めずに主観的事実だけを言い立てていたのでは、いつまでも症状の呪縛から脱却できない。のちに高弟の高良武久先生が神経症者の訴える症状は「主観的虚構性」(680話)を帯びている、と説明しておられた。これも主観的事実と客観的事実の乖離について述べたものだ。現代の認知療法あるいは認知行動療法では認知の歪みとして説明されるものであるが、森田療法でははるか以前から説明がなされていたのである。

2019年10月24日 (木)

神経質礼賛 1678.藤原定家は神経質か

 今週のBS-TBSの歴史鑑定は、「百人一首藤原定家からの挑戦状」というテーマで興味深かった。百人一首には番号が付いていて、1番・天智天皇、2番・持統天皇の親子から始まり、99番・後鳥羽院、100番・順徳院の親子に終わることは御存知かと思う。大化の改新で天皇中心の国家を作り上げた天智天皇、天智の弟・天武天皇の妻となり自らも天皇となった持統天皇は後の奈良時代・平安時代の政治文化の基礎を作った存在である。そして、定家の時代に後鳥羽院・順徳院は承久の変を起こして鎌倉幕府に敗れて流刑となり、天皇・貴族の政治文化の終焉を決定づけた。後鳥羽院の「人も惜し 人も恨めし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は」の歌は恨み節に聞こえるし、順徳院の「ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり」は懐古の歌と思える。いわば約600年にわたる天皇・貴族文化の歴史を象徴するような和歌を集めたとも言える。百人一首は元々、藤原定家(1162-1241)の嫡男・為家の妻の父親で定家とも親交のあった蓮生(れんしょう:宇都宮頼綱)から山荘の襖に貼る色紙を依頼されたものである。この宇都宮家は鎌倉幕府の有力御家人だったが、謀反の疑いをかけられて一族全員出家したといういきさつがある。それゆえ、蓮生は不遇のうちに亡くなっていった歴史上の人物の鎮魂をしようという意図で定家に依頼したのだという。そして、当初に定家が撰んだ「百人秀歌」には後鳥羽院・順徳院は含まれていなかった。嫡男の為家が後に手を加えたと考えられる。そもそも後鳥羽院・順徳院という呼称は定家の死後のことである。定家は後鳥羽院に和歌の能力を高く評価されて出世を後押しされているので、定家にとって後鳥羽院は大恩人であるが、当時は流刑となった罪人であり、公の歌集に収録するには支障があった。為家もまた順徳院に取り立てられた人物であり恩義があった。だから、後で入れ替えが行われたということだ。

 歌聖と称される定家の性格はどうだったのだろうか。自身の日記に若い頃から心神不快・心神違乱としばしば書いていて、病弱だったようである。父親の俊成と同様、咳病があったらしいが、写経や書写により改善しているところをみると神経症だった可能性が高い。ただし、神経質としては弱力性よりも強力性が勝っていたようで、かなり強情な面があり、特に若い頃は、宮中で同僚と言い争ったあげく暴力を振って処罰されたり、時には自分を認めて取り立ててくれて尊敬していた後鳥羽院にも歯向ったりするような面もあったようだ。もっとも、神経質で普段は内向的で小心者であっても、内面には強い生の欲望があって本質は負けず嫌いなので、状況によっては我慢して抑えていたものが溜まって噴出することもあり得る。源平の戦乱の世・平氏政権・鎌倉幕府と世の中が大きく混乱し、公家としては長く不遇の生活を送りながらも和歌の才能を発揮しながら長生きし、最晩年には正二位権中納言にまで出世して当時としては80年の長寿を全うしたあたりは、神経質を生かしたと考えてもよさそうだ。百人一首の中の自身の歌「来ぬ人を まつほの浦の 夕なぎに 焼くや藻塩の 身もこがれつつ」は激しい情熱を秘めた恋の歌であるが、番組の中では、流刑となった後鳥羽上皇の帰還を秘かに待ち焦がれる意味を重ねているという解釈もあることが紹介されていた。

2019年10月20日 (日)

神経質礼賛 1677.ポータブルTV

 夏に体調を崩した義父が我が家に来て3カ月になる。今ではすっかり元気になり、一人で散歩し買物にも行けるようになった。空いていた子供部屋が義父の部屋となり、家からBOSEのCDラジオを持って来て使っているが、部屋にはTVのアンテナ配線がないためTVはどうにもならない。リビングにあるTVを見に来るのは遠慮している様子なので、良い方法はないかと思案する。ポータブルあるいは車載用のワンセグTVではきれいに映らないだろうし、BS番組は見られない。いろいろと探してみると、ワイアレスのポータブルTVがあった。チューナーから電波を飛ばして風呂場や台所など好きな場所に移動してみることができる商品である。アンテナ配線のある部屋にチューナーを置けば義父のいる部屋で見られそうだ。問題は軽量鉄骨住宅の我が家でどれだけ電波が届くかだ。もし使えなかったら無駄な買物になってしまうので迷ったが、Panasonicのプライベート・ビエラという10インチのTVを2万円台半ばで購入した。

 チューナーに地デジ・BS混合のアンテナを繋いでmini-B-CASカードを挿入する。アンテナ線以外は特に別途用意するものがないのはありがたい。TVを近くに置いて電源を入れると、B-CASカードが認識できないというメッセージが出て慌てる。裏返しに入れてしまったかな、と裏返して入れ直しても同じである。説明書を読んでみると逆向きに入れていたことがわかり、解決。カードを入れる方向を矢印で書いてくれてあるといいのに、と思う。後は郵便番号を入力すると簡単に初期設定ができた。2階のリビングにチューナーを設置したところ、1階でも3階でも見ることができる。しめしめ、と思っていたら、そのうち妻がチューナーの存在に気付き、クレームが付く。仕方ないのでチューナーをやはりアンテナ配線のある3階の寝室に移動。一旦電源を切ったが、特に初期設定のやり直しは必要なかった。

 おっと、もう一つやることがあった。NHKの受信契約をするよう促すメッセージを消すことだ。パソコンでNHKのホームページからメッセージ消去のページを出すが、そこから次へどう進んでいいのかわからない。いろいろカーソルを動かしているうちに、キャラクター「どーもくん」の絵が次画面に進める「ENTER」ボタンになっていることにやっと気付いた。長いコード番号を入力した後もやはり「どーもくん」の絵をクリックして登録できた。すぐにわかる人がどれだけいるだろうか。どこかにハッキリ明記してくれなくてはわからなくて困る。独りよがりで神経質が足りない。

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